シネマテークで修復映画祭開催 レオス・カラックスと黒沢清が対談【パリ発コラム】
2023年4月2日 10:00
パリでは毎年、修復映画祭なるものがシネマテーク(映画博物館)で開催される。ビデオと異なりフィルムは劣化が激しいゆえに修復が必要となるわけだが、さすがは映画の都パリと言うべきか、修復された作品ばかりを集めた映画祭が存在するのだ。10周年を迎えた今年は、特集上映などもあわせ60本以上の作品が上映された。
修復作品というと古典映画ばかりを想像しがちだが、そんなことはない。レオス・カラックスの「ボーイ・ミーツ・ガール」(1984)と「汚れた血」(1986)、マーティン・スコセッシの「レイジング・ブル」(1980)、シドニー・ルメットの「旅立ちの時」(1988)など比較的新しいものも。80年代の作品もすでに修復が必要というのは、いささかショッキングではある。
また今年の主賓として招かれたコーエン兄弟の兄ジョエル・コーエンの最新作「マクベス」(2021)、および「バスターのバラード」(2018)、「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」(2013)を担当した名誉招待客のブリュノ・デルボネル撮影監督と黒沢清監督のレトロスペクティブも、それぞれ開催された。
黒沢監督作で上映されたのは、「CURE」(1997)と、フランスでは劇場未公開の「地獄の警備員」(1992)。加えて黒沢監督が選んだお気に入りの3作品、リチャード・フライシャーの「札束無情」(1950)、トビー・フーパーの「スポンティニアス・コンバッション 人体自然発火」(1990)、ロバート・ゼメキスの「マリアンヌ」(2016)が上映されるとともに、マスタークラスも開催した。
マスタークラスでは、自身のことよりもトビー・フーパーについての解説に力を入れ、「フーパー監督というとほとんどの方が『悪魔のいけにえ』(1974)しか語らない、それしか記憶に残っていないような扱いかもしれませんが、彼はそれだけではない、アメリカのB級ホラー映画の可能性を探って、とても豊かなフィルモグラフィを築いた人です。『スポンティニアス・コンパッション~』に『CURE』がどこまで迫れているかわかりませんが、あの作品は小さな、ある一人の人間の悲劇を描いているんですが、それが世界全体にあっという間に広まっていく。その恐ろしさ、凄さを『CURE』でも表したいと思いました」と打ち明けた。
またホラー映画のコンセプトについて、「もともとホラー映画が好きで作り始めたわけですが、いくらホラーといっても、映画では現実的な世界観のなかでホラーを定着させないといけない。頭のなかで空想していたものをどうやって現実社会と関係させるか、考えざるを得ないわけです。そうすると、それまで見えてこなかった社会の問題が、ホラーという突飛な設定を使うことによって、全然違う角度で見えてくる。たとえば『CURE』は、あの当時日本社会に蔓延していた闇の部分を描くために、ああいう恐ろしい殺人の連鎖を考えたわけではなく、その逆で、こんな恐ろしい殺人の連鎖があったらどんなに面白いだろうと発想したら、日本社会の闇が勝手に出てきた、というのが本当のところです」と語った。
マスタークラス終了後には、シネマテークからネームプレートをプレゼントされるサプライズも。まだ数えるほどの監督にしか与えられていないネームプレートを授与された黒沢監督は、「生きていればいいこともあるものですね」と、喜びを露わにした。
さらに「汚れた血」の上映時には、以前から面識のあったレオス・カラックスと黒沢監督が対談をおこなった。とくにカラックスがこうしたトークの機会に参加することは稀なため、満員御礼の会場は、ふたりが登場すると大きな拍手に包まれた。
司会者にお互いの印象を尋ねられると、サングラスで武装したカラックスは表情を変えずに朴訥と、「彼は理想的な友だち。地球の反対側に住んでいて、話しをしないから」と語り、場内に笑いをもたらした後、ユーロスペースの堀越謙三代表の紹介で出会ったことに触れた。一方、黒沢監督は「僕はカラックスさんのファンだったので、初めて会うときは本当に緊張しました。でも会ってみると、映画を同じように作り、同じようなことを考え、同じように悩み、喜んでいるのだと手に取るようにわかり、一気に心が近くなった気がした。『メルド』(2008)という作品のために、東京での撮影について相談を受け、東京は映画に非協力的な街だからといろいろアドバイスしたつもりでしたが、いざ出来上がった映画を観ると、これは絶対やめた方がいいと僕が言ったことを全部やっていて、すごいと思いました」と告白。カラックスは、「覚えていますよ(笑)。黒沢監督の素晴らしさは、その作品の多さです。まるでホン・サンスやファスビンダーのように。自分は追いつくのに何世紀も掛かるかも。本当のシネアストというのは、自分にとってはつねに映画を撮っている人です」と賞賛した。
これを受けて黒沢監督は、「カラックスさんの映画はつねに現実と格闘していらっしゃるのがわかる。現実がこうならそれをどう見せるかに苦心惨憺されていて、だから多くの作品は撮れないかもしれないが、絶対に流されていないところに感銘を受けます。1本1本、ものすごくハイ・クオリティの作品を撮っていらっしゃると思います」と返した。対談はゆっくりとしたペースでおよそ1時間続き、最後は観客のスタンディング・オベーションに見送られた。
ちなみに黒沢監督は現在パリに滞在し、まもなく次回作の撮影に入る予定。カラックスは2024年に開催予定の、ポンピドーセンターのレトロスペクティブのために、「メルド」の番外編(?)をドニ・ラバンと準備しているというから、両作品とも心して待ちたい。(佐藤久理子)
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