コラム:挑み続ける男 大友啓史10年の歩み - 第7回

2021年5月11日更新

挑み続ける男 大友啓史10年の歩み

綾野剛と松田龍平、文学的な俳優ふたりから垣間見る演出の面白さ

10回連載の特別企画【挑み続ける男 大友啓史10年の歩み】。第7回は、大友監督の故郷・岩手の盛岡を舞台にした「影裏」について。故郷で映画を撮る、そこに至るまでの思い。そして、もう一度一緒に仕事がしてみたかったという綾野剛松田龍平、文学的だという2人の俳優と接して見えてきた演出の面白さを語ります。(取材・文/新谷里映)

──「るろうに剣心」に始まり、様々なジャンルに挑戦しつつも、そこに共通していたのはビッグバジェットであることでした。それと比べると「影裏」は小規模作品と言えますよね。

そうですね。ビッグバジェット作品が続いていたこともあって、シンプルな物語、小規模の映画を撮りたいと思っていました。そんなときに、地元のテレビ岩手から「開局50周年記念作品として、岩手発の映画を撮ってほしい」とオファーが舞い込んできたんです。僕は僕で、ずっと故郷を舞台にした映画を撮りたくて、原作やネタを探していたんですね。

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──それが沼田真祐さんの小説「影裏」だったわけですね。

「文學界」(文藝春秋の月刊誌)の新人賞受賞作品として紹介されていたときに、たまたま「影裏」というタイトルに惹かれて書店で手にしたのがきっかけです。すごく好きな作品だと思った。しかも物語の舞台は盛岡。「映画化したい」と自分の会社(OFFICE OPLUS)のプロデューサーに相談しましたが、「さすがにこれは無理だろう」と。漫画原作の映画が全盛ですから、「これほどの純文学は出資が集まりませんよ」と。ところがその後、「影裏」は芥川賞を受賞、風向きは大きく変わりました。いよいよ企画を詰めようとなったときに、テレビ岩手も「影裏」を挙げてきた。「実は俺もやりたいと思っていたんだよね」と意気投合したわけです。岩手から初めて生まれた芥川賞ということで、地元はかなり盛り上がっていました。小説を読んで心を奪われた部分はたくさんありましたが、とにかく行間に感情が溢れた「豊かな物語」だなあと。少し変わった愛の形を、あの震災を絡めて繊細に描いている。陰影に満ちた解釈の難しい小説でもありますが、流行とは真逆の方向に発想が向かっていて、それを「影」と「裏」という言葉を組み合わせて表象している。面白いなあと感じましたね。映画製作というのは、つまるところビジネスでもありますから、製作費を回収できるか、儲かるかも考えなくてはならない。けれどそうじゃない論理で動いている映画もあって。資本主義的な価値観とか商業的な価値観からこぼれ落ちていく、自主製作に近い映画、「影裏」はそういう立ち位置で作ることができる映画だと思ったんです。ビジネスや流行に乗らず、背を向けるような形でね。それで、僕が新しく作った会社の製作一作目として動き始めました。

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──とてもいい巡り合わせですね。【影裏】の意味には、物陰のほかに、心の内に映すことという意味もあります。とても美しい言葉ですね。

どこか映画的でもあるよね。映画は光と影で作るものだし、物語には表と裏がある、その語感の組み合せに惹かれたんでしょうね。テレビ局からの出資が決まり、それだけでは足りないので東京で資金を集めつつ、地元でも友人知人が走り回って力を貸してくれました。岩手出身の大友が、岩手在住の芥川賞作家の小説を、岩手のスポンサーで、初めて故郷岩手で撮る。そういう映画をインディペンデント映画と言うのかもしれないですが、僕は「影裏」のような作品を“クラフト・ムービー”という捉え方をしたんです。ビールにはクラフトビール(小規模な醸造所でビール職人がつくるビールのこと)があるじゃないですか。その土地の素材を使った個性的なビールがある。同じような発想で映画を作れないかと考えた。ビールなら本当に美味いものを、映画なら本当に質が高いものを。その土地から発信する映画=クラフト・ムービーというコンセプトで、とにかく“美味しくて上質な映画”を作ってみたいと思ったんです。

──ローカルではなくクラフトと意味づけることで、随分と印象が変わりますね。綾野剛さんと松田龍平さんのキャスティングも新鮮でした。

企画を話したら綾野くんも龍平くんも快く乗ってくれて、トントン拍子というか、すごくいい形で「影裏」はスタートできました。おっしゃる通り、綾野剛松田龍平の組合せって今までなかったんです。綾野くんとは「るろうに剣心」以来、龍平くんは「ハゲタカ」以来、どちらもまた一緒に仕事をしたいと何度もタイミングを狙っていたけれど、巡り合わせというか、なかなかうまくハマらなかったんですね。綾野くんは「るろうに剣心」の1作目に出てもらったけれど、佐藤健ととんでもないアクションを繰り広げてくれました。すごい俳優が出てきたなって。それ以前から注目はしていましたが、新しい時代の俳優というのかな、強烈な印象がずっと残っていましたね。その後もずっと注目し続けて、彼のポテンシャルが広く認知されていく過程を見ていたので、「影裏」のような作品は、きっと綾野くんの繊細な芝居がひときわ輝くはずだと確信していました。一方で綾野くんの相手は誰がいいかと考えたとき、満場一致で龍平くんの名前が挙がり、僕にとってこの2人の共演は心が躍るような組み合わせでした。

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──今野を綾野さん、日浅を松田さんが演じていますが、大切な人を思いながら日々を過ごす今野の佇まい、演じる綾野さんのお芝居は繊細でしたし、風来坊で実態が掴めない日浅の生き方、演じる松田さんの捉えどころのない雰囲気、どちらのお芝居も素晴らしかったです。

2人とも本当にいい俳優だよね。どこかこう、映画に対するこだわり方が昭和世代の僕たちに近いんですよ。今野みたいな、淡い現実の中で揺らめくような、蠢くような、そういう役は綾野くんのはまり役で。というか、はまり具合の深度も含めて彼にしかできない気がします。これは「影裏」の宣伝のときに言い尽くしたことではあるけれど、綾野剛という俳優は、文学の薫りを纏っているとても稀有な俳優なんです。彼の芝居に触れると、こちらの内面に無数の言葉が立ち昇ってきて、イメージが膨らんでいって、演出家をあらゆる角度から刺激してくる。それを活かせる作品で起用したくなってしまうんです。

──観客としても、綾野さんの演じる今野の感情がなだれ込んでくるようでした。松田さんはどうでしたか。

綾野君が文学の薫りを纏っているとしたら、龍平君は映画そのものを纏っている気がします。矛盾する感情も何かもすべてを呑み込んでフレームの中に存在している。かと思えば、その役がフレームの外に実在したかのように佇んで、当たり前にそこに居る。生きている人物の生っぽい物語がふうっと立ち昇ってくるんですよね。「ハゲタカ」を撮影していたのは2006年。その頃の龍平くんは映画への出演が圧倒的に多くて、テレビドラマにはほとんど出ていなかった。だから彼がドラマに出てくれることが、すごく嬉しかった。「ハゲタカ」で龍平くんの演じた西野がキレるシーンがあって、その演技を見てものすごく興奮したのを覚えています。

僕ら昭和世代にとっては、どうしても松田優作さんの面影が甦るというか。優作さんの全盛期、僕は学生で、単なるファンのひとりでした。中学生の頃、優作さんが殺し屋を演じた遊戯シリーズ「最も危険な遊戯」「殺人遊戯」「処刑遊戯」から始まって、「陽炎座」「家族ゲーム」「それから」「ア・ホーマンス」など、出演作を追いかけていた観ていた数少ない俳優。僕らの世代にとって憧れの俳優なんです。その息子さんの龍平くんと年月を経てまた一緒に仕事ができる、優作さんとは異なる魅力を確立し始めている彼に触れられる、それがすごく嬉しかった。だから海南島国際映画祭で、「影裏」の演技で、国際賞を初めて受賞したことは本当に嬉しい出来事でしたね。

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──たしかに綾野さんと松田さんは昭和世代に近い雰囲気がありますよね。現代と昭和世代との大きな違いは何だと感じていますか。

前回の「億男」の話にも繋がることですが、ITバブル以降のデジタルネイティブ(世代)というのかな、お金もビジネスもあらゆる社会事象に対してニュートラルな、クールな捉え方をする人たちが増えたと思うんですね。お金は汚いものだと教えられた僕らとはまったく違う考え方です。そういうニュートラルな考えのなかで育ってきた人たちは、俳優でいえば、芸術で相応の対価を得ていくことは当たり前のことで、さらに俳優をやりながら他のビジネスを両立させることに対しても構えた意識がない。ああ、日本人もようやくそこに辿りつけたのかと思った。かたや我々昭和世代の演出家は、演じることにこだわって専心してくれる俳優がいまだに好きだったりもする。完全にアナログですよね(笑)。

そんな世代の狭間のなかで、綾野くんも龍平くんも、その境界線を軽々とまたぐように飄々とそこに位置している俳優だと感じる。他者の人生を演じることに力を注ぐ、そこに迷いがないというのかな。彼らよりも少し若い世代になりますが、佐藤健くんにも同じような印象がありますね。また優作さんの話に戻りますが、彼は「ブラック・レイン」を撮っているときにがんであることが分かって、でも撮影を止めなかった。映画という表現に命をかけていた。僕自身はその領域に踏み込めないかもしれないけど、条件なしにその生き方が正しいとは言えないけれど、だからこそ優作さんの激しさや煌めき、美意識に惹かれてしまう。ひとことで言えば不器用な、どこかで損をしてしまうような、そんなアナログな生き方を愚かだとは言い切れないのが昭和世代で。僕自身の感性は、圧倒的に昭和なんだということを自覚しますね。

──その感覚、わかります。ですが昭和的と言いつつ、大友さんは現代的な作品に次々と挑戦していますよね。

そうなんですけどね、頑張って背伸びしてるんですよね(笑)。たとえば邦画でいうと、昔はそれぞれの映画会社に独自のカラーがあって、今よりも色がはっきりしていたじゃないですか。松竹は「男はつらいよ」みたいな喜劇とか家族ドラマ、東宝はゴジラとかファミリー向けが多かったり。東映はアウトローやアクション系というように。僕は深作欣二さんや五社英雄さんの映画を観て育ってきているし、アメリカン・ニューシネマも好きだったりする。どこかで不良性感度の高い映画にも憧れているんですよね。自分自身はそういう生き方はできないから……。そういうカラーでいうと、綾野くんも龍平くんも僕も昔の東映カラーに属するような気がする、僕の勝手な解釈ですけど(笑)。似たもの同士である彼らと、僕の故郷で小さな作品を撮ることは、もうノーストレスでしたね(笑)。

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──盛岡の自然もとても美しかったです。

そうでしょう? 盛岡は川が街の中心を流れる本当に美しい街なんです。でも「影裏」を撮影したその年は、美しさを感じる余裕がないほどめちゃくちゃ忙しいスケジュールでしたね。17年の年末から18年1月の約2週間で「億男」のモロッコパートを撮って、戻ってきてから3~5月で国内パートを撮った。そして8月のひと月で「影裏」を撮影して。途中に「億男」のダビングが入ったので、2週間「影裏」を撮影して、1週間「億男」のダビングをして、また2週間「影裏」を撮影して。その後は「億男」の宣伝をしながら「るろうに剣心 最終章」の準備をして、11月から「るろうに剣心」を撮るというね。大変なスケジュールで、自分の首を絞めたり周りに迷惑をかけたりもしたけれど、「影裏」を撮っていなかったら、きっと「るろうに剣心」で精神が崩壊していたかもしれない(笑)。

それほど「影裏」を撮ることが、芝居をただシンプルに撮ることが、僕にとっての癒しになっていたところもあったんですね。「るろうに剣心」という大きな戦場に行く前に、故郷でね、少し心を解していく必要があったんでしょうね(笑)。「影裏」の現場は、日々の生活のなかにある小さなものを見つめ、拾っていく現場なので、どんどん心が開いていくというか。とは言っても、映画におけるドラマというジャンルは興行を成立させることが一番厳しいジャンルなんですけどね。

──確かに、青春ドラマのような若者向けのドラマはたくさん作られていますが、大人のドラマ、大人の何気ない日常を描いたドラマは多くはないですよね。

ドラマは本来、人の心の機微を丁寧に描いていくものなので、大人に向けて作られるジャンル、大人こそ見るべきジャンルであるのに、第一線の商業映画のなかには大人が活躍する映画が足りなさすぎる。それは劇場に足を運ぶ大人が、特に男性が少ないからでもあって。今のままでは映画のジャンルとしてのドラマがどんどん瘦せ細ってしまう。「影裏」を撮ったことで、もっと大人のドラマを撮りたいと思いましたし、故郷の盛岡で撮ったことで、さっき言ったような、色々な土地を舞台にしたクラフト・ムービーをもっと作っていけたら……と新しい目標も見えてきました。洋画におけるクラフト・ムービーというと「マンチェスター・バイ・ザ・シー」(16)ってあったじゃないですか。

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──ケイシー・アフレック主演の映画ですよね。兄の死をきっかけにボストンから故郷のマンチェスター・バイ・ザ・シーに戻ってきた主人公が過去と向きあう素晴らしいドラマでした。

そう、すごくいい映画だったよね。アメリカ映画といっても舞台はニューヨークやロサンゼルスだけじゃない、知らない土地を舞台にしただけで、物語がすごく新鮮になる。Netflixのドラマ「オザークへようこそ」とか、映画「スリー・ビルボード」とか、ミズーリ州のぜんぜん知らない町が舞台になっている。邦画で言うと「泣く子はいねぇが」とかも秋田県の知らない町だった(男鹿半島)。それから古いけれど「ディア・ハンター」のペンシルベニア州のピッツバーグの描写は、いま観ても新鮮なんですよね。

プラチナデータ」のような作品でアメリカ映画に対抗するのは難しいけれど、知られていない町の土地柄とか、そこに暮らす人たちの人間性とか、そういうロケーションを活かした、そこで住む人たちの暮らしを掘り下げた映画は、日本でももっともっと作れるはずだって「影裏」を経て改めて感じましたね。また、故郷で映画を撮ったことで、自分のなかで埋もれていた記憶が甦ってきたりして、その体験もすごく面白かったし。大林宣彦監督の尾道三部作じゃないけれど、「影裏」に続くような作品を、岩手三部作のようなものを作りたいと思っているんですよね。ただ、他にも色々とやりたいことがあるので、いよいよ時間との闘いになってきましたね。

【次回予告】
第8回は、「影裏」の撮影をきっかけに故郷・盛岡とのつながりはどう変化したのか、第7回に引き続き「影裏」を掘り下げていきます。

筆者紹介

新谷里映(しんたに・りえ)。雑誌編集者を経て現在はフリーランスの映画ライター・コラムニスト・ときどきMC。雑誌・ウェブ・テレビ・ラジオなど各メディアで映画を紹介するほか、オフィシャルライターとして日本映画の撮影現場にも参加。解説執筆した書籍「海外名作映画と巡る世界の絶景」(インプレスブックス)発売中。東京国際映画祭(2015~2020年)やトークイベントの司会も担当する。

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