何故“スパイダーマン映画”はコンスタントに生み出される? 理由&メリットを解説【ハリウッドコラムvol.332】
2023年6月15日 09:00
ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米ロサンゼルス在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
「スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース」が間もなく公開される(6月16日から全国公開)。アカデミー長編アニメーション賞を受賞した「スパイダーマン スパイダーバース」の続編で、野心的なストーリーと斬新な映像スタイルをさらに押し広げた傑作となっている。
ところで、数多のスーパーヒーローのなかでスパイダーマンだけが頻繁に映画化されていることを疑問に思ったことはないだろうか?
トビー・マグワイア主演版は「スパイダーマン」(2002)、「スパイダーマン2」(04)「スパイダーマン3」(07)の3作がある。その後、アンドリュー・ガーフィールド主演で「アメイジング・スパイダーマン」(12)と「アメイジング・スパイダーマン2」(14)の2本が公開。
現スパイダーマンであるトム・ホランド主演版は、これまでのところ「スパイダーマン ホームカミング」(17)、「スパイダーマン ファー・フロム・ホーム」(19)、「スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム」(21)の3作が公開されており、第4弾も準備中だ。
さらに、アニメ版の「スパイダーマン スパイダーバース」(18)と「スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース」(23)がある。実に21年のあいだに、10本もの「スパイダーマン」映画が公開されているのだ。
「スパイダーマン」が大ヒットを期待できる強力なIPであるのは間違いない。儲かる見込みがない映画にハリウッドが膨大な製作費を投入するわけがない。
だが、「スパイダーマン」が量産される理由はもうひとつある。答えは、ソニー・ピクチャーズがマーベルと結んだ契約書のなかにある。
2000年あたりに、ソニー・ピクチャーズはマーベルから「スパイダーマン」の映画化権を獲得する。映画1本を製作するごとに、マーベルに1000万ドルと収益の5%を支払うという条件だ。
その後公開された第1弾「スパイダーマン」は世界総興収8億ドルを超える大ヒットとなった。その後も「スパイダーマン」シリーズは安定したヒットを続け、最新作「スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム」世界総興収は歴代最高の19億ドルに到達している。マーベルは途方もない富をもたらすIPを、破格でソニーに売り渡してしまったのだ。
だが、当時の常識からいえば、マーベルの判断はおかしいものではなかった。マーベルは出版物と関連商品で儲けていた。そもそも90年代までコミックの映画化作品は当たり外れが大きく、ヒットしてもたかが知れていた。だからこそソニーに「スパイダーマン」の映画化権を売り払い、興収の一部とグッズの売り上げの半分を受け取る契約を結んだのだ。彼らにとってみれば、映画版はコミックとグッズを売るためのコマーシャルのようなものであり、少ないリスクで手堅く儲ける道を選んだのだ。ちなみに、マーベルは「X-MEN」の映画化権を20世紀フォックスに渡している。
マーベルにとって驚きだったのは、「X-メン」(00)と「スパイダーマン」(02)が相次いで大ヒットを飛ばし、2000年代以降のハリウッドをアメコミ原作映画が牽引するようになったことだ。それに気付いたマーベルは、自社スタジオを立ちあげて「アイアンマン」(08)からマーベル・シネマティック・ユニバースを構築していくことになる。
話をもとに戻そう。ソニー・ピクチャーズが「スパイダーマン」の量産を続けるのは、同社にとって最大のドル箱シリーズだからという理由だけではない。そうしないと、「スパイダーマン」の権利を失ってしまうからだ。
マーベルとの契約書には、「前作の公開から5年9カ月以内に新作を公開すること」という特殊な条件が盛り込まれていた。つまり、約5年ごとに映画を公開しないと、権利を手放すことになる。「スパイダーマン3」のあと、わずか5年でソニーが新シリーズ「アメイジング・スパイダーマン」を立ちあげたのはこのためだ。
「スパイダーマン ホームカミング」以降、ソニーはマーベル・スタジオと共同で実写版「スパイダーマン」を製作している。スパイダーマンのマーベル・シネマティック・ユニバース入りを許したことで、ストーリーの可能性が大きく広がり、続編製作が容易になった。製作費の分担や興収の分配についてはマーベルと新たな取り決めが出来たものの、5年9カ月ごとに「スパイダーマン」映画を公開する限り、ソニーが映像化権を保有するという基本条件は変わっていない。
つまるところ、「スパイダーマン」がコンスタントに公開されるのは、ビジネス上の理由からだ。
これは必ずしも悪いことではない。もの作りにおいて、枠組みや制限があったほうが、かえってクリエイティビティが発揮できる場合があるからだ。たとえば、「ジョーズ」があそこまでスリルに満ちた作品になったのも、機械仕掛けのサメが現場で頻繁に故障したためだ。もしスピルバーグ監督の思い通りに動いていたら、まったく違った作品になっていただろう。
「スパイダーマン」に関しても同じことが言える。ソニーは数年ごとに「スパイダーマン」を公開しなくてはいけない。だが、同じような作品ばかり繰り返していたら、金のなる木を枯らしてしまう。だからこそ、「スパイダーマン」という枠組みのなかで、あらゆる可能性を模索して行かざるを得ないのだ。
「スパイダーマン スパイダーバース」があそこまで革新的な長編アニメーションになったのも、こうした事情があったためだ。それは続編「スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース」にきちんと引き継がれている。そして、当然のごとくさらなる続編「スパイダーマン ビヨンド・ザ・スパイダーバース」(24年公開)も用意されている。こんな「スパイダーマン」ならいくらでも大歓迎だ。
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