ロベール・ブレッソン
フランス中部ブロモン=ラモット出身。1915年に家族でパリに移り、リセ・ラカナルで古典文学と哲学を学ぶ。画家を志していたが、映画に興味を持ち、美術収集家ローランド・ペンローズの出資を得て初短編「公務」(34)を製作する。「罪の天使たち」(43)で長編映画監督デビューし、45年に長編第2作「ブローニュの森の貴婦人たち」を発表。第3作「田舎司祭の日記」(51)でキャストに素人を起用し、独自のスタイル「シネマトグラフ」を確立、ベネチア国際映画祭の国際賞を受賞した。「抵抗(レジスタンス) 死刑囚の手記より」(56)でカンヌ国際映画祭の最優秀監督賞、「ジャンヌ・ダルク裁判」(62)で同審査員特別賞、「たぶん悪魔が」(77)でベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞。その他の作品に「スリ」(59)、「バルタザールどこへ行く」(66)、「少女ムシェット」(67)などがある。1975年、著書「シネマトグラフ覚書」を刊行。99年12月、パリにて98歳で逝去。83年の「ラルジャン」が遺作となった。