カンヌ受賞作「怪物」は、これまでの是枝裕和作品と何が違う? 興収は?【コラム/細野真宏の試写室日記】
2023年6月4日 08:00
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)(文/細野真宏)
第76回カンヌ国際映画祭にて「脚本賞」「クィア・パルム賞」を受賞したばかりの是枝裕和監督作品「怪物」が、早くも6月2日(金)から公開されました。
是枝裕和監督作品と言えば、大きな特徴として「何気ない日常を切り取る」というのがあります。
そのため、物語はゆったりと流れていくような傾向がありますが、本作では矢継ぎ早に物事が動いていきます。
これには「花束みたいな恋をした」などで知られる脚本家・坂元裕二とタッグを組んだという点が大きいと思います(是枝監督が“監督業”に専念したのは、デビュー作「幻の光」以来)。
もしかしたら、これまでの「是枝裕和監督作品を見る」という姿勢でいると違和感を持つかもしれません。
それは何の予備知識もなく作品の世界に身を置いて見ると、珍しく「時系列」が行ったり来たりするため頭が混乱するからです。
親切な作品であれば「(安藤サクラが演じる)母親目線の場合」「(永山瑛太が演じる)教師目線の場合」といった切り替えのタイミングを明示してくれますが、本作では、似たトーンで映像が続いていきます。
そのため「今は誰目線で、どの時間を描いているのか」を探り当てなければならないハードルがあるのです。
様々な視点から眺めると物事の見え方が変化していくといった「コンフィデンスマンJP 英雄編」などと似た構造にある作品と言えます。
では、「○○の場合」というシーンの切れ目を自分で見つける際にはどうすればいいのでしょうか?
このヒントの1つに「ビルの火事のシーン」があります。
近頃ニュースでは似たようなビル火災が続きますが、本作では「ビルの火事は1回の出来事」なのがポイントと言えるでしょう。
そのような映像上のトリックを見極めた後は「結局、どのような全容なのか」を把握するために、組合せを頭の中で行う必要があります。
その結果、どんな物語が見えてくるのか?
私の場合は、結局のところ「是枝裕和作品」という印象でした。
ただ、本作はクセが強い登場人物が多く、「この人物はどういう人なのだろうか?」と気になる点は独特で、その人物構築の意味において、第76回カンヌ国際映画祭の「脚本賞」を受賞したのも納得な作品です。
近年の田中裕子は、それこそ“怪物”のような怪演ぶりが目を引きますが、本作ではこれまでとは違った静かな人物像なのも興味深いものがありました。
また、本作は日本映画で初めて「クィア・パルム賞」を受賞したことも特筆すべきでしょう。
性的マイノリティーなどを扱った映画に与えられる「クィア・パルム賞」は、LGBTQの「Q」にあたる「クエスチョニング」もしくは「クィア」に由来しています。
そもそも「LGBT」とは、「レズビアン」「ゲイ」「バイセクシュアル」「トランスジェンダー」の頭文字であることは有名ですが、その4つのカテゴリーに分けられない、分けたくないといった人もいます。
そのため今では「LGBTQ」というカテゴリーになっているのですが、本作では、その領域も脚本に含まれていて、審査員の満場一致で本作が「クィア・パルム賞」に選ばれたのです。
このような題材も含め、是枝裕和×坂元裕二というコラボレーションにより、是枝裕和監督作品は新たなフェーズに入ったと言えるでしょう。
さて、本作の興行収入ですが、是枝裕和監督作品とカンヌ国際映画祭という括りでは、何と言っても2018年6月8日公開の「万引き家族」があります。
第71回カンヌ国際映画祭において、最高賞である「パルム・ドール」を獲得した「万引き家族」は、興行収入45.5億円という大ヒットを記録しました。
ただ、前作の「ベイビー・ブローカー」は、是枝裕和監督初の韓国映画で、第75回カンヌ国際映画祭で「最優秀男優賞」(ソン・ガンホ)と「エキュメニカル審査員賞」の2冠に輝くも興行収入は8.4億円と、10億円に届きませんでした。
そこで、作品の成り立ちを考えると、本作は是枝裕和監督初の「東宝単体の幹事映画」となっているのも注目しておきたい点です。
それは、このコラムでもずっと追いかけてきましたが、是枝裕和監督作品は興行収入の点から不遇の時代が長く続いていたのです。
象徴的な作品としては、第57回カンヌ国際映画祭で日本人として初めて「最優秀男優賞」(柳楽優弥)に輝いた「誰も知らない」(2004年)の後に松竹が幹事会社となった、是枝裕和監督初の時代劇映画「花よりもなほ」(2006年)があります。
メインが岡田准一×宮沢りえで、それなりの予算がかけられた大作映画でしたが、興行収入は3億600万円で終わっています。
樹木希林との初めてのコラボレーションとなった名作「歩いても 歩いても」(2008年)は、さらに厳しい結果となっています。
そんな不遇の期間を経て、本作で初めて最大手の東宝が幹事会社となる作品になったのは感慨深いものがあります。
配給会社は、東宝×ギャガで、この組合せは、「海街diary」(2015年)、「三度目の殺人」(2017年)以来となります。
この2作品の興行収入はそれぞれ16.8億円、14.6億円となっていて、15億円規模です。
以上のことを踏まえると、本作の興行収入は15億円規模が想定されます。個人的な印象では、内容的に「三度目の殺人」と似たような印象があるので15億円を超えるかどうかが焦点だと考えます。
ちなみに、私の考察では、「三度目の殺人」の経験があって集大成的な「万引き家族」が生まれたと思っているので、本作以降に新たな名作が生まれそうな予感を持っています。
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