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【特別インタビュー】石井裕也監督&池松壮亮が投げかける、まとわりつく優しさの根源

2021年6月26日 19:00

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取材に応じた石井裕也監督(右)と池松壮亮
取材に応じた石井裕也監督(右)と池松壮亮

精力的な映画製作を続ける石井裕也監督が、盟友ともいえる俳優・池松壮亮を主演に据えて韓国でオールロケを敢行した「アジアの天使」を完成させた。日韓関係の悪化、新型コロナウイルスの脅威など、さまざまな困難を眼前に突き付けられながらも「映画の力」をただひたすらに信じ、2020年2~3月にスタッフ及びキャストの95%が韓国人という製作陣と手を取り合って過ごした日々を、石井監督と池松が振り返る。(取材・文/大塚史貴、写真/根田拓也)

映画は、それぞれ心に傷を持つ日本と韓国の家族がソウルで出会い、新しい家族の形を模索するさまを描いたロードムービー。海外で映画を撮ることに興味を抱いていた石井監督が、ふたつの国のリアルに迫りながら、映画が持つ自由な可能性に真っ向から挑んだ。それは、2014年の釜山国際映画祭に審査員として参加した際、パク・ジョンボム監督と出会い、意気投合するところが起点となっているといって過言ではない。

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パク監督は今作のプロデューサーとして共闘しているが、石井監督の「生きちゃった」にも仲野太賀扮する主人公の兄役で出演するなど、7年間にわたり友情を深めてきた。この親交により、石井監督にとって韓国は「外国のひとつ」ではなく「とても大切な友達が暮らす国」に変わった。出演予定だったキャストが降板するなど、決して全てが順調だったわけではない。それでも、「金子文子と朴烈(パクヨル)」で知られる実力派女優チェ・ヒソが「映画という共通言語を信じてみよう。みんなでひとつの物語を作ってみよう。その一心で毎日現場へ向かいました」と語っているように、映画人たちの“心の交流”が今作を結実させたといえる。

これまでに「ぼくたちの家族」「バンクーバーの朝日」「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」「町田くんの世界」と、石井組を数多く経験している池松。主演であろうとなかろうと、石井監督作に欠かすことの出来ない立ち位置を確立したわけだが、今回もロケハンに同行するなど厚い信頼を寄せられている。ふたりは今、互いのことをどう見つめているのだろうか。

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池松「石井さんとはたくさんの時間を過ごしてきました。心から信頼していますし、作品ごとに大きなチャレンジを繰り返しているので、いつもその新しい挑戦にワクワクさせてもらっています。人への鋭い洞察力と眼差し、社会を瞬時に捉え、それを映画に転換する力、批評性、文学性、哲学性の高さ、大胆さ、ユーモア、パンチ力、あらゆる点において度を超えた才能があります。未だに石井さんの脚本を最初に手に取り、読み終わった頃には、おかしなくらい感動させられます」

石井監督「悩んでいる俳優って数多いるんですが、それは芝居のこと、自分はどうすべきなのかという近視眼的な悩みが圧倒的に多い。それはそれで魅力に繋がったりもするわけですが、池松くんの考えは映画のあり方、あるべき姿そのものを追っていて、一般的な俳優と比べて考え方の射程がまるで違う。映画と人生が深く関係していることを強烈に自覚しているという意味で、なかなかいない珍しいタイプの俳優なんじゃないかなと感じています」

20年2月22日にクランクインし、オールアップは3月24日。石井監督は撮影前の約半年間、ほぼ韓国で暮らしながら準備に邁進した。現場ではコロナ対策としてマスクの着用、手洗い、検温などを徹底したそうだが、撮了が近づくにつれて感染拡大の脅威は深刻化していくことになる。筆者も当時、池松から「逃げ切るように撮影をする日々を送っている」とメッセージを受け取っており、見えない敵と戦う様子を肌で感じ取った。帰国後は石井監督、池松を含む関係者4人で関東近県に一軒家を借り、2週間の隔離生活を共にしたという。

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池松「あの頃、危機感としては日本よりも韓国の方が何倍も強かったと思います。それは、SARSやMERSの記憶が残っていたから、『これはまずい事になるかもしれない』という危機感に直結したんだと思います。撮影がほぼ終わったオフの日の午後、海沿いの街(江原道)を一緒に散歩して食堂でご飯を食べていたのですが、『2週間もある隔離期間中に何か撮っちゃおうか?』って言っていました。確かに面白い試みだとは思いましたけど、石井さんって、次から次へと思いつくんですよ(笑)」

石井監督「日本に帰国してから、僕にもリモート映画の話はあったのですが、すごく違和感を覚えたんです。人と接してはいけないというのは理解出来るのですが、だったら例えば全員で遠方へ行って、2週間の隔離生活を送ってから従来通りの撮影をすればいいじゃないですか。ただ、皆さんやらなかったんですよね。僕も提案したのですが、コンプライアンス云々と言われて実現しなかった。韓国では撮影前から寝食を共にする生活を送ってきて、どういう状況がまずいのかを知っているだけに不思議でしたね。それは、いまも不思議です」

今年封切られた石井監督のもう1本の意欲作「茜色に焼かれる」は、ダイレクトに“母親”を題材にした映画で尾野真千子の熱演も相まって大きな話題を呼んでいるが、今作も“母親の不在”によるひずみが遺された夫、子どもたちに埋めようのない喪失感としてのしかかっている。ただ、両作とも決して重い作品ではない。筆者は、石井監督が映画を撮るということに関していつでも誠実であり続けていると認識しているが、その一方で「石井裕也はこんなにも愛情深い一面も持ち合わせていたのか」と驚きを禁じ得なかったことは白状しておく。石井監督の母親は36歳で死去したと聞いていたが、いま目の前にいたらどのようなことを話したいだろうか。

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石井監督「僕が7歳の時に死んでしまったわけですが、今の僕(37歳)よりも年下になっちゃったんですよ。正直、年下の母親にどう接していいか分からないですね。常日頃ってわけじゃないですけど、心の中での対話というのは、しているんです。それでも、やっぱり一般の母子の対話を知らないから何とも言えないなあ。僕の場合、心の中での対話ですら上手くいっていないですから(笑)。母は多分、もっともっと生きたかったはずなんですよ。今の世の中をどう思う? こんな世の中だけど、それでも生きたいと思う? って聞いてみたいですね」

失礼を承知で繊細な質問を投げかけたのは、近年手がけてきた作品の全体を包み込む、説明しようのない優しさの源流を知りたかったからに他ならない。その顕著な例として、今作の終盤に登場する食事のシーンが挙げられる。池松、チェ・ヒソらが食卓を囲み、家庭料理とカップ麺を黙々と食べているだけなのだが、“身内感”が伝わってくる遠慮のない食事音がかけがえのないものとして、観る者に温もりをもたらしてくれる。

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準備期間、約1カ月に及ぶ撮影、帰国後の隔離期間も含めると、石井監督と池松は相当な回数の食事を共にしてきたことになる。ふたりの共通体験として、印象深い食事はどのような局面でのことだったのだろうか。

池松「たくさんありますが、一番のフラッシュバックを挙げると、現地で打ち上げをしたんですよ。みんなでご飯を食べて、お酒を飲んで、かけがえのない経験をしたよねっていう空気が嘘なく流れていて。最終的には誰かが歌い出して、泣いている人もいて、笑い合った。他愛もない食事のひとつひとつにも思い出が色濃くありますが、みんながいた、ピュアな心で誰もが良い顔をしていたあの時間は忘れられません。『出会えて良かった』『韓国に来てくれて本当にありがとう』『あなたたちを心からリスペクトしています』と何度も伝えてくれました。あの時間と受け取った愛情の数々は、僕の人生において宝物です」

石井監督「韓国では撮影中、弁当を食べるという習慣がほとんどなくて、皆で同じ食堂へ行って食べるんですよ。池松くんに韓国での生活に慣れてもらうために、撮影前も同じようなことをしていましたね。同じシェアハウスに住んでいたのですが、行きつけの食堂でご飯を食べ、帰ってきたら一緒にビールを飲む。そういうのって、思い返せば日本ではなかったなあと。それだけでかなり特殊ですよね。そして、韓国のご飯は基本的に美味しい。僕は味覚が発達しているので、ちゃんと味わえる。ただ、池松くんは味覚障害みたいなところがあって(笑)、美味いと言っているのをあまり聞いたことがないんですね。心配しますよ」

池松「違いますよ。美味いと言わないんじゃなくて、何を食べても美味いとしか言わないんですよ。それはもう、自他ともに認める味覚障害です(笑)。誇りに思います(笑)」

石井監督「韓国のスタッフも凄く良くしてくれるので、少しでも美味しいものを食べさせようとしてくれる。僕はその味が分かる。ただ、池松君は味覚とは違う点で親切心を受け取っていたはずなので、見ていてなかなか面白かったですよ」

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池松に対面で取材するのは、「アジアの天使」クランクイン直前の20年2月3日以来となる。その時は、中国映画「柳川」(チャン・リュル監督)に出演したことに触れ「育った環境や文化が乗っかっているだけで、人間の考えていることなんてたいして変わらない」という境地に至ったことを語っている。その後もメールなどで取材を続けるなかで、「目指すべきは競争ではなく協力。映画をもって、どこへでも手を繋ぎに行く」と明かしているが、今作を経験したことでその思いは更に強くなったのではないだろうか。ふたりの胸中に、何か変化はあっただろうか。

池松「リスクを恐れず海を渡った結果、小さなことなんかどうでもよくなるし、もっと身近に信じられるものがあったということが、頭ではなく心で理解できたように思います。人類にとって必要な映画を目指し、そこでかけがえのない仲間と出会えたこと。元気かな、今はどんな映画をやっているのかな、大丈夫かなと想いを馳せる人が、海を渡ったところにいる。そのことが何よりの財産なんだと思います」

石井監督「伝わりづらいと思いますが、僕は解き放たれました。『これしかない!』と自分で勝手に決めた価値観、観念みたいなものを持つことはもちろん大事なことなんですが、それを1回捨ててみることもすごく重要だということを確かめに韓国に行ったわけです。結果的には予想以上にそれを痛感させられました。向こうで外国人と映画を作っていて気付くのですが、日本人としての自分ってあまり意味をなさないんです。重要なのは、どんな困難な状況であれ、その場でベストを尽くそうとする姿勢、その場の全てを楽しもうとする心の豊かさです」

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最後になるが、今作のストーリーは病気で妻を亡くした青木剛(池松)が、8歳のひとり息子とともに逃げるように日本を去り、疎遠になっていた兄(オダギリジョー)が住む韓国ソウルに渡るところから始まる。兄は「韓国で仕事がある」と誘ってきたが、実際はその日暮らしで「この国で必要な言葉は『メクチュ・チュセヨ(ビールください)』と『サランヘヨ(愛してる)』だ」などと調子の良いことばかり言っている。一方、市場のステージで歌う仕事しか与えられない元アイドルのチェ・ソル(チェ・ヒソ)は、所属事務所の社長と関係を持ちながら、うまくいかない仕事や兄妹との関係に頭を悩ませていた。やがて、ある偶然の出会いを経て結びついた日本と韓国、2つの家族は旅に出る……。

鑑賞した人であれば、映画館で多くの人に観てもらいたいと切に願ってしまうのではないだろうか。それは、映画人たちが手を取り合って作り上げたこの作品にまとわりついている優しさを、劇場の大きなスクリーンで体感してもらいたいから。「アジアの天使」というタイトルが付いてはいるし本編でパブリックイメージをぶち壊す天使が登場するが、「映画の天使」と置き換えても違和感ないほどに、今作に関わった人々の優しさを問答無用で浴びることができる。

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石井監督「この映画にまとわりついている優しさというのは凄くいい表現で、実はいま感動しているんです……。まさに、それなんですよ。そしてそれが何故なのかというのを、僕自身が言語化できないんです。初号試写を観たとき、なんて優しい映画なんだってビックリしたんです。普段はそんなことないんです。初めての試写は、自分の仕事を確認、チェックするという意味合いが強いので。でも、今回の試写では自分で監督したはずなのに驚いた。それまで見えていなかったものが、勝手に結実していたんです。それこそ、まとわりついた優しさなんですよね。不確かなものをみんなで夢中で信じようとしたことで生まれた何か。その奇跡的な……、奇跡とか簡単な言葉で言い表していいのか分からないですが、そこに俺は映画の天使がいるんじゃないかと思うんです。そうとしか言いようがないんですよ。主演が池松くんでなければ違っただろうし、チェ・ヒソさんでなければ違っただろうし、コロナ禍でなければ違っただろうし、そういう縁や結びつきがもたらす映画的な連動を感じるんです」

池松「僕も未だに不思議なんです。“何か”が映っていると確信しました。初号を観たあと、驚きながら石井さんと川沿いを歩いたのを覚えています。自分の映画を観て、深く感動させられました。確かにあの時、誰も隔たりを諦めなかった。コロナによるパンデミック、映画の危機、社会格差による人間存在そのものの実存危機、そして両国関係の戦後最悪と言われるほどの悪化。皆がそういう状況を理解していました。そのうえで、誰も人や物語を諦めなかった。まとわりつくそれぞれの人生を持ち寄って、国境を越え、違いを認め、傷みに寄り添い、優しさに転換して笑い合った。石井さんがこの企画でどれだけ苦労したかも知っています。多くの困難と様々な負荷がかかったうえで、映画を諦めなかった。日本では間もなく公開になりますが、韓国では秋ごろになりそうで、早く観てもらいたいです。傷ついてきたこの世界の、再生の一歩になればと願っています」

こういう作品を見せられてしまうと、今まで以上に石井裕也という映画作家の一挙手一投足から目が離せなくなってしまう。池松との再タッグは言わずもがな、ひとりでも多くの俳優たちに、映画と名の付くあらゆる事象において妥協を許さぬ男の現場を体験してもらいたいと願わずにはいられない。そしてまた、献身的と形容しても誰も疑わないほどに、映画への愛を隠さない池松との仕事がどれほどの幸せをもたらすか、映画作家たちに気づいてもらいたい。

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