ゴダールの死、フランスでの反応 「我々は国宝を、天才の眼差しを失う」と大統領、多くの映画人らが追悼コメント【パリ発コラム】
2022年10月2日 11:00
9月13日にジャン=リュック・ゴダールが、安楽死という選択により91歳で亡くなってから半月が経つので、あらかたの情報は知れ渡り、多くの批評家がさまざまなことを書き尽くしているだろう。それでもやはりこの欄で触れずにいられないのが、ゴダールという存在だ。
彼の突然の他界は、フランスでどんな反響を起こしたか。ル・モンド、フィガロ、リベラシオンといった新聞が一面と中ページを割いて特集記事を組み、マクロン大統領を始め多くの文化人、映画関係者がSNS等で追悼の言葉を送った他、テレビ局も急遽プログラムを変更してゴダール映画を上映した。もしエリザベス女王の死去が重ならなければ、おそらくはもっと一般のマスコミを飾っていたにちがいない。
今回のさまざまなリアクションを振り返りながら、この監督がフランスでどのような立ち位置にあったのかを、あらためて考えてみたい。
マクロン大統領はツイッターで、「フランス映画界に突然降って湧いたような存在。そして統率者になった。ジャン=リュック・ゴダールはヌーヴェル・ヴァーグのシネアストのなかで最大の因習打破主義者であり、まったくもって現代的で、激しく自由な芸術を創造した。我々は国宝を、天才の眼差しを失う」と記した。
文化大臣のリマ・アブデュル・マラクは、「ジャン=リュック・ゴダールは大胆さ、自由、不敬に満ちた波(ヴァーグ)で世界を砕け散らしながら、映画のすべての法典を焼きつくした」と形容。カンヌ国際映画祭の元プレジデントであったジル・ジャコブは、「彼は映画界のピカソ。その直観、鋭い見識において。時代を先取りして、言葉、イマージュ、そして色彩で遊んだ。彼は難解で魅惑的な、画期的な映画を即興した。世界の映画は親を失った」と、フランス通信社の取材に答えて語った。
こうした言葉からも、彼が映画という枠を超えて芸術家として広く影響をもたらしてきたこと、さらにスイス人でありながらあたかもフランス映画界を代表する存在のように扱われるほど、大きな軌跡をフランス映画界に残してきたことがわかる。一方で、初期の「勝手にしやがれ」(60)、「女は女である」(61)、「はなればなれに」(64)、「気狂いピエロ」(65)といったヌーヴェル・ヴァーグの金字塔はもちろん、政治の季節の60年代後半から70年代を除いて、アラン・サルド製作により商業映画に復活した「勝手に逃げろ 人生」(80)以降の80年代、またフランスの有料テレビ局カナルプリュスの企画によりほぼ10年の歳月をかけたシリーズ「ゴダールの映画史」や、アラン・ドロン主演の「ヌーヴェルヴァーグ」をはじめとするカナルプリュスとの繋がり、ビデオを用いて新しいテクノロジーを積極的に取り入れていった晩年まで、ゴダールにとっても映画を作り続ける上でフランスとの縁は欠かせないものだった。
もっとも、フランスで誰もがゴダールとゴダール映画を支持しているわけではないのは勿論だ。元文化大臣のロズリーヌ・バシュロ=ナルカンは、「もう文化大臣ではないので白状しますが、ゴダールの映画は退屈だと思います」と、屈託のない意見をトーク番組で披露。また「ベティ・ブルー 愛と激情の日々」(86)などで知られるユダヤ系モロッコ人の俳優ジェラール・ダルモンは、ゴダールが過去にナチスのユダヤ人虐殺について、修正主義的な発言をしたことに触れ、「安らかに眠って欲しいとは思うが、彼の発言は容認できないし、ここまでユダヤ嫌いな人を敬愛することはできない」と語っている。
彼と仕事をしたドロンは、「映画の歴史の1ページが捲られた……。ジャン=リュック、君が残してくれた美しい思い出に感謝します。今日、わたしのフィルモグラフィに『ヌーヴェルヴァーグ』(90)があることを、わたしが誇りに思っていることを知って欲しい」と綴った。「軽蔑」(63)に主演したブリジット・バルドーは、自身の主演作「素直な悪女」(56)の原題との語呂合わせをしながら、「そしてゴダールは『軽蔑』を創造した。“息も絶え絶えに”(『勝手にしやがれ』の原題)、彼は最後の偉大な光り輝く創造者の天空に達したのだ」と追悼。
ゴダールの信奉者で「ゴダールのリア王」(87)に出演したレオス・カラックスはリベラシオン紙に、「安らかに眠らなくてありがとう」という見出しの、彼らしい追悼文を寄せ、ゴダール映画との出会い、彼の思い出を書くとともに、「死んだのは彼ではなく僕ら、(コンピューターの)ビット世代の我々のほうである」と、つねに革新的であったゴダールの意図を継ぐ必要性を訴えた。
ヌーヴェル・ヴァーグの成功に安住することなく、時代によって変わり続けながら鋭利な批評眼を持ち続け、誰にも真似のできないやり方で映画を解体してみせたゴダール。今頃墓の中で、我々の未来を憂えているかもしれない。(佐藤久理子)
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