人の過去を含めてすべて愛せるか――「ある男」石川慶監督が考える“家族の形”
2022年11月14日 14:00
第79回ベネチア国際映画祭のオリゾンティ部門でワールドプレミアを迎えた石川慶監督の新作「ある男」。他人になりすましていた男が、死後にその事実が発覚する、平野啓一郎の同名の小説の映画化である。「愚行録」に続き、同部門2度目の参加を果たし、確かな手応えを得た石川監督に、現地で本作について語ってもらった(取材・文/佐藤久理子)。
単純に一読して面白いと思ったのが正直な感想です。表面的には誰でも入りやすいミステリーの形をとっていますが、平野さんがいつも小説で扱っていらっしゃる哲学的なテーマがそこにはあって。ミステリーというジャンルを使いながら、大きいテーマを語るというのが、小説の手法として成功していますし、それを自分が映画にしたとき、どういうことができるかというのが映画化に惹かれた理由です。
今回脚本を向井康介さんにお願いしましたが、じつはその前にかなり長いこと、自分で書いていた時期があったんです。そのときに全体の骨格はできたんですが、どうしても主人公である弁護士、城戸(妻夫木聡)の話になっていかないジレンマがありました。「谷口」を名乗っていた男(窪田正孝)は実は誰だったのかというベーシックな物語はそんなに難しくなかったんですが、じゃあ城戸はどんな男か、というのが難しかった。最初に自分が面白いと思ったその部分が、ごそっと抜け落ちてしまい、それで向井さんにお願いすることにしました。
弁護士の城戸は、かつてのクライアントであった谷口里枝(安藤サクラ)から、事故で亡くなった夫、大祐の身元調査を頼まれる。その死をきっかけに、大祐が実家を出て以来、縁が切れていたという兄が訪れ、夫が実は赤の他人だったことが発覚したのだ。調査を進めるうちに、城戸自身も、自身のアイデンティティを揺さぶられることになる。
そうですね、どちらかというとSOSに近いというか(笑)。役柄的には狂言回しで、「愚行録」の役もそうでしたが、相手に華を持たせながらも芯を残しておかないと観ている人には印象が残らない。それほど芝居どころがあるわけでもないのに、最後には中心に戻ってきてもらわなければならない、そういう役ができる人はそんなにいないと思うんです。それに妻夫木さんは、そのシーンの話だけではなく全体を俯瞰しながら、いまここにいるからこれぐらいにしましょうか、という、どちらかというと監督の側に立って一緒に話すことができる方なんです。
向井さんがやはり脚本を手がけられたタナダユキ監督の「ふがいない僕は空を見た」(2012)という作品を観て、窪田さんはそれほど大きな役ではなかったんですが、そのときのナイフみたいな存在感が忘れられなくて。その後エンタメのテレビドラマなどもやられていましたが、自分の中ではこの映画のイメージが強かったんです。「悪人」の主人公を妻夫木さんが演じたときのように、窪田さんにとっても本作が何かターニング・ポイントのようなものになってくれたら嬉しい、と思いながらお願いしました。
最初に言った通り、本作ではいかに城戸の話にまとめていくかが大きな目標としてあったので、そういう点で窪田さんにはある程度余白を残し、そのバトンを妻夫木さんに渡して下さいと話しをしました。彼にはずいぶん無茶な演出をしたと思っています(笑)。でも窪田さんはスピリチュアルな方で。映画のなかでジョギングをしながら倒れて泣くところも、ト書きには嗚咽と書いてあったんですが、あのように表現してくれたんです。ふつうなら泣き叫ぶところですが、そこまでするとたんに可哀想な男になってしまうので、彼と話したのは、親から受け継いだ皮みたいなものを剥ぎ取って剥ぎ取って、残った赤ん坊みたいなものが上げる泣き声がいいねと。そんなことを言うとふつう役者さんには怒られると思うんですが(笑)、窪田さんはそこをぱっと理解してくれて。新しいタイプの役者さんと言いますか。また1本、一緒にお仕事をしたいなと思わせられました。
それはあると思います。たとえば今回、柄本明さん演じるキャラクターが、在日3世である城戸に対してきつい言葉を浴びせるシーンがあって、それを和らげるかどうかという話し合いがあったんですが、そういうことを漂白しようとすればするほど、変に色がついてしまうし、その行為自体が気持ち悪いと感じて。柄本さんのキャラクターは要するに悪役で、たんに悪役がひどいことを言っているように聞こえた方が絶対いいと思ったんです。
日本映画はこれまで中心人物が日本人ではないという設定があまりなかったけれど、そろそろ語られるべきではないかと。たとえばアメリカ映画だったらアメリカ人が主人公じゃないことはふつうにありますよね。ことさら社会問題として取り上げるのではなく、いままで取りあげてこなかった素材はたくさんあると思うんです。僕ら世代はたぶん以前からそういうことを考えていたと思うんですが、いまだからそれができるようになったというか、もうできないよねと言ってはいけない世代に僕たちがなってきた気はします。ただ、日本映画の状況としては、大手のスタジオだとまだまだ難しさがある。そういう意味で、今回、松竹作品としてベネチアに参加できて、作家性が重視されるオリゾンティ部門で披露されたというのは、自分としてはひとつの達成感がありました。
その答えは自分もはっきりしていて、肯定的に思っています。いい面も悪い面も含めて人を愛せると思うし、家族ということを考えた場合、そういう考え方じゃないと成立しないと思います。家族といるときと、外の顔ってみんな絶対違うじゃないですか。それでもその時間をそれぞれ愛し合って、なんとか繋ぎとめていくというのが、家族の形だと思っていて。人間ってそもそもそういうものだし、逆に言うと、家と外の顔が全然違う人を批判したりするのはすごく生きづらくないですかという気がして。妻夫木さんともそういう話をしながら、ラストを描いたつもりなんです。妻夫木さんも今回、終わったあとに解放されたような、楽な気分になったとおっしゃっていて。若い頃は永遠の愛とか思っていたけれど、そういうことじゃないよね、それでよくないですか、という。べつに諦めとかではなく、いまあなたといて自分はすごく楽しくて、それは事実だという。そういうポジティブな意味合いを込めて作りました。
「ある男」は11月18日から公開。
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