「CHANEL and Cinema TOKYO LIGHTS」役所広司が若手クリエイターたちに語った、俳優として大切なこと
2024年12月30日 15:00
俳優の役所広司が11月27日、都内にて行われた「CHANEL and Cinema TOKYO LIGHTS」トークセッションに登壇。俳優としてのキャリアを振り返るとともに、俳優として大切なことについて大いに語った。
ハイブランドの「シャネル」が是枝裕和監督の協力のもと行う本企画は、映画界の未来を担う若手クリエイターの支援を目的に立ち上げられた新たなプログラムのこと。厳正なる選考を経て招待された参加者を対象に、学びの機会を提供するマスタークラスを11月27日、28日の2日間にわたって実施。期間中は是枝裕和監督をはじめ、西川美和監督、そしてメゾンのアンバサダーであるティルダ・スウィントン、役所広司、安藤サクラらそうそうたる映画人たちによる講義と、双方向で実践的なワークショップが行われた。
また、全マスタークラスを修了した参加者には、ショートフィルムコンペティションへの応募資格を授与。上位3作品に選ばれると、「シャネル」の支援により短編映画を制作する権利を獲得することとなり、完成した作品は東京とパリでの上映が予定されている。
初日となる11月27日にはヴィム・ヴェンダース監督の「PERFECT DAYS」で第76回カンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞した役所が参加。是枝監督、西川監督を聞き手としたトークセッションでは、俳優となったきっかけや、俳優としての矜持などを深く語った。
俳優になったきっかけを「もともとは、区役所の同僚だった演劇好きな方からたまたまもらったきっぷで舞台を見て。舞台公演のおもしろさに目覚めて。芝居を見るようになったんです。そこで舞台に立っている同年代の俳優たちが生き生きしてやっているのがうらやましくて、俳優をやってみようかなと。そのときに、無名塾という仲代達矢さんの私塾の募集を見て、うまいこと潜り込んだという感じですね」と明かした役所。
長崎県諫早市出身の役所は、子どもの頃から映画が身近な環境だった。「長崎の諫早市というのは小さな街ですが、映画館が4軒あって。怪獣映画とかクレージーキャッツの映画をやっていたんで、土曜、日曜は映画を観にいってました。うちが飲料水をつくる商売をしていて、映画館にも配達していたので。映画館のおじさんがちょっと映画を観ていけよと言ってくれて。それで帰りが遅くなって怒られたりしたこともありました。とにかく映画館がものすごく身近にありましたね」と懐かしそうな顔で振り返った役所に、西川監督も「ご自宅の稼業でつくられた飲料を配達していた少年が、世界を代表する俳優になったなんて、『ニュー・シネマ・パラダイス』みたいでいい話だなと思いました」としみじみ語る。
さらに中学時代になると、自分が映っている姿をはじめて見ることになった。「お金持ちの子が8ミリのカメラを持ってたんで。海水浴に行った時に、彼が僕たちのことを撮ってくれたんです。それで映写会に行ったんですが、その時にはじめて動いた自分を見たんですね。ちょうど『キツツキと雨』という映画があって。その時は、林業をやっているおじさんがエキストラをやらされて。はじめて自分の姿を映画で観るというシーンがあったんですが、その時のことを思い出しましたね」。
「ウルトラセブン」「傷だらけの天使」など数多くの作品を手がけたや脚本家の市川森一氏は、役所の兄の友人だったという。「市川さんは近所だったんで、うちによく遊びに来ていた。ただうちは家族が商売を手伝わないといけないのに、市川さんがしょっちゅう遊びに来るんで、兄貴が手伝いができなくなるといって親父は嫌がっていたみたい」と笑いながら振り返った役所は、「でも市川森一さんは、その頃はもう『怪獣ブースカ』でデビューされていて。その頃、うちの近所では市川森一が脚本家としてデビューしたぞと話題になっていたんです」と明かす。
そんな市川氏とは後日、「親戚たち」という1985年放送のドラマでタッグを組むことになる。「ちょうど僕がNHKで『宮本武蔵』をやっている時に市川さんが見学に来られたんですが、ちょうどその時は千年杉に吊るされていて。ロープでグルグル巻きにされていたシーンだったから、ごあいさつもできなかった。でも話がしたいというんで、NHKの近くにあった市川さんの仕事部屋に行くと、長崎諫早のドラマを一緒にやらないかと言っていただいて。それは喜んでという気持ちでしたし、ずっと時代劇をやってきて。現代劇で大きな役というのははじめてだったんで喜んでやらせていただきました」。ちなみに伊丹十三氏もそのドラマを観ていたとのことで、そこから「タンポポ」という映画で役所にオファーすることにつながったのだとか。
そして話は仲代達矢が主宰する私塾・無名塾の話に。「無名塾はキャリアのない人ばかりだったので。僕たちが教わったのは、ここを三歩歩いて、そのセリフを言いなさい。ここを三歩歩いて、息を吸ってセリフを言いなさいといった感じで。ちょうど小津安二郎さんが笠智衆さんに指導したようなことでした。だからけっこうみんなロボットみたいになっちゃうんですが、あとは自分でそれをどうやってお芝居にしていくのか。そこに気持ちをいれて、お芝居にしていくというのは自分でやらなければいけない、という感じでした」と説明する役所。
そんな無名塾のメソッドは、映像の芝居に通じるところはあったのだろうか? 「無名塾ではシェイクスピアを演じることが多かったんですが、無名塾を出てからも年に1回は舞台をやるようにしていました。でも舞台というのは、1年先の劇場のスケジュールを押さえて。そこで何をやるかという感じなので、なかなかオリジナルができなくて。ほとんどが海外でヒットしたような舞台の翻訳版が多かったんです。それで名前がジョージとかトムといった役をやるわけですが、だんだんと日本人の役をやりたいなと思うようになった。それと脚本が間に合わない、どんな役が来るのかも分からないという状況もあって。だんだんと演劇から遠ざかり、映像が主になったという感じです」と述懐。「演技に関しては、最初は下手くそで。それが演劇なのか、映像の芝居なのかも分からずにやっていたという感じでしたね。あとはいろんな世界中の映画を観て、先輩たちがやっていることと、自分の好みとか、そういうのを試して、自分にしっくりきたもの、雰囲気などを自分の中に取り入れてやってきた気がします」と振り返る。
そんな役所にとっての演劇の師匠は、やはり仲代達矢だという。「仲代さんが全国をまわって演劇公演をする中で、若い俳優が小さい役をいただいて。大道具担当、小道具担当になったりしながら、仲代さんの芝居を袖から見るというのが勉強になったと思うし、“三歩歩いてセリフ”というのがちゃんと芝居になっているというのは間近で観ることができた。何より舞台上はいろんなアクシデントが起きるわけです。あの仲代達矢さんがセリフを忘れてしまって。舞台上を駆け回りながら、大したセリフも言わずに引っ込んだということがあった。そういうのを見て、俳優は過酷だけど、そういうところでも何かしらつなげないといけない、という姿を見た時に、やり続けないといけない仕事なんだなと思い、勉強になりましたね」としみじみ。そして日本映画では「黒澤明監督の映画はよく観ました。何度も観ていくうちに、三船敏郎さんや志村喬さんの演技が染み込んでいったというところはあると思います」という。
その上で西川監督が「俳優がこの仕事をしていく上で身につけておいた方がいいプロセスはあると思いますか?」と質問すると、役所は「人間ってほとんど実生活でも芝居をしているんですよね。うちの犬もよく芝居をしていて、こいつは下手な芝居をしているなと思う事もありましたけど」と笑いつつも、「でも人間の実生活でもそういうところがあって。嘘を本当みたいに言っているなとか。今までも何回も言っているんだけど、今思いついたように言っているなとか。そういうところはあると思うんです。だから人を観察するのはもちろんのこと、自分も観察する習慣はあった方がいい。人間を演じるわけだから、人間の習性というのは敏感に感じ取れるといいなと思います」とアドバイス。
それを聞いた西川監督が「自分自身を観察するのは本当に難しいと思う。内面的に観察することはそうだけど、見た目がどう見えているのか、というのは、なかなか客観的に見る機会がないと思うんです。的確な役の感情を表現するのに適切な表情というのがあると思うんです。これは馬鹿みたいな質問かもしれないですが、鏡は見るんですか?」と質問すると、「鏡を見て芝居はしないですね。ただ気持ちは表情に出ると思うんです。これはあまりいい例じゃないかもしれないですが、妻に嘘を言ったときに、嘘じゃないと思わせるために、頑なに目をそらさないようにする。でもそれは傍から見ると変ですよね。でもそういうのが映画的なのかなと思いますし。僕なんかも、これはお芝居に使いたいなと思うようなことがよくあるんですよね。人間って絶対に芝居をしているじゃないですか。自分の中にもそういう嫌な感じがあるんだなとかいうことを覚えておいて。そういう感情を台本で見た時に、これはこういう感じなのかなと思い出しながら、そういう風に役を捕まえていくようにしていますね」と説明するひと幕も。
映像作品ではカメラポジションや、寄り、引きといった画角などを変化させ、さらにはそのカットごとにリハーサル、本番などを行うことから、必然的に同じ芝居を何度も繰り返すことが求められる。西川監督も「やはり何十回も繰り返していくのは俳優さんもつらいでしょうし、集中力が途切れる瞬間もある。何人も出演者がいると、すべてのポジションがそろっているわけではないので。役者さんと対面している人の芝居が崩れることがあるんです。総合的にはそのテイクを使いたいんだけど、相手役の人の芝居が崩れているからどうしようかと思った時に、役所さんの芝居を洗い直すと、確実に正解がそこにある。役所さんの芝居にものすごく助けられることがありました。たとえば聞いているだけの顔なのに、役所さんのリアクションを映した方が、話者の内容が伝わりやすくなる、ということもあった。しゃべっている時の顔だけでなく、受け手の感情がちゃんと映っているというのが、演出にとっては助けになるんです」と役所との仕事を振り返る。
役所自身“リアクション”の大切さを感じているという。「自分が次にしゃべるセリフの内容というのは、自分の前の人のセリフの中にその理由があったりするんですが、あるいはそのセリフをまったく聞かずに、これを言おうかなと先に思っているようなセリフもありますよね。その時は“聞いていない”“自分は次のセリフを言おうとしているという顔”になるわけです。だから自分のセリフに到達するまで、というのも大事なことだと思います」。
さらに「役所さんは脚本の読解力が優れているんだなと思うんです。わたしが書いたセリフなのに、役所さんのお芝居を見て、こういうシーンだったのかと思わされることがありました」と語る西川監督。是枝監督も「自分も、役所さんの芝居で気付かされることがしばしばあって。自分が書いたものを自分が本当に分かっているんだろうかと、眠れなくなりました。それでマネジャーさんに『なんで役所さんはあんなに台本を理解されているんでしょうか?』と質問したんですけど、『たぶん誰よりも長い間、その役のことを考えているんだと思います』と言われたんですよ」とコメント。
そんなふたりの監督の賛辞に、「きっとふたりの台本にすべてが書いてあるからですよ」と笑った役所。「先ほども言いましたが、この人はなんでこんなことを言い出したんだろうと。そういうことを何も考えないでセリフを言うと、これは違うなといった気持ち悪さがあるんですけど、自分の中で、登場人物がここに至るまでの人生をいろいろ考えていくと、この人はこういうことを考えていく人なんだと。そういうことを考えていくうちに言葉自体に違和感がなくなったりするんですよね。それが違っていたとしても、実感を持ってしゃべれるところまでいかないとしゃべれない。だから気持ち悪いなと思うということは間違っているんだろうなと。その気持ち悪さを取り除くために、動きを変えてみたり、言葉ひとつ変えていくことで、リアリティが変わっていくと思う。でもそれは監督たちが書いた脚本があるから、そこまで膨らんでいくんだと思います」。
その後は原田眞人、黒沢清、今村昌平、沖田修一監督など、印象に残っている監督との興味深いエピソードを次々と明かした役所。そしてその後は会場からの質問を受け付けることに。「芝居の最中は演じているという意識はあるのか?」「泣くシーンなどの感情を入れる芝居で意識していることは?」「裏社会の人間や殺人犯など、自分とかい離のある役を演じる時のアプローチ方法は?」といったより実践的な質問が次々とぶつけられる。
そんな中、監督のキャリアをはじめたばかりだという参加者からの「役所さんに出演していただくためにはどうしたらいいですか?」という質問も。それには「やはり脚本ですね」とキッパリ言い切った役所。「キャリアを積んでいけば、是枝さんや西川さんみたいに『台本はないんですけど……』と言われても、『出ます!』と言うんですけどね」と冗談めかして会場を笑わせつつも、「こういう映画を撮る監督なんだと分かるまでは、やはり脚本を見せていただくのが一番いいと思います。頑張ってください」とエールを送るひと幕もあった。
そしてトークが終わり、その後は参加者が用意した台本をもとに、若手監督、カメラマン、俳優たちが二組ずつ参加するワークショップを実施。こちらでは若手監督たちが実際に俳優たちに演技指導を行い、これから撮影するシーンを組み立てていくさまを全員で見学。是枝裕和監督、西川美和監督、役所広司ら3人から講評を受けるという貴重な機会に。「同じ台本でも、俳優さんが違うと全然違う空気になる。そういう面白さがあるなと思いました」と感心した様子の役所。この日参加した若手クリエイターたちも、刺激的な時間を過ごしたようだ。
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