「アフター・ヤン」コゴナダ監督が語る、小津安二郎作品への愛 満たされる“余白”も魅力「意味があるのが面白い」
2022年10月20日 12:00
「ムーンライト」「ミッドサマー」といった良作を生み出し、映画ファンから絶大な支持を集めるスタジオ「A24」の新作「アフター・ヤン」が、10月21日から公開される。監督を務めたのは、長編デビュー作「コロンバス」が称賛を浴びたコゴナダ。小津安二郎監督の信奉者としても知られるコゴナダ監督に、本作の話を聞いた。
舞台となるのは、“テクノ”と呼ばれる人型ロボットが普及した近未来。茶葉の販売店を営むジェイク(コリン・ファレル)と妻のカイラ(ジョディ・ターナー=スミス)、中国系の養女ミカ(マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ)の一家で、大切な家族の一員として共に暮らしてきたAIロボットのヤン(ジャスティン・H・ミン)がある日突然、動かなくなる。
修理を模索する中で、ジェイクはヤンの体内に、一日ごとに数秒間の動画が撮影された“記憶装置”を発見する。そこには家族を見つめるヤンの優しい眼差し、そして素性不明のひとりの若い女性(ヘイリー・ルー・リチャードソン)の姿が映っていた。
コゴナダという名前は、「晩春」や「東京物語」などの小津作品の脚本を手がけた野田高梧(のだ・こうご)に由来する。本作でも随所に小津作品の影響が見受けられるほか、岩井俊二監督の「リリイ・シュシュのすべて」の名曲「グライド」(作詞・作曲:小林武史)を使用するなど、日本との関わりも深い作品だ。
一つの家庭内で起こる出来事であること、また、SF作品が好きだったこともあり惹かれました。この原作ではいわゆる家族のなかで起こる死というものが、人間ではないものになってはいますが、描かれています。それによって、記憶、喪失、家族、そしてアイデンティティがテーマに含まれた作品として、また、そのテーマを長編映画として描くことでより掘り下げられるんじゃないかと思いました。
常に映画に触れている人間なので、今回特別に参考にした作品はありません。自分は映画と常に“対話”をしていて、例えば是枝(裕和)さんの「ワンダフルライフ」が大好きなので、いつもこの作品について考えたりしています。これは自分がやろうとしている対話の一部、あるいは続きなんです。また、「リリイ・シュシュのすべて」も同じように対話をし続けている映画です。なので、そういったものが自分の作る作品に自然とにじみ出ているんだと思います。
「アフター・ヤン」の世界観を再現するための軸やテーマに関しては、なにか終末的なことが起きた後の世界を通して、ものすごい喪失を経験して、そこから再建をしなければいけなかった社会、というイメージです。この大きな災害が起きたのはずっと前、何年も前の話だという設定になっています。そういう経験をしているので、自然との調和を求める社会ができあがった世界になっています。この設定は衣装や美術のスタッフを含む、全ポジションの作品へのアプローチに影響があったと思うので、このバックストーリーをシェアしながらプロジェクトを進めていきました。
ヘルツォークのドキュメンタリーの内容をそのまま映画に使用しました。ドキュメンタリーで実際に起こった、ヘルツォーク自身が見事なヘルツォーク節で話していたあのエピソードです。ジェイクだったらきっとその映画を見たことがあっただろうし、きっと思い出したり、いろんな想像をしたりするんじゃないかと思ったので入れました。
もともと坂本さんの音楽は自分に響くものがあって、ずっと前から好きでした。実験的なことをたくさんするところも好きです。自分のビデオエッセイやビデオアートで楽曲を使わせてもらったりしていますし、彼が作る空気感とリズムには本当にインスパイアされています。一番好きなサウンドトラックは(坂本が音楽を手掛けた)「トニー滝谷」です。このサウンドトラックがあまりにも好きなので、いつも自分の作品の仮の音楽としてつけています。それぐらい大ファンなんです。
一緒に仕事をすることが夢だったんです。今回は「手紙を書いたら?」と誰かに言われたことがきっかけです。誰が言ってくれたかの記憶が定かではないのですが、実際に彼に宛てて手紙を書いたら、「プロジェクトの実働中のため、作品音楽をすべて手掛ける時間はないんですが、良ければラフカットを見せてください」と返事がありました。ラフカットを見てもらい、「テーマ曲だったら時間を作って書きたい」と言ってくださいました。
「アフター・ヤン」のサウンドトラックは、もともと坂本さんの大ファンだったこともあり、意図はしていなくても彼の持つ世界観をさらに拡張していくような音楽になっていると思います。音楽を担当したAska Matsumiyaさん自体もアングラなアーティストミュージシャンなので、坂本さんの歴史に近しいものを感じていたことが影響しているかもしれません。Askaさん自身もクラシックピアノをやっていた方なので、ピアニスト同士ということにも思い入れもあったみたいです。彼女もミュージシャンとして坂本さんのような音楽をつくりたいという思いがあったそうで、コラボレーションする相手として2人は素晴らしかったと感じます。
「秋刀魚の味」と「麦秋」の2本が特に好きな小津監督作品です。本当に全作好きなので、何度も見直しています。サイレント時代の作品から全部見ていく…といった流れを何周もしています。最近はまっているのが、例えば小津さんのサイレント映画を3本見た後に、同時期に作られた他の方の作品を3本ぐらい挟み、また小津さんの作品に戻ってきて……という見方です。そんな風に今でも見続けています。日本の方はどう思っているか分からないのですが、作品にモダン性があるところがすごく好きなところです。彼のような人は他にはいないですね。
例えばベスト作品10本とか、ベスト監督10人とかを選んだりすると、ヒッチコックとか小津とか出てくるんだけど、ヒッチコックはスタイルを模倣するスタイルが多い監督なんですよね。でも、小津さんにはそういうスタイルはそこまでなくて、そういうところも面白いなと思っています。それは、小津さんは小津さんだけの“小津街道”というか“小津道”みたいなものがある。彼自身が彼の映画作りのなかで選択しているものは深遠なものがあって、それが技術面のこととか、題材がどういうものかとか、そういうこととはまたちょっと違う側面もあるんです。なにか感情面で響くものが小津監督にはあるんですよね。少なくとも、自分は感情的にすごく影響されるものが小津監督作品にあるので。彼の作品を見るとすごくリアルな感情が湧き出てきます。現代の世界で生きることに葛藤している人にとっては、彼の映画を見ると「こうあればいいんだ」ということを感じ取ることができて、何かわかるんじゃないかなと思います。
彼の作品に出てくる余白というのは、空虚ではなくとても満たされるものになっていると感じています。満たされない現代に対して、違ったリズムを小津作品は与えてくれるんです。欧米諸国では、余白や空白というものは“何もない”ということを意味していて、それは怖いものとして、意味すら見いだせないものとされているんだけれども、小津作品の余白というものには逆に満たされるものがあって、意味があるという点が面白いです。
脚本を書いているときにイメージしていた通りのルックスでした。もともとは自分の姪っ子たちが幼かった頃をイメージしながら脚本を書いていました。彼女たちは見ていて面白いなと思いましたし、早熟なところがある姪っ子たちでした。ネットで話題になったマレアさんの動画を見たときに、ルックス的にもイメージしていたものに近かったこともありましたが、もちろんそれだけではなかった。実際にセリフを言っている映像を見たとき、彼女は言葉というものを吸収して、それが自分の体の一部になるということができる、それをすることのできる能力を持っている子でした。それが起用した理由です。
例えば、現場でなにか演出や監督から指示されるタイミングがあったとしても、大人の役者と同じようにシーンについて話せていました。その時は一切、子ども言葉のようなものに変えることもなく、それこそコリンと話しているときと同じ形で彼女と話すことができました。そんなところもまた、特別な役者だと思いました。
「アフター・ヤン」は10月21日から公開。
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