【コラム/細野真宏の試写室日記】「竜とそばかすの姫」。気になる細田守監督作品の推移は?
2021年7月15日 09:00
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)(文/細野真宏)
私が初めて細田守監督のことをキチンと認識したのは、今から15年前の2006年「時をかける少女」の時です。
ただ、作品を実際に見るまでの期待値は高くありませんでした。
というのも、この「時をかける少女」の時はマスコミ試写はほとんど行われず、数少ない一般試写とのジョイントのような形だったりもしていたのです。
それもそのはず、全国での劇場公開予定は21館と、まさに「単館系の作品」という扱いだったからです。
ところが作品を見てみると、とても魅力的な出来で、「何でこれが単館系なのだろうか?」と疑問を感じました。
この時に感じた違和感は間違っていなかったようで、公開されると口コミがどんどん広がっていき、メイン館だったテアトル新宿では満席状態がよく報道されていました。
そして、少しずつ公開規模が広がっていき、9カ月に及ぶロングランの末に興行収入が2億6439万円となったのです。
ちなみに当時は今とは違いフィルム方式での公開だったので、上映用フィルムが14本しか作られていない状態で、これを使い回す形での公開方式でした。
もし今のようなデジタル方式であれば、旬なうちに全国のシネコンへ同時供給ができ、興行収入は10億円近くを狙えていたのかもしれません。
いずれにしても、この作品をきっかけに「細田守監督作品」が脚光を浴びることになったのです。
この「時をかける少女」のスマッシュヒットによって、日本テレビ×ワーナーが細田守監督に目をつけ、次の2009年公開「サマーウォーズ」では120館規模の中規模公開に拡大しました。
こちらも作品の完成度は高く、「何でこれが中規模公開作品なのだろうか?」と再び疑問を感じていました。
そして、やはり映画は大ヒットし、興行収入は16.5億円に跳ね上がったのです。
もうここまで来ると、さすがにスタジオジブリ作品のように日本テレビ×東宝という強力なタッグの下での公開作品にラインナップされるようになります。
2011年4月、細田守監督のアニメーション映画制作会社「スタジオ地図」が誕生し、2012年「おおかみこどもの雨と雪」では333館で大規模公開され興行収入42.2億円を稼ぎ出しました!
このように「細田守監督作品」というブランドが確立されてきて、私も手放しで安心できるようになってきていました。
そして、2015年に「バケモノの子」が356館で大規模公開され、興行収入58.5億円と再び最高記録を更新したのでした。
ただ、実は、この「バケモノの子」の頃から少し私の中で違和感のようなモノが生まれてきていました。
まず、キャラクターデザインは、「エヴァンゲリオン」シリーズでもお馴染みの貞本義行が「時をかける少女」の時から「おおかみこどもの雨と雪」まで担当していて、これが細田守監督作品のブランド化にも少なからず寄与したと思っています。
ところが「バケモノの子」では、キャラクターデザインが細田守、山下高明、伊賀大介という3人に変わっていたのです。
これは、似たキャラクターであれば作画監督などがいくらでも描けるからなのかもしれませんが個人的には少し残念な気がします。
また、脚本でも変化が起きています。「時をかける少女」から「サマーウォーズ」までの脚本は奥寺佐渡子が担当していました。
ところが、「おおかみこどもの雨と雪」では奥寺佐渡子と細田守監督の共同執筆になり、「バケモノの子」では脚本が細田守監督で、奥寺佐渡子は脚本協力という形になっていました。
この「バケモノの子」については、興行収入では最高記録を更新していても、やや後半の展開に粗のようなものを感じ、手放しで絶賛とまではいかなくなっていたのです。
そして2018年に「未来のミライ」が大規模公開となるのですが、脚本は細田守監督だけになりました。
作画については、これまでの細田守監督作品と同様に良かったと思います。
ただ、物語は「ファミリー映画」なのですが、やや「個人的な作品に思える部類」で、大規模公開に相応しいかというと、私にはそうは思えない面がありました。
これまで一貫して右肩上がりを続けていたので製作委員会らの期待が高まるばかりだったのは想像に難くありません。
とはいえ、観客がそれほど入っていない状況下でもシネコンを中心に頑張ってスクリーンを確保していましたが、興行収入は28.8億円と初めて大きなダウンとなってしまったのです。
さて、そんな流れがありながらの7月16日(金)公開の最新作「竜とそばかすの姫」では、いよいよ勝負に出てきた感があります。
それは、細田守監督が好む「インターネット世界」と、まさかの「ディズニーの世界観」との融合という大掛かりな作品だからです。
まず、いくらモチーフとはいえ「権利関係は大丈夫?」とさえ思ってしまうほど(笑)、本作ではディズニー映画の名作「美女と野獣」の世界観をインターネット上の仮想世界「U」において表現しています。
主人公「すず」の仮想世界における名前も「ベル」。そして、“野獣”のように乱暴な振る舞いをする謎の「竜」も登場し、2人の関係性が物語の大きなカギとなっています。
そしてキャラクターデザインは、通常の現実世界のものを「時をかける少女」から作画監督をしている青山浩行、インターネット上の仮想世界での「ベル」にはディズニーで「アナと雪の女王」などのキャラクターデザインを担当したジン・キムが起用されています。
さらに、これまでの作品では見られなかった、「歌」にも大きな比重が置かれる作品にまでなっているのです。
この様々な立て付けからも分かるように、細田守監督の本作における本気度がうかがえます。
実際に作品を見た上での感想ですが、まずアニメーションとしての作画のクオリティーは相変わらず高いです。
また歌の完成度も非常に高いと思います。
ただ、脚本に関しては、ネタバレ回避のため細かく指摘はしませんが「竜」が絡む辺りを中心に、やや粗が見られます。
そのため細田守監督作品が好きな私としては、ベストとまでは言えません。
では、肝心な本作の興行収入はどうなりそうなのでしょうか?
これについては、実は私は割と楽観的です。
最大の要因は「ディズニー作品をモチーフ」という時点でディズニーファンが動くのでは、と思っています。
つまり、新規の客層が増えそうな印象なのです。
そして歌や作品の雰囲気はとても良いので、「(作品の精度を上げるため)細かくツッコミを入れながら見るクリエイターのような性格」でなければ、それなりに楽しめるのでは、と想定しています。
そのため、一度大きく落ち込んだ興行収入を、かつての軌道にどこまで戻せるのかは分かりませんが、前作のような悲劇にはならないのでは、と予想します。
さらに言うと、もしも本作で過去最高値を再び更新したとしても驚きません。
日本テレビがポスト宮崎駿として推したい気持ちも分かるくらい演出能力は非常に高いので、今後の作品にも期待したい監督です。
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