「オッペンハイマー」「ゴジラ-1.0」……NY在住の記者に“刺さった”2023年に鑑賞した映画10本【NY発コラム】

2024年1月20日 18:00


「オッペンハイマー」
「オッペンハイマー」

ニューヨークで注目されている映画とは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。


筆者は、長年アメリカで映画記者として働き、現在では英語の映画サイト「Cinema Daily US」を立ち上げ、8人の記者を抱えて経営を行っている。今回は、独自の視点で選んだ“2023年に注目した映画10本”を紹介しよう。あえて順位をつけておらず、特に印象深く、筆者自身の人生に何かしらの学びや影響を与えてくれた作品を選択した。

●「The Eternal Memory」

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アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされた「83歳のやさしいスパイ」のマイテ・アルベルディが手がけた作品で、昨年のサンダンス映画祭ワールドシネマ部門で長編ドキュメンタリー賞を獲得している。ストーリーは、25年間連れ添い、6年前に結婚、8年前には夫のアルツハイマー病が発覚した夫婦の愛をとらえた感動的なものだ。

焦点となるのは夫のアウグスト・ゴンゴラ。チリを長年制圧していたアウグスト・ピノチェット政権下でテレビジャーナリストとして活躍し、チリの政治問題を多くの人々に伝えてきた人物だ。そんな彼を支えるのが一時期、女優として活躍し、政治家として文化大臣も務めた妻パウリナ・ウルティア。夫婦が過去を分かち合い、それと同時に今を懸命に生きる姿に魅了される。コロナ渦でテレビでは死者数が放送され、外出もできず、友人も訪れない環境下で、アウグストは徐々に自暴自棄に。諭すように接する妻ウルティア。映画内では、一方が難病のアルツハイマーを患うが、2人の深い愛とかけがえのない瞬間が克明に刻まれており、夫婦2人が作り上げた“Eternal Memory(永遠の記憶)”が我々の脳裏に刻まれるはずだ。

●「The Holdovers

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サイドウェイ」のアレクサンダー・ペイン監督の新作。クレジットはされていないものの、脚本家デヴィッド・ヘミングソンと共に、数年かけて脚本を仕上げている。ヘミングソンの体験を基に手がけられたTVパイロット番組「StoneHaven」に手を加え、1970年代のマサチューセッツ州のボーディング・スクール(全寮制の寄宿学校)を舞台に変更。冬休み、再婚した母親に寄宿学校に置き去りにされた少年アンガス、生徒や教師からも嫌われている皮肉屋の教師ポール、息子をベトナム戦争で失い、今では寄宿学校のカフェで働く黒人女性シェフ・メアリーの3人を中心にストーリーが展開する。

ポール役を務めるのは、「サイドウェイ」でペイン監督とタッグを組んだポール・ジアマッティ。辛辣な言葉や横柄な態度で教鞭をとるが、ジアマッティの演技力とペイン監督の演出で見事に“愛すべき皮肉屋”となった。さらに800人ものオーディションでも決まらなかった少年アンガス役のドミニク・セッサは、撮影地マサチューセッツの学校で発掘された。セッサは若き日のレオナルド・ディカプリオを彷彿させる演技を披露している。

●「枯れ葉

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フィランドの巨匠アキ・カウリスマキ監督が手がけた本作は、独特のオフビートな世界観が支持され、第76回カンヌ国際映画祭で審査委員賞を収めた。ヘルシンキの街を舞台に、運命に翻弄される孤独な中年男女の恋の行方を、ユーモアを織り交ぜて描いたラブストーリー。カウリスマキ監督が手がけた労働者3部作「パラダイスの夕暮れ」「真夜中の虹」「マッチ工場の少女」に次ぐ4作目として発表され、ギリギリの生活をしながらも、生きる喜びと不器用な2人の中年の恋を描いている。映画「TOVE トーベ」でムーミンの作者トーベ・ヤンソンを演じたアルマ・ポウスティと、映画「アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場」で高い評価を受けたユッシ・ヴァタネンが主演を務めた。

35ミリフィルム撮影されており、シーンごとにほぼワンテイクで撮影されていたものの、カウリスマキ監督は俳優陣に「事前にリハーサルするな」と指示していたそうだ。そのため、映画内では随所にあふれる音楽、そしてとぼけたユーモアがちりばめられ、セリフのないシーンでもワンテイクの緊張感のある演技が披露されている。どこかぎこちない大人の恋愛が魅力的な作品。

●「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン

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長年、巨匠マーティン・スコセッシ監督が温めてきた本作は、当初パラマウント製作予定だったが、コロナ禍で2億ドル近い予算を懸念した同社がNetflixとApple TV+と共同出資。デヴィッド・グランのノンフィクションを基に製作。戦火から帰還したアーネスト(レオナルド・ディカプリオ)とオーセージ族の女性モーリー(リリー・グラッドストーン)を描いている。

当初、ディカプリオが、先住民オーセージ族が次々と謎の死を遂げる事件を調査する特別捜査官トム・ホワイト役を演じる予定だったが、彼が事前リサーチを敢行したオーセージ族との交流で、原作のテーマが、(事件後も)一緒に居続けたアーネストとモリーの関係にあると気づかされた。そこから1年半もの期間をかけて脚本を改稿し、ホワイト役ではなく、アーネスト役をディカプリオが演じることになった。

本作の魅力は、アーネストが悪行を繰り返すなか、そんな彼の愛を信じるモリーとの関係にある。原作の本質となる原住民の視点と白人史上主義の世界を同時に描くことで、社会的な問題の本質を浮き彫りにしてみせた。リリー・グラッドストーンの演技も必見。

●「パスト ライブス 再会

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昨年のサンダンス映画祭で最も話題となった作品。20年以上すれ違ったかつての韓国人の恋人と、現在はニューヨークで夫と暮らす韓国女性との再会の切なさを、大人のラブストーリーとして捉えている。メガホンをとったセリーヌ・ソンが、実際に幼少の頃から幼なじみだったかつての恋人と、現在の夫と一緒にバーで飲んでいた際に着想した。

鍵となる言葉が「Inyeon」(縁)という韓国語。様々な出会いがもたらす”縁”というものによって、その後の人生が大きく変わることもあれば、“縁”とは感じずに交差点を行き交う人々のように、すれ違うだけの“縁”もある。そんな“縁”というものは恋人やパートナーと同様に、人々の中には特別な感情を見出すことがあるのではないか?

映画内で興味深いのは、現在の夫は韓国から来たかつての恋人と対峙せず、彼を快く招き入れること。妻とかつての恋人のやりとりを心境的には複雑なものの、夫として正面から受け止める。現在の妻があるのは、かつての恋人の過去を経て存在するため、夫はそんな妻の心情を優しく抱擁しているという点だ。妻の心境の中で燻っていた過去の出来事に終止符を打つことができるのかは、日本公開時に確認してほしい。

●「American Fiction」

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昨年のトロント国際映画祭で観客賞を受賞した作品。ライターズ・ブロック(文章を書いていた人間に訪れるスランプのようなもの)に悩んでいた大学教授が、冗談のつもりで書いたステレオタイプな黒人小説がベストセラーになり、思わぬ形で名声を得る。そんな出版界での黒人作家の扱われ方を皮肉に風刺したコメディだ。

コード・ジェファーソン監督が、2012~2014年、Gawkerでジャーナリストとして活動していた際、人種差別によって殺害された黒人の記事を任されたことが多かったことから、黒人脚本家としての限界を感じ、自身のライターの視点で書いている。

見どころは、主人公モンク役を演じたジェフリー・ライトの演技。モンクが公共の場には姿を見せないベストセラー作家になったことで、自分自身を過去に犯罪経験のある小説家に仕立て上げる。そんな犯罪者になりきったまま、電話越しに取材に応じる姿が滑稽だ。ちなみにジェファーソン監督は、母親が亡くなる前に実家に戻り看病していたことも取材で明かしている。今作の主人公モンクも母親の看病を通して、本来の自分を取り戻していく点が魅力だ。

●「落下の解剖学

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第76回カンヌ国際映画祭のパルムドール受賞作。夫の不審な転落死をめぐり、夫の殺害容疑で法廷に立たされたベストセラー作家の妻と、事故で視覚障がいになった11歳の息子を描いている。メガホンをとるのは「ヴィクトリア」のジュスティーヌ・トリエ。脚本家は、彼女の実生活の夫でもあるアルチュール・アラリが手がけている。

彼ら夫婦の間には2人の子どもがいるそうで、映画内で描かれる妻と夫のアーティストとしての時間、家事や子育てを巡る激しい口論のシーンが、かなり現実味を帯びた内容に仕上がっている。注目ポイントは、妻役で主演したサンドラ・ヒュラーの熱演。夫が録音した音源で次々と状況が不利になっていく中、回想シーンでは感情的に夫と対峙し、裁判では平静を装いながら、尋問に応答していく姿が秀逸。抜け目なく妻の過去の汚点に触れる検事役のアントワーヌ・レナルツの演技も圧巻。サンドラ・ヒュラーとの息をもつかせぬ法廷争いを繰り広げ、2時間半以上の作品であるのにも関わらず、全く時間を気にせずに見入ってしまう。映画の終盤では、証言に立つ息子役のミロ・マシャド・グラーネルの演技も見逃せない。

●「哀れなるものたち

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女王陛下のお気に入り」のヨルゴス・ランティモス監督と女優エマ・ストーンが再タッグを果たした作品。若くして命を絶った女性ベラ(エマ・ストーン)は、天才外科医ゴッドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー)によって胎児の脳を移植され、奇跡的に生き返る。多くのことに興味を示す赤ちゃんならば微笑ましいが、ベラは大人の体でありながら、新生児の視点で物事を見つめている。そのため、大人の体をした女性が、大人相手に赤子のような反応で接するのは滑稽で、ベラが大人の顔面をいきなりぶったり、社交ダンスで変な踊りを披露したりする光景が強烈な印象を植え付けている。

ランティモス監督が貴族のヒエラルキーを皮肉を交えながら描いている点も素晴らしく、庭にいる奇抜な姿をした実験動物の映像も秀逸。衣装、セットデザインなどヴィクトリア朝のような時代背景のものから、近未来を彷彿させるような幻想的なものまで作られており、ランティモス監督が作り上げた独特な世界観が眩しい。

ベラと接する放蕩者の弁護士ダンカン(マーク・ラファロ)のバカさ加減や、顔中が傷や縫い目だらけのイカつい顔をしたゴッドウィン・バクスター役のウィレム・デフォーの演技も見どころだ。

●「オッペンハイマー

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今回、クリストファー・ノーランの食指を動かしたのは、第二次世界大戦中に進められた原子爆弾の開発・製造を目的とする“マンハッタン計画”を主導したJ・ロバート・オッペンハイマーだった。

もともとノーラン監督は、ノーベル物理学賞を収めたキップ・ソーンの影響を受けている。そこからアインシュタインの相対性理論に続き、オッペンハイマーと同時代の人々が取り組んでいた科学的思考の転換は“人類のあらゆる思考において最も重要なパラダイム・シフト”と考えたことから、カイ・バードマーティン・J・シャーウィンの原作「オッペンハイマー『原爆の父』と呼ばれた男の栄光と悲劇」の映画化に辿り着いた。

本作には、原爆投下の描写、日本人被爆者の映像などは一切ない。これはアメリカの一方的な観点で描いたと言うわけではなく、映画「プラトーン」でアメリカがベトナムでの敗戦を認めたように、ノーラン監督は今作で原爆を作り上げ、そして投下したアメリカの過ちを、ちゃんとアメリカ人が認識すべきこととして描いたように思えた。ノーラン監督は人類に歴史の中でオッペンハイマーを認識させ、これからの人類の選択の判断は、観客に委ねるということに成功している。

●「ゴジラ-1.0

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ここでは海外の作品を選ぶのが順当だろうが、米国での予想以上の興行収入と批評家映画サイト「Rotten Tomatoes」で98%を叩き出した「ゴジラ-1.0」をあえて挙げたい。米国の評価は「オッペンハイマー」では描かれていない戦後の荒れ果てた土地、家族や友人を失い、その日暮らしをする日本の人々、負の現状から正の未来へ希望を持って全力で生きようとする姿と、その精神(ジャパニーズ・スピリッツ)を持ち続けた賛美から生まれたように思えた。

本多猪四郎監督と特殊技術の円谷英二が“ゴジラ=核爆弾”という象徴をオリジナル映画「ゴジラ」で打ち出し、核の脅威を知らしめたように、その意志を山崎貴監督が本作でしっかりと踏襲。その強いメッセージ性をエンターテインメントという枠の中に落とし込んで伝えたことこそが、ある意味、究極のエンターテイメントの形態としてアメリカでも評価されたのではないだろうか。アメリカの映画界では、制作費15億円という予算で作り上げた日本のスタッフや監督の手腕も注目されている。

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