【「潜水艦クルスクの生存者たち」評論】実際のロシア原潜沈没事故を映像化。事実を積み上げて生まれた乗員と家族のドラマ
2022年4月2日 22:00

潜水艦映画にハズレなし、という常套句がある。名作「眼下の敵」「深く静かに潜航せよ」、ジャンルを再構築した「U・ボート」「レッド・オクトーバーを追え!」、最近も「ハンターキラー 潜航せよ」「グレイハウンド」など見逃せない力作が続く。閉塞した空間、濃密な人間関係、海中での攻防戦など、連続する危機や課題に取り組むドラマに観客は魅了されるのだろう。
この作品は00年8月に実施された大規模演習中の事故を映画化している。北極海での軍事演習に参加したロシア原潜クルスクは、その3日目に起こった魚雷の誤爆により海底に沈没する。ミハイル司令官(マティアス・スーナールツ)以下生き残った23名は、希望を捨てずあらゆる手を尽くしつつ救助を待つ。沈没に気付いた英海軍の准将ラッセル(コリン・ファース)も救助を申し出るが、情報漏洩を恐れる露軍部は一向に許可を出さない。地上で待つミハイルの妻ターニャ(レア・セドゥ)ら乗員の家族たちも軍部に情報を求めるが「異常なし」の返答しかない。そして、艦内はさらなる危機を迎える。
ロシア海軍の威信をかけたクルスクは、分厚いステンレス隔壁でジャンボ機2機分の大きさを誇り核弾頭も搭載可能、ステルス機能を持ち120日間の連続潜航が可能な最新鋭の原潜で、サウナやプール、グラウンドまで備え、演習時には118名の乗員が働いていた。事故の爆発規模は凄まじく、3000度近い熱波が一瞬にして8割の船員を焼き尽くし、ノルウェーなど近隣諸国は海底火山の噴火か地震と誤認するほどだった。
悪天候と機材不足に加え軍部の隠蔽体質により救助活動は進まず、9日目にして漸く内部にアクセス、最終的に艦が引き揚げられたのは3カ月後だった。脚本家のロバート・ロダットは、この時に発見された手記や02年にやっと発表された調査結果をもとにスクリプトを書き上げ、主演のスーナールツ経由でヴィンターベア監督の手に渡り映画の製作にこぎ着けた。
監督は単なるパニックものや、ありがちのヒロイズムには流れず、残された妻子や父母たちにも視線を向けた物語にこだわった。「偽りなき者」などを手掛けた監督だけに、子供たちの複雑な表情には唸らされる。また、当時の記者会見で軍幹部に詰め寄る女性が、その場で関係者から突然薬剤を注射され、失神したまま運び出される衝撃映像が今もネット上に残っているが、本作ではそれを忠実に再現、家族の絆と共に見事な体制批判を成し遂げた製作陣の勇気には頭が下がる。
当初、事故が発覚してもバカンスを続行したプーチン大統領は、就任から3カ月にもかかわらず支持率が急落した。クルスクは5年間の運用で就いた任務は1回のみ。今も北極海にはソ連・ロシア籍の原潜が3隻、沈んだままになっている。
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