桐島、部活やめるってよのレビュー・感想・評価
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桐島はどこにいる
この映画は、
登場人物の誰に感情移入できるかに因って、
感想意見が大きく異なる作品だと思うが、
誰もがこの中の高校生活を実体験したわけではなく、
あくまでも典型であるだけで、あるあるではない。
それを踏まえて、自分には感情移入できる人物はいなかった。
強いて言うなら、
イケてる帰宅部3人に対する劣等感をもの凄く感じる、
目立たないクラスメイト、というところか。
高校生だから異性に興味ビンビンで当然なんだけど、
それ以前に学生である本分、
勉強や部活への真面目さを前提に、いや「言い訳」に、
「けっ、女なんて」と嘯く自分に腹立たしくなる。
この「童貞感」を痛烈に思い出させる作品でした。
同じ時間軸を違う視点で何回も描く作りが、
「告白」に似てるかな。
台詞が少ない分、この同じ場面の違う重ね方で
分かる様に作られてるのが上手いなと。
それもこれも、演者陣の演技力、まあ割と等身大の役でもあるが、
脚本の要望に応えた役者陣も貢献大です。
神木くん(前田)は主役だが役が役だけに目立たない。
それがいい。映画部の肩身の狭さが出てる。
宏樹もいい。桐島がいなくなってからの動揺っぷり、
露骨じゃなくてじんわり揺れてる。
そして前田との邂逅で…、何かに気付く。
一番好きなのは、宏樹に執拗に試合を勧めてた、
野球部のキャプテン。
「ドラフト、終わるまではなぁ」この台詞は重い。
かすみ(橋本愛)その他の女子メンバーの割り切れない感じ。
これはリアルなのかも知れないが、これも重い。
女子だけのシーンは気分悪くなる。
吹奏楽部部長のシーンも、分かるけど気分悪い。
基本的にテンション上がるとか、
高揚感あるとか、そういう映画ではないですが、
高校生ばかりなのに甘酸っぱさゼロの、
残酷性剥き出しな、青春群像劇。
「ヒエラルキー」というより「住み分け」。
「国家が違えばルールも違う」的な。
自分たちが‘イケてる’と思ってるヤツ同士も方が
やたらと気使ってるのに対して、
そんなこと考えてもない奴らも方が、
気兼ねなく話してるのとか、まさにそうだな。
青春群像劇
学生時代にあるクラスのヒエラルキー、女子間の友情、片思い、若いとき特有の自意識過剰感を詰め込んだ作品。
静かに物語が進むけれど、場面を違う角度から切り取っていて、各個人の状況を表現している。
桐島、部活やめるってよ
というタイトルなのに、桐島は出てこず、
でも出てこないけど周囲にどんな影響力があったかがすごくわかる。
桐島が部活をやめることによって、変わる部内の配置や、今まで見ていた景色が変わること、関係性の変化なんかをうまく描いている。
学生時代、クラスの下層に位置していたわたしにとっては、映画部面々の内にこもった感じや嘲笑されている感じ、気配をなるべく消そうとする努力がわかった。
神木隆之介、東出昌大に大後寿々花、太賀、前野朋哉、落合モトキ、浅香航大、橋本愛、松岡茉優と
若手実力派揃いで、わたしの好きな俳優さんばかりで嬉しい。
松岡茉優は今と雰囲気が全然違うのではじめわからなかった(声が松岡茉優なのに誰?と思っていた)。
インタビューのシーンで、きっぱりと無理だと言う神木くんに、なぜかとてもグッときてしまった。
小説を先に読んでいたが、映画の方がうまく融合させていて、桐島が出てこないことをうまく生かして作られていると思う。
何度でも繰り返し観たくなる
原作と違いすぎる
青春はヒエラルキーと共に
DVDで鑑賞。
原作は既読。
原作を読んでとても感動しました。心情描写の繊細さ。視点が変わることで同じ場面でも違って来る意味合いに心を鷲掴みにされました。今までに無かった感じの物語だな、と…
ヒエラルキーの上位にいたであろう作者が(私の勝手な想像です)、なんでここまでイケてないグループの人間の気持ちが分かるんだろう、とめちゃくちゃ感心しました(笑)。
それはさておき、本作では原作のエッセンスを巧みに踏襲しつつ、最後には映画的なカタルシスを存分に堪能できる、珍しい形の青春群像劇に仕上がっているなと思いました。
それぞれの視点から校内ヒエラルキーの存在がつまびらかにされ、誰もが共感出来るはずの人間ドラマが展開されていました。身に覚えのある感情が湧き上がって来ました。
努力した者を嘲笑う風潮は私が学生の頃にもありました。心の中では反発していても大勢に従わざるを得なくさせる、見えない圧力。従わなければ、過酷な排斥を受けてしまう。
思い返せば、なんとえげつない環境だったのだろうと身が縮む想いです。学校が社会の全てだっただけに、如何にサバイブするかと云うのが毎日の課題だったような気がします。
人気者でバレー部のキャプテン・桐島が突然部活を辞め、学校を休んだことから始まる校内ヒエラルキーの崩壊。ひとつの前提が崩れただけで全てが一変するとは、校内ヒエラルキーとは砂の城みたいな脆いものだったんだな、と…
大混乱に見舞われる学校内。些細なことのようですが、当事者たちにとっては一大事。この世の終わりレベルの狂騒が始まりました。じわじわ高まっていく展開が秀逸でした。
なんの情報も無く、交際相手でさえ桐島とは連絡がつかない始末。そんな彼女も校内一のかわいさで、その取り巻きもレベルが高いことこの上無し。取り巻きたちは桐島の彼女を庇う素振りを見せながらも、それは上辺だけの友達ごっこ。
いつ取り巻きからあぶれてしまうかと戦々恐々で、危ういパワーゲームを繰り広げていました。そう言えば私の周りにもそんな感じの娘たちいました。やっぱ怖いぜ、女子…
一方バレー部では、リベロだった桐島の代わりに控え選手がスタメン入り。こちらもこちらで困惑しているだろうし、メンバー間の不満が爆発し、ここでも感情が入り乱れる…
そんなことは眼中無しで撮影に没頭するヒエラルキー底辺な映画部の面々。楽しく映画製作に勤しむと云うわけには行かず、彼らの日常も狂騒の中に取り込まれると云う不条理。
様々な群像が映し出され、感情と思惑が交錯する中、全てが収斂する圧巻のクライマックスへとなだれ込んでいきました。
それまで別々の視点で描かれていた登場人物たちが屋上へ一同に会して、それぞれの想いが溢れ出し、濁流となって爆発する壮大なフィナーレのカタルシスに酔い痴れました。
ヒエラルキーが一瞬で逆転し、襲い掛かるゾンビたち。カメラを回す神木隆之介。学生時代の想い出が蘇り、ヒエラルキー上位の生徒を懲らしめる様に溜飲の下がる想いでした。
想いの大洪水が去った後、静かにカメラを拾った東出昌大と神木隆之介の会話を通して、ヒエラルキーと云う虚飾の壁をぶち破る革命が起こったようで、思わず涙が出ました。
※修正(2024/05/12)
ある意味これも『カメラを止めるな!』
これは思春期にロクな思い出のない私にとって恐ろしくリアルな映画でした。要するに映画部の神木隆之介君に降りかかる酸味に塗れた災厄がイチイチデジャヴ感を纏って私にも牙を剥く。仲良し四人組の中で絶妙なポジションを保つ器用さを持ちながら内心にささやかな秘密と正義を隠し持つ悪魔のような天使、橋本愛が東京ガスのCMで果たせなかった一打。途方もなく美しく学園の女王のように振る舞いながら完全無欠の彼氏桐島を校庭のベンチでしおらしく待つ山本美月が放つ一言。それぞれが抱えた色とりどりの思いが校内で線香花火のようにきらめいては消える様を異なる視点から何度も繰り返し丹念に見つめる、恐らくは原作にはないアプローチで周到に用意された世界観の中で、怒りを爆発させた8ミリカメラを構えた神木君の叫びが、あの教室で29年間立ち竦んだままだった私の魂を夕暮れ時に解き放ってくれました。
最高にエモい青春群像劇
邦画の名作を今更ながら鑑賞。
いやぁ面白かった!
スクールカーストの底辺で非モテで日陰者の映画部部員たち。
でも好きな事に好きなだけ打ち込む前田の姿は何よりも輝いていた!
剣道部の部室の奥でぎゅうぎゅう詰めになって漫画を読んでいた映画部。
そんな彼らが外に出て手探りで映画を撮る。
今日がなんと言おうと、周りから奇異な目を向けられようとカメラを向け続ける!
映画監督になりたいから?
そうじゃない。
なぜなら映画が好きだから!
フィルム越しのワンカットに多幸感を感じるから!
それでいい、それが俺たちの青春だ!
プレハブ小屋、野球部の更衣室の隣の模型部で青春を謳歌した自分には既視感がありすぎた。
あの青春を思い出させてくれた監督とキャストの好演に感謝。
映画って本当に面白い!
吹奏楽部の演奏で鳥肌
今まで観た映画で一番おもしろい。本物。
「この映画、結局最後まで桐島出てこないんだって」
ってゆうネタバレをされてて、なるほど、群像劇ってやつね、そんで桐島が出てこないままクラスがどんどん混沌としてゆくってゆう・・・・・・って予備知識でなんとなく観はじめて、いろんなグループから見る桐島がいなくなった日々を眺め、ラストに向かうにつれて自分はぞわぞわしはじめた。そしてラストで衝撃が走った。この映画はすごい!本物だ!と思った。
本物のメタ映画。
学園生活のリアルを描いた映画だとか、これが現代のスクールカーストだとか、そんなの嘘っぱち。この映画はそんなもの、パッケージとしてしか使っていない。ただの設定として、要素としてスクールカーストを使っているだけで、ほんとうは超絶メタ映画なのだ。
最後まで桐島出てこないんだって。
そんな情報を入れていたから騙されかけた。桐島は最後まで出てこないんじゃない。最初から存在しないのだ。
いや、存在してたから、存在してたのにいなくなったからみんな騒いでんでしょ。じゃないのだ。最初から存在していなかったのに、みんなが存在していると思い込んでいただけなのだ。存在していると思い込んでいる桐島の所在が判明できなくなって、存在が不明になって、みんなが焦って不安になって騒いでいるだけなのだ。
他の映画評論などでもいろいろ考察されているけれど、端折って言うと、桐島という名前はキリストのもじりらしい。
みんなが尊敬する桐島。
桐島はキリストの見立てでしかないのだ。
だからみんなの前に姿を現さない。
そして桐島を必要とする者だけが桐島の存在を信じている。
だけど桐島を信じていない者は桐島がいなくなっても今までと変わらぬ日々を送っている。
学園生活とかスクールカーストとか、そんなしょぼいテーマを表面で繰り広げ、その本題は信仰する神がいなくなった世界とその人々を描いているのだ。
そしてこの映画には主人公が二人いる。
まず映画部の前田。彼がれっきとした主人公で、彼が主人公であることで表面のスクールカースト映画が成立している。しかし彼のしていること、彼のセリフの端々は、この映画がメタ映画であることを表現している。彼はこの映画の中で映画を撮る。その映画の中で現実を破壊しようと試みる。だけれど現実は変わらず、それでもこの現実で生きていかなくてはいけないと言う。そして彼は桐島が存在しないことに対して何の影響をも受けていない。そもそも、主人公の彼は桐島という名前すら一言も口にしない。
そしてもう一人の、ほんとうの主人公は桐島の親友のひろき。彼は桐島がいなくなったということで最も影響を受けている。表向きでは、一番の親友だと思っていた自分にも何の連絡もなしに桐島がいなくなってショックを受けている、というものだが、本題では、神様(桐島)がいないと知り、何に導かれればいいのか、自分が何をすればいいのかすら判らなくなっている迷える子羊なのだ。最も神様を信じていた分、生きる意味すら失っている状態とも言える。
この両極端なふたりの主人公のラストのやりとりと、そのあとのひろきの表情、行動、エンドロールへの向かい方。この映画がただのスクールカースト映画だとすれば、このエンディングには絶対ならない。
まあ、神様がどうとか、桐島は最初から存在しないとか、ほんとうにただの個人の感想です。おそらく自分好みの曲解でしょう。でもこの映画は不思議な部分や謎な部分が多くて、観るたびにいろんなことに引っかかります。なのでいろんな感想が出てくるでしょう。
いちばん最初の、教師たちの、「また桐島ですよ」の言い方も、不思議ですし。クラスの英雄的存在の桐島のはずなのに、教師たちからはむしろ逆な印象を受けますし。もしかしたら、桐島超不良説、なんてのもあるかもしれません。全然おもしろくないけど。
ルーズソックスは出てこない
高橋優がテーマソングを歌っているので前々から気にはなっていたがようやく観られた。
開始数分くらいで「ん?何か見逃したか?」と心配になるくらい、流れるようにストーリーが始まる。でも、後からしっかり別目線で話が繰り返されるので、何とかそこで理解できた。
基本、少しでもヒントを見逃すと、あっという間に置いてけぼりになる。洗濯物を干しながら見ちゃ駄目だ(当たり前だ!)。
一回目は、人間関係とこの映画の構成を把握するのにいっぱいいっぱいで、「え?」と声を発して終わってしまい、二回目でようやくキャストたちの感情や複雑な人間関係、行動の意味をとらえることができた。
私は(中学校時代ではあるが)バドミントン部に所属していたが、学校も部活も好きではなかったので、この映画を観てもあの頃が懐かしい、という肯定的な感情は出てこなかった。むしろ、その時の気だるく憂鬱な、嫌な気持ちをちょっと思い出してしまった。
映画と同じように、そんなに仲良くもない女子グループに所属していたし、外見は、地味で恋愛に縁のなさそうな、朝礼で司会をやっていた女子にそっくりだったと思う。
しかし、普段は忘れていたこんな記憶を呼び覚ますほど、この映画がリアルであるということに改めて気がついた。あとはルーズソックスが出てたら私の時代と完璧にマッチしてたかな笑。
最高レベルの群像劇
なるほどなぁ。 なんかこのヒロキの気持ちが分からなくもない。 学校...
なるほどなぁ。
なんかこのヒロキの気持ちが分からなくもない。
学校内では確かに上位。勝ち組。
だからといって絶対楽しいのか、この先もずっと勝ち組のままなのかというとそうじゃない。
明らかに自分よりランクが下の人達なのに、自分よりしっかりと自分を持ってたりする。
俺は完全に上位だけどでもそれがなんなんだと。そんなランクに意味はなくて結局自分には何があるのかと考えた時、なにもなくて空っぽだったと。
これからどうすればいいかすがる気持ちで最後に桐島に電話をしてしまった。
虚しかったんだろうなヒロキは。そう思うと少し切ない。
分かりにくい映画ではあったけどちゃんと理解して観るとそれぞれの気持ちがよくわかった。
どういう生き方がいいかと問われると、前田君みたいに学校内のランクなんてどうでもよくて、自分をしっかりと持って生きていく方がいいに決まってる。
不良と地味な子、どちらが地元を離れ好きな事をやっているのか考えれば明白。
それぞれの等身大の青春
原作未読。
タイトルやキャストからイメージしていたのとはまったく異なる繊細かつエッジの効いた作品。
まさか桐島が出〇〇とは...
ともあれ話は桐島中心に進んでいく。生徒たちの何気ない会話や校内の空気感が妙に等身大でヒリヒリする。
閉じた関係性において、絶対的な主人公がおらず、それぞれあまり接点のない登場人物たちが何気ないエピソードを積み重ねていく描写は「ツイン・ピークス」を思わせる。さておき...
映画にありがちな極端な人物や劇的な展開はここにはない。
そして、それぞれが奏でる不器用な音色が絡み合い折り重なり合いながら屋上での指揮者のいない合奏へと収斂していく。
よくあるきらきらした、汗や涙で彩られた青春映画を求めたら裏切られるだろう。
屋上のシーンで冗長とも感じられる前半のリピートの意味がわかった気がする。
思いを寄せる、かわいくて周囲も自分も見えてて気も使えて部活に打ち込んでて、なおかつ趣味も合うと思っていた子の等身大の秘密。そして等身大に残酷な終焉。
もどかしくて意地悪で見失って悔しくて背伸びして空気読んでみっともなくてイライラして蔑んで嫉妬して...そんな等身大が凝縮された映画。
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