【インタビュー】山田裕貴&松本まりか、葛藤と苦悩を繰り返し辿り着いた境地
2022年12月7日 20:00
俳優の山田裕貴と松本まりかが、作家・佐藤泰志の短編小説を映画化した「夜、鳥たちが啼く」に出演し、役に寄り添いながら好演している。城定秀夫監督のもと、作品世界を生きるなかで目の当たりにした葛藤、苦悩を経て、何を見出したのか。ふたりに内面の変化を振り返ってもらいながら話を聞いた。(取材・文/大塚史貴、写真/根田拓也)
北海道函館市出身の佐藤は、芥川賞候補に5度ノミネートされながら、41歳で自らの生涯を閉じた夭折の作家。函館のミニシアター「シネマアイリス」代表・菅原和博氏の舵取りにより、「海炭市叙景」(2010)を皮切りに「そこのみにて光輝く」(14)、「オーバー・フェンス」(16)、「きみの鳥はうたえる」(18)、「草の響き」(21)と、5本の映画が製作され、それぞれに高い評価を得ている。
「夜、鳥たちが啼く」は、これまでの“函館発”映画としてではなく、クロックワークスの配給で製作。別の作り手が手を挙げたことで、佐藤原作の魅力が映画人たちに広く認知された証と解釈することができる。原作の設定にならい、函館ではなく関東近郊を舞台に映画化。「アルプススタンドのはしの方」「女子高生に殺されたい」「ビリーバーズ」など精力的な活動を続ける城定監督のもと、これまでに佐藤作品2本(「そこのみにて光輝く」「オーバー・フェンス」)を手がけてきた高田亮が、脚本を執筆した。
映画は、内に秘めた破壊衝動と葛藤する売れない小説家・慎一を山田、離婚を機に元夫の友人であった慎一のもとに幼い息子とともに身を寄せる裕子を松本が演じている。慎一と裕子の奇妙な共同生活は、やがて互いの渇きを潤すように強く求め合い、次第に傷ついた心はゆっくりと癒えていく……。
今作における慎一は、いわば佐藤の分身。若くして小説家としてデビューするが、その後は鳴かず飛ばずで、書けないことへの苛立ちから、身勝手な振舞いで周囲の人々を傷つけてきた。今作にステレオタイプといえるようなキャラクターを見つけ出すことは難しいが、作品世界を生きるうえで、ふたりは自らの役どころにどう肉付けし、理解を深めていったのだろうか。
山田「慎一という人物の中にある嫉妬とか葛藤という感情は、自分の中に眠っている感情ばかりだったので、それを引き出していく作業でした。肉付けという感覚は、実は全くなかったんですよ」
松本「撮影当時、私は行き詰っていました。色々なことにがんじがらめで、自分を見失っていた時期でした。それと裕子という役がリンクしていたので、これはそのままでやるしかない……と感じました。八方塞がり感をリンクさせていくというか、すごくフラストレーションを抱えているもどかしさが同じだったので、ぎこちなさのままやったんです。この状態で出るのはすごく嫌だけど、これで出るしかない。俳優として、この状態をも使うしかない。この作品において、肉付けはもはや野暮だろうと思ったんです」
本編を観るにつけ、ふたりの言葉にひとかけらの誇張も含まれていないことがうかがえる。芝居云々ではなく、生身の人間がさらけ出す本質が見え隠れしていることを、多くの観客が目撃することだろう。
佐藤が悪戦苦闘していた1980年代、中央の文壇を村上春樹が席巻していた。都会的な文体の村上とは異なり、佐藤の綴る「私小説」に派手さはない。ただあの当時、「市井の人々」「地方都市の疲弊」というものを、あれほど丁寧にすくい取ることに成功した作家は、佐藤をおいて他にいなかった。
佐藤がすくい取ることが出来たのは、自らが「市井の人々」のひとりであったからではないだろうか。小説に登場する「彼」であり「彼女」と同じ目線で生きていたからこそ、理解することが出来たのであれば、それも腑に落ちる。ふたりは芝居をするうえで、「目線」を意識したことはあるのか聞いてみた。
山田「お芝居を仕事にしていますが、『お芝居になるな!』と思っています。役に対してどういう感情を抱いているのかを、僕の魂や心を通して体から出してくれって。慎一はこういう人だから……ではなく、僕の中から出て来る慎一を表現できればいいというスタンスかもしれません」
松本「本当の言葉を吐きたいんです。頭で考えて取り繕ったものではなく、いかに自分の本質と芯の部分とが繋がって言えるのか。本当に感動したい、本当に心を動かしたい。嘘の中で本当を求めちゃうんです。そうじゃないと、やっていても楽しくないですしね。こういう作品は、そういったものも全て表れると思っています。当時は個人的にも本音が吐けない状態だったから、そのぎこちなさを見るのは個人的にきついんですが、それは裕子自身でもあるな……と思っていて。いかに自分の本当と繋がれるかというのを常に意識しています」
慎一は「私小説」の世界で生きているからこそ、“自傷行為”のようなことを繰り返し、もがき苦しんでいる。生きていれば、誰にだって色々な精神状態の時がある。そんな中で、今作ではほんの少し前を向き、小さな一歩を踏み出すことで体感する温もりが映像として切り取られている。ふたりには、「踏みしめる一歩がこれまでとどこか違う」と体感した瞬間、光景について思いを馳せてもらった。
山田「今までと違う一歩を踏みしめたと思ったら、そこには光だけじゃなくて闇も広がっていた……みたいな感覚ですね。何か新しいことを始めたりしたとき、僕にとっては“前に進んだ”という瞬間から、また新たな暗い世界が広がっているんです。うーん、一歩一歩がいつも怖いです。正しいのか? 大丈夫なのか? と思いながら進んでいるから、ただ踏みしめるだけではないのかもしれません」
松本「2018年に『ホリデイラブ』というドラマに出演させて頂いたのですが、第1話放送から世界が変わりました。環境が激変して、その一歩を踏み出した時は自分でも感じるものがありました。世間の見る目も急に変わって、今までは現場へ行っても『誰?』みたいな顔をされていたのに、皆さんが私の事を知ってくれている。その環境の変化についていくのが大変でした。
欲しかったはずなのに、あまり幸せを感じられなかったんです。忙しすぎたのか、自分が追い付けなかったのか、1度すべてストップ! って叫びたかった。キャリアを止まらせるって恐ろしいことではあったけれど、それをしなくちゃならないと思ったんです。夢のような世界のはずなのに、自分が乖離していってしまう……。そういう状態で撮ったのが、この作品でした。
撮影中、山田さんと息子役の森優理斗くんが、すごく無邪気に遊んでいたんです。それまで、遊ぶ時間を省いてきたからこそ、よりその光景に幸せを感じてしまったんだと思います。こういう場所に行きたいのかもって。ふたりを見て笑っているのを見ると、生きるとか幸せってこういうことかなって気付かされたんです。
それで、少しだけお休みしました。仕事もせず、ただのんびり歩いているだけで幸せを感じてしまった。今までだって幸せな環境があったはずなのに、その幸せを感じる心が自分に育まれていなかったということなんです。幸せを感じる心が育めれば、どんな環境でも幸せを感じることができるはず。このふたりが、私に違う世界を見せてくれたんです」
自分の生活の一部を切り取ってみても感じることだが、心の「余裕」「余白」「遊び」というものが、いかに大事であるかということが、ふたりの発する言葉の行間からも滲み出てくる。今の自分自身を見つめたときに、圧倒的に何とかしたい事はあるのだろうか。
山田「1回やめたら? と思います(苦笑)。そもそも、やめたいと思っていません。ただ、僕がもうひとりいるとしたら、『おまえ、もうやめればいいじゃん』と言うと思うんです。そうしたら、ようやく本当の自分を生きられるんだろうなって感じます。
もともと意志の強い人間ではなく、誰かが笑ってくれるから安心する、家の中が笑顔だからここにいていいんだって、子どもの頃からずっとそういう感覚を持っていました。『この作品がやりたいんです!』というのもなくて、求めてくれているから頑張れているという自分がいます。それを一回やめたら? と思います。暗い話ではなくて、性質の問題。そういう風にしか生きられないんですよ」
松本「きついこと、辛いことの先に幸せが待っている……という考え方をやめたいですね。仕事に恵まれてきたわけじゃないので、もがいて、もがいて、やっとこの場に立てているんだという思いがあります。でも、この場所ではもうもがき切ったと思える。だからこそ、次のフェーズにいくべきなんですよね。自分をギューってするのはやめて、解放していく。そして、満足すること。満足することで“余白”も生まれ、視野も広がって想像力があふれてくると思うんです」
ふたりが胸の内に抱える葛藤は、ここまでの話からも十分に汲み取ることが出来るのではないだろうか。自ら死を選んでしまった佐藤は、平成から令和にかけて、自著が再評価されるとは、ましてや6本も映画化されることになるとは思っていないはず。いま、佐藤に伝える言葉は用意しているのかを最後に聞いてみた。
山田「僕は色々な作品に出演させていただいていますが、原作者さんの思いを自分が伝えられるとは思っていないんです。原作から読み取れる部分は、もちろんいっぱいありますが、僕らは2時間という映画の世界で佐藤さんの思いを伝えきることはできないと思っているんです。ただ、佐藤さんが自分の葛藤を思いながら慎一という人物について書いていたのだとしたら、寂しかったんですねって声をかけたいです。愛されたかったんですねって。しかもそのことについて、僕はすごく共感しますって伝えたいです」
松本「この作品をお受けしたとき、ここに何か自分に足りないものが、必要なものがあるんだ! という直感が働いたんです。自分に足りないピースを埋めたかった……という感覚。ただただ、個人的な感情でこの作品に出演した。もう、とにかく自分にとって必要だと思ったんです。
必然的にこの作品は私の中で重いし、全然消化出来ていない。撮り終わってから、こうして公開されるという時期になっても恐怖、不安なんです。この作品に出演して、すごく大きな十字架を背負って1年間過ごしてきたような気がしています。私は自分の人生において、この作品と向き合わなければ次にいけないと思うんです。
すごく不安定な時の状態の自分だから直視できないけれど、重要なものを与えてもらってありがとうございます。これから、乗り越えていきたいと思いますと伝えたいですね」
山田は11年の銀幕デビューから、ちょうど干支がひと回りする間に映画出演本数は50本を突破した。松本は今年劇場公開される出演作品は7本を数える。映画界のみならず、ドラマなども含めて引っ張りだこのふたりが、今作と真摯に向き合ったことで、今後どのようなキャリアを構築していくのか期待せずにはいられない。
フォトギャラリー
執筆者紹介
大塚史貴 (おおつか・ふみたか)
映画.com副編集長。1976年生まれ、神奈川県出身。出版社やハリウッドのエンタメ業界紙の日本版「Variety Japan」を経て、2009年から映画.com編集部に所属。規模の大小を問わず、数多くの邦画作品の撮影現場を取材し、日本映画プロフェッショナル大賞選考委員を務める。
Twitter:@com56362672
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
予告編だけでめちゃくちゃ面白そう
見たことも聞いたこともない物語! 私たちの「コレ観たかった」全部入り“新傑作”誕生か!?
提供:ワーナー・ブラザース映画
コンコルディア Concordia NEW
“20年間、犯罪が起きていない町”で、殺人事件が起きた――洋画ファンの睡眠時間を奪う衝撃作
提供:hulu
十一人の賊軍
【本音レビュー】嘘があふれる世界で、本作はただリアルを突きつける。偽物はいらない。本物を観ろ。
提供:東映
知らないと損!映画料金が500円になる“裏ワザ”
【仰天】「2000円は高い」という、あなただけに教えます…期間限定の最強キャンペーンに急いで!
提供:KDDI
グラディエーターII 英雄を呼ぶ声
【人生最高の映画は?】彼らは即答する、「グラディエーター」だと…最新作に「今年ベスト」究極の絶賛
提供:東和ピクチャーズ
ヴェノム ザ・ラストダンス
【エグいくらい泣いた】「ハリポタ死の秘宝」「アベンジャーズ エンドゲーム」ばりの“最高の最終章”
提供:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
八犬伝
【90%の観客が「想像超えた面白さ」と回答】「ゴジラ-1.0」監督も心酔した“前代未聞”の渾身作
提供:キノフィルムズ
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。
死刑囚の告発をもとに、雑誌ジャーナリストが未解決の殺人事件を暴いていく過程をつづったベストセラーノンフィクション「凶悪 ある死刑囚の告発」(新潮45編集部編)を映画化。取材のため東京拘置所でヤクザの死刑囚・須藤と面会した雑誌ジャーナリストの藤井は、須藤が死刑判決を受けた事件のほかに、3つの殺人に関与しており、そのすべてに「先生」と呼ばれる首謀者がいるという告白を受ける。須藤は「先生」がのうのうと生きていることが許せず、藤井に「先生」の存在を記事にして世に暴くよう依頼。藤井が調査を進めると、やがて恐るべき凶悪事件の真相が明らかになっていく。ジャーナリストとしての使命感と狂気の間で揺れ動く藤井役を山田孝之、死刑囚・須藤をピエール瀧が演じ、「先生」役でリリー・フランキーが初の悪役に挑む。故・若松孝二監督に師事した白石和彌がメガホンをとった。
内容のあまりの過激さに世界各国で上映の際に多くのシーンがカット、ないしは上映そのものが禁止されるなど物議をかもしたセルビア製ゴアスリラー。元ポルノ男優のミロシュは、怪しげな大作ポルノ映画への出演を依頼され、高額なギャラにひかれて話を引き受ける。ある豪邸につれていかれ、そこに現れたビクミルと名乗る謎の男から「大金持ちのクライアントの嗜好を満たす芸術的なポルノ映画が撮りたい」と諭されたミロシュは、具体的な内容の説明も聞かぬうちに契約書にサインしてしまうが……。日本では2012年にノーカット版で劇場公開。2022年には4Kデジタルリマスター化&無修正の「4Kリマスター完全版」で公開。※本作品はHD画質での配信となります。予め、ご了承くださいませ。