映像作品の“尺”について考えてみた――映画&ドラマの違いを語るうえで「ファーゴ」は恰好の題材【ハリウッドコラムvol.349】
2024年3月3日 09:00
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ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米ロサンゼルス在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
業界人の端くれとしてあまり大きな声では言えないのだけれど、長尺の映画が苦手だ。昔からそうだったわけじゃない。往年の名作には「ゴッドファーザー」や「アラビアのロレンス」、「七人の侍」など3時間超えの映画はごろごろあって、十代の頃はぜんぜん平気だった。セルジオ・レオーネ監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」(完全版は3時間49分)なんて何度見たかわからないくらいだ。
最長記録は大学生のときに観たベルナルド・ベルトルッチ監督の「1900年」だ。いまとなっては内容を思い出せないのだけれど、5時間超えの映画を観てやったぜ、という達成感を噛みしめて帰路についたことは覚えている。
でも、当時は知らなかったけれど、人生において時間を持てあますような時期は実は長くない。仕事や家庭を持つようになると、可処分時間は極端に少なくなる。おまけに、映画が娯楽の王様だった昔とは違って、いまでは魅力的な映像コンテンツで溢れている。こうした変化に合わせてぼくの許容範囲も狭まり、映画にもいわゆるタイパを求めるようになった。
体感的にしっくりくる尺は110分程度で、短ければ短いほど良い。ヒッチコックは、「ドラマとは日常から退屈な部分をそぎ落としたものだ」と言ったそうだが、それは自分が考える良い映画の理想でもある。ぜい肉がなく、きゅっと引き締まった作品こそがベストだと信じている。
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ただ、コンパクトにするためにぎゅうぎゅうに詰め込めばいいというわけでもない。たとえば「サイドウェイ」や「ホールドオーバーズ」のアレクサンダー・ペイン作品は、ペースこそゆったりしているけれど、ひとつひとつのイベントや描写に無駄がない。一方、クリストファー・ノーラン監督やドゥニ・ヴィルヌーブ監督の作品は、物語の規模や複雑さからほとんどが2時間を越えてしまっているけれど、複数回の視聴に耐える筋肉質ボディだと思う。
こうした嗜好を持つぼくにとって、宿敵とも言える存在がマーティン・スコセッシ監督である。「カジノ」(2時間59分)、「ギャング・オブ・ニューヨーク」(2時間48分)、「アビエイター」(2時間50分)、「ウルフ・オブ・ウォールストリート」(3時間)と概して上映時間が長い。「アイリッシュマン」がキャリア最長の3時間28分で、最新作「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」も3時間26分ある。
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幸い、長尺の映画にアレルギー反応を起こすのはぼくだけではないようで、批判の声はスコセッシ監督の耳にもしっかり届いているようだ。だが、監督は、インドのヒンドゥスタン・タイムズ紙の取材でこう反論している。
「3時間の映画だと文句を言う連中がいるが、勘弁してくれと言いたい。みんなテレビの前に座って5時間も見続けて平気じゃないか。それに演劇では3時間半を超えるものもある。舞台には生身の役者がいるから、観客は立ち上がったり、歩きまわったりできない。だから、映画にもっと敬意を払うべきだ」
舞台鑑賞との比較に関しては専門外なのでコメントできない。ただ、長尺の映画を鑑賞することと、ドラマをイッキ見することを同等に扱っていることには、おおいに文句がある。
アメリカの連続ドラマは基本的に1話で満足させるように出来ている。たとえ続きものであっても、各話に始まりと中間と終わりがあり、つまりはミニ映画だ。そのうえで、シーズンやシリーズを貫くマクロなストーリーが綴られ、エンディングには次回が観たくなるようなクリフハンガーがくっついていることも多い。だから、ドラマを5時間イッキ見するという行為は、5時間の長尺映画を観ることと同じではない。1時間のミニ映画を楽しみ、続きが気になったからこそ、次のエピソードを再生しつづけた結果なのだ。
ドラマは1話単位で消費され、ペース配分は視聴者に委ねられているが、映画は観客にそのような自由を与えてくれない。だからこそ、映画から脂肪をできるだけ取り除いて欲しいと、映画ファンとして秘かに願っているのだ。
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映画とドラマとの違いを語るうえで、「ファーゴ」ほど恰好の題材もないだろう。「ファーゴ」といえば、もちろん1996年公開のコーエン兄弟による傑作映画だ。同時に、テレビドラマ版もある。シーズンごとに異なる事件を描くアンソロジー形式で、最新のシーズン5をようやく見終えたばかりなのでぜひ紹介させてもらいたい。
他のドラマ化と異なり、テレビドラマ版「ファーゴ」は元ネタとなる映画「ファーゴ」とあまり共通点がなく、そもそも登場人物からして異なっている。だが、アメリカの田舎町の雪景色と、単純な犯罪が予想もしない方向に展開していく流れ、クセが強い登場人物たち、バイオレンスとユーモアの塩梅など、映画版のエッセンスがそのまま踏襲されている。「これは実話である」というウソのテロップが出るところも同じだ(このテロップもフィクションの一部なのだ)。
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シーズン5の主人公は田舎町で幸せに暮らす主婦のドット(ジュノー・テンプル)だ。ある日、自宅で編み物をしていると、マスクを被った屈強そうな男二人が自宅に押し入ってくる。男たちの目的は、映画版「ファーゴ」と同様、主婦の誘拐である。だが、ドットは機転を利かせ、まるで「冒険野郎マクガイバー」のように――比喩が古すぎて分からない人は検索してください――周囲のものを駆使して抵抗する。ドットの正体は何者か? 男たちを送りこんだ黒幕ロイ・ティルマン(ジョン・ハム)の目的は何か? そんな謎とともにドラマが幕を開けるのだ。
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コンパクトにまとまっていた映画版――尺は理想の1時間35分だ――に対して、ドラマ版はトータルで10時間近くもある。だが、ドットとロイという魅力的なツートップに加えて、ドットの義母ロレイン(ジェニファー・ジェイソン・リー)や、ロイのバカ息子ゲイター(ジョー・キーリー)、ゲイターに雇われた謎の犯罪者オル・マンチ(サム・スプルエル)をはじめとする曲者たちがそれぞれの思惑で動きまわることで、1話ずつ物語世界が広がり、やがては時空さえも超越してしまう(これにはビビった)。その展開は奔放極まりないが、ヒロインのサバイバルストーリーとしての芯がしっかり通っている。
原作譲りのシニカルなユーモアも過剰なバイオレンスも満載だが、コーエン兄弟だったらあり得ないほどの優しさにも溢れている。ここらへんは企画・制作総指揮を務めたノア・ホーリーの個性かもしれない。
映画版がなければドラマ版は存在し得なかったわけだが、どちらかを選べと言われれば、ぼくは後者、とくにシーズン5を選択する(シーズン1と2もいい)。こうした素晴らしいドラマがたくさんあるからこそ、スコセッシ監督には短めの映画をお願いしたいのだ。
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