「鮫肌男と桃尻女」あらすじ・概要・評論まとめ ~先人たちに敬意を払いつつ、新たな才能を開拓した1990年代映画における“継承”~【おすすめの注目映画】
2025年12月4日 08:00

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本記事では、「鮫肌男と桃尻女」(2Kレストア版/2025年12月5日公開)の概要とあらすじ、評論をお届けします。
(C)望月峯太郎/講談社・東北新社「8月の約束」で映画監督デビューを果たした石井克人が、「バタアシ金魚」「ドランゴンヘッド」の望月峯太郎による同名コミックを映画化。退屈な日常から抜け出した女・トシコと、記憶を失った逃亡者・鮫肌の逃避行を、スタイリッシュな映像とハイテンションな演出で描いたコメディ。
退屈な毎日に嫌気がさしたトシコは、ある朝、勤めていた山奥のホテルを飛び出し、ヤクザに追われて獣道から飛び出してきた男・鮫肌と出会う。鮫肌は組織の金を持ち出して逃げており、暴力団幹部の田抜らに追われていた。トシコは巻き込まれるように、鮫肌と一緒に逃げることになる。一方、トシコに執着するホテルの支配人で叔父のソネザキは、狂気の殺し屋・山田に彼女を連れ戻すよう命じていた。
鮫肌役を浅野忠信、トシコ役を本作が映画初出演となる小日向しえが演じる。さらに岸部一徳、真行寺君枝、島田洋八、鶴見辰吾、寺島ら実力派キャストが顔をそろえ、我修院達也が強烈な存在感を放つ殺し屋・山田を怪演する。
(C)望月峯太郎/講談社・東北新社1990年代は「パルプ・フィクション」(1994)の登場によって、<タランティーノ症候群>ともいえるクエンティン・タランティーノ監督のフォロワーが生まれ、若手監督の新たな才能が開花した時代だった。例えば、ガイ・リッチー監督の「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」(1998)やポール・トーマス・アンダーソン監督の「ブギーナイツ」(1997)は、その代表格。そういった潮流は、タランティーノ自身の交友関係とも無縁ではなく、「パルプ・フィクション」で共同脚本を担ったロジャー・エイヴァリー監督の「キリング・ゾーイ」(1994)や、タランティーノとは「フロム・ダスク・ティル・ドーン」(1996)などで組んでいるロバート・ロドリゲス監督の作品群にも、その影響を窺えるほど。日本でもSABU監督の「弾丸ランナー」(1996)や伊勢谷友介監督の「カクト」(2003)など、俳優の監督デビュー作に斯様な影響を垣間見せた。
望月峯太郎の同名漫画を映画化した石井克人監督の「鮫肌男と桃尻女」(1999)もまた、<タランティーノ症候群>なる文脈を感じさせた作品のひとつ。2025年12月5日から、監督デビュー30周年を記念して2Kレストア版が特別上映される。タランティーノのフォロワーたちによる映像表現には、いくつかの特徴がある。例えば、非線形で時系列をシャッフルしたような構成。或いは、個性的なキャラクターたちが織りなす軽妙な台詞回し。加えて、ロックを基調とした劇伴と同期したカット割と、それに相反する長回しの撮影。さらには、過剰なバイオレンスや三つ巴の銃撃戦などが挙げられる。人間関係を崩壊させる暴力、それが過剰であることを示すために演出されたのが“三すくみの構図”なのである。
そもそもタランティーノは、リンゴ・ラム監督の「友は風の彼方に」(1987)に影響を受けて「レザボア・ドッグス」(1992)の“三すくみの構図”を構築したと説明している。その更なるオマージュとして、「鮫肌男と桃尻女」では、我修院達也が演じるヒットマンの山田が両手に銃を構える“二丁拳銃”に反映されている。基本的なストーリーは原作漫画に添っているものの、彼が演じた山田は、原作にはないキャラクター。独特な会話のテンポや声の高さなどは、映画版が生み出したものだ。そういった細やかなこだわりは美術や衣装にも散見され、石井克人監督の妥協しない姿勢が作品の“世界観”なるものを構築していることを窺わせるのだ。
もうひとつ、「鮫肌男と桃尻女」のクールなオープニングタイトルにアニメ表現の片鱗を見出せることも重要だ。「処女作には、その作家の初心がこもっている」と評されるが、石井克人監督は次作「PARTY7」(2000)のオープニングタイトルにアニメーションを採用。その時にディレクションを担当したマッドハウス(当時)の小池健とは「茶の味」(2004)や「ナイスの森 The First Contact」(2006)でも組み、長編アニメ「REDLINE」(2010)の制作にも繋がってゆくこととなる。
日本映画のファンであるタランティーノが、「キル・ビル」シリーズで日本のヤクザ映画や時代劇へのオマージュを反映させていたように、タランティーノのスタイルと日本映画との親和性は高いといえるだろう。タランティーノは「鮫肌男と桃尻女」を高く評価し、「キル・ビル」のアニメーションパートで石井克人にキャラクターデザインを依頼したという繋がりもある。そして、「キル・ビル」に参加したことで刺激を受けた石井克人は、「REDLINE」で独自路線のアニメーションを誕生させたと述懐。そういった先人たちに敬意を表しながら、新たな才能を開拓していった映画的な“継承”が、1990年代の映画を面白くさせていたのだと、今作は再確認させるのである。
執筆者紹介
松崎健夫 (まつざき・たけお)
映画評論家。東京芸藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了後、テレビや映画の現場を経て執筆業に転向。ゴールデン・グローブ賞の国際投票権を持ち、キネマ旬報ベスト・テン選考委員、田辺・弁慶映画祭審査員、デジタルハリウッド大学客員准教授を務めている。「そえまつ映画館」「シン・ラジオ」など、テレビ・ラジオ・配信番組に出演。劇場パンフレット等に多数寄稿し、共著に「現代映画用語事典」がある。
Twitter:@eigaoh
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