【特別インタビュー】小栗旬、第1章完結への覚悟と決意
2021年6月19日 12:00
映画、舞台、ドラマなど長年にわたり八面六臂の活躍を見せ、常に結果を出し続けてきた俳優の小栗旬が「ゴジラvsコング」でハリウッドに挑戦すると発表されたのが、2018年11月12日。新型コロナウイルスの感染拡大による未曾有のパンデミックにより、当初予定していた20年3月の全米公開から何度かの延期を経て、満を持しての封切り。日本でも政府による緊急事態宣言発令を受け、5月の公開は延期となり、ようやくゴジラにとって“母国”でのお披露目となる。並々ならぬ覚悟を持って渡米した小栗は、ハリウッドの現場でどのようなことを目撃したのか……。後悔、収穫、そして自らのキャリアについて真っ直ぐな眼差しで語り出した。(取材・文/大塚史貴、写真/根田拓也)
「キングコング対ゴジラ」(1962)から約60年。本多猪四郎監督がメガホンをとり、円谷英二が特技監督を務めて製作した日米モンスター対決は海を渡り、ハリウッドに舞台を移して再び相まみえた。コロナ禍で壊滅的な打撃を受けたハリウッドにあって、北米市場はもちろん世界市場でも最大のヒットを記録しており、どれほど多くの人々が今作を待ち望んでいたかがうかがえる。
小栗が今作で息吹を注いだのは、渡辺謙が扮した特殊機関モナークの伝説の人物である故芹沢猪四郎博士の息子、芹沢蓮。モナークと協力して世界で最も高い技術とインフラを提供する組織へと成長したハイテク企業・エイペックス社で、主任研究員として革新的な次世代技術改革を担当しているという役どころだ。
本編鑑賞時、聞き耳を立てて注目したのが、小栗が「ゴジラ」をどう発音するかだった。14年5月に米ロサンゼルスのドルビーシアターで行われたギャレス・エドワーズ監督作「GODZILLA ゴジラ」のワールドプレミアを取材した際、渡辺が「ゴジラ」と発音するこだわりを筆者に明かしている。撮影中にエドワーズ監督と話し合ったそうで、英語では「ガッジーラ(GODZILLA)」と発音するくだりについて「ちょっと戦ったんですよ。『お客さんのためにも英語っぽく言えないかなあ』と相談されたのですが、僕は日本人として絶対に嫌だと頑なに拒否したんです」という裏話を披露してくれたことを記憶していたからだった。
「謙さんがその道筋を作ってくれたことによって、僕がもらったスクリプトには既に“ゴジラ(GOJIRA)”という表記になっていたんですよ。それは間違いなく、みんなが意図したもので、芹沢博士から踏襲したものなんだと思います。ほかのキャストのセリフには“ガッジーラ(GODZILLA)”と書いてあるのに、僕のセリフにだけ“ゴジラ”と書いてあったので、そのままゴジラと言うべきだと決めました」
ふたりが今作で共演しているわけではないが、作品の垣根を超えて渡辺の戦ってきた“痕跡”が小栗に引き継がれた瞬間だと認識すると、まるで違った光景が目の前に広がってくる。そもそも、小栗にとってハリウッド映画における原体験とは、どのようなものだったのだろうか。また、劇場で「ゴジラ」を鑑賞した最初の体験はいつだったのか聞いてみた。
「僕は両親ともに洋画好きの家に生まれたので、邦画って当時は正月明けに母と行く『男はつらいよ』と『釣りバカ日誌』の2本立てくらいしか観ていなかったんですよ。あとは、親がレンタルしてきた映画を一緒に観ていたのですが、そこで邦画をチョイスする人たちではなかった。自分で選んで邦画を観るようになったのは、高校生くらいの頃じゃないかな。洋画だと、『スタンド・バイ・ミー』『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『グーニーズ』『ダイ・ハード』などは、飽きるほど見ましたね。ゴジラでいうと、小学生の頃に『ゴジラVSビオランテ』を映画館へ観に行った記憶はすごく残っているんですよ。あれが劇場で観た最初のゴジラかもしれませんね」
撮影に参加したのは19年3月、オーストラリアの現場で約1カ月間を過ごした。日本の現場とは規模感を含め何もかも違うことは想像に難くない。アダム・ウィンガード監督をはじめとする製作陣と関わるなかで、驚きを禁じ得なかったことがなかったか話題を振ってみると……。
「驚きというか、すごくいいなあと思ったのは、クリエイティブに関しては誰でも意見をしていいっていう環境だったんです。本当に皆で、ああでもない、こうでもないって対等に話すんです。良いか悪いかは別にして、現場の状況とか細かいことは全て弁護士が対応してくれているので、役者はその作品の世界に飛び込むだけでいいという状況はすごく羨ましい場所だなと思いましたね」
また英語圏での生活、ましてや母国語ではない言語で芝居をする経験は、小栗にどのような思いをもたらしたのだろうか。それは後悔? 一方で収穫や手応えだって実感として残っているはずだが、そんなことを指摘するまでもなく全ての経験が財産だと、小栗の表情が雄弁に物語っている。
「基本的には後悔ばかりですよ。日本の方言ですら手こずることがあるのに、元来そんなに持ち合わせていない言語で自分を表現するのは本当に難しい。現場では準備が足りなかったと思うことがいっぱいあったのですが、そんな状況で飛び込んだというのもなかなかすごい事ですよね。日本で芝居をしている時も、方言に気を取られていると気持ちがそぞろになるし、気持ちにばかりいってしまうと方言がうまく話せていなかったりする。英語の場合も同様で、芝居を優先するとうまく伝わらなくなるし、英語ばかり気にしていると芝居として成立しなくなる。なんでもうちょっと勉強してこなかったんだ……、という後悔は続いていますね」
「ただ、なんにしても参加してみたという事実は大きなことだと思っています。いろいろな人がいろいろな事を言うと思いますが、僕個人の話をすれば小学生、中学生の頃にあの場所に立ってみたいと思っていた“彼”からしてみたら、ひとつの夢が実現したわけです。それは、小栗旬という人生を生きてきた中では誇るべきこと。小学生時代、テレビを見て『いつかここに出てみたいな』と思っていたあいつに、『こんな奇跡も起こるんだぜ』って話が出来るだけでも、自分の人生はひとつ豊かになったかなと思うんです」
ハリウッド進出という夢がひとつ叶ったわけだが、現在の小栗にとってモチベーションになっているのはどのような事か聞いてみると「最近はそれが少し曖昧になってきていて、正直悩んでいます」と明かす。
「何が自分のモチベーションなのか、分からないんですよね。芝居をすることが大好きだ! というところから始めて、いろんなチャンスを頂いて、気が付いたらここまで来た。ひとつの作品を背負うことに責任を感じて面白がった時期もあるし、そうじゃなかった時もある。ある時から、好きだけでは出来なくなったことに対する違和感を抱いています。いま、もう一度『好きだからやるんだ!』というところに戻りたいと思っているんですが、そのためには余計な情報、不要な知恵がこびり付いていて、それをどうやったら捨てられるのかなと考えているところです」
世代のトップを喧噪に纏わりつかれながらひた走ってきた小栗の労苦は、常人には理解し難い。理解できるとするならば、ゴジラとコングの関係性ではないが、ライバルや好敵手と意識する存在になるのではないだろうか。
「特にいないんですよね。山田孝之や藤原竜也を昔はライバルとして意識したことはありましたけど、今はみんな良い友人になってきた感じなんですよ。もちろん、孝之のやっていることはいつも面白いなと思って見ていますが、僕のやりたいこととも違う。竜也に関しては演劇をコンスタントにやれて羨ましいなと思うけれど、かといって竜也の表現方法と僕の表現方法は違う。本当の意味で言うなれば、自分自身であり、父親かもしれません」
父親とは、クラシックオペラの演出家として知られている小栗哲家氏。父親がこれまで挑んできたことに尊敬の念を抱いているといい、「色々な場所で父の話を聞くのですが、とにかくものすごいチャレンジをして、道をこじ開けてきた人なんですよ。そこに辿り着くまで、とにかく全速力で走ってきた。ときどき、親父に会うと『38歳くらいの時はどんな仕事をしていたの?』と聞くことがあるんです。その返事を聞いて、果たして今の自分はそれくらい頑張っているだろうか……と思ったりします。そこは、良い指針になっているんですよね」と笑みを浮かべる。
小栗にとってはこの後、意欲的な作品が続く。10月に放送を予定しているTBS系の日曜劇場「日本沈没―希望のひと-」に主演し、22年には三谷幸喜が脚本を手掛けるNHK大河ドラマ第61作「鎌倉殿の13人」では主人公の北条義時を演じる。これらの大仕事を終えたとき、新型コロナウイルスの脅威が落ち着いていることを前提のうえで、ハリウッドに再び挑戦する意志があるのか聞いてみると、うつむき加減で黙考していた小栗が口を開いた。
「大河で1年以上、ひとつの役をやり切った時に、すぐに芝居がしたいかしたくないか、ちょっと分からないなと思っているんです。ちょっとキャッチーな表現をすると、『小栗旬の第1章』が終わる気がしているんですよ。15歳くらいから芝居の仕事をさせてもらって、1年以上ひとつの役に向き合うという作業はずっと興味があったし、いつかやってみなければいけないと思っていた。そのチャンスがもらえるのなら、ぜひやりたいとチョイスしたわけですが、いまは圧倒的に不安の方が強くなっている」
「小栗旬の第1章」と話す小栗は自嘲気味に照れ笑いを浮かべたが、筆者は相槌を打つことしか出来ない。
「これって、自分次第だと思うんですよ。1年以上にわたって大河をやるって、どこかでバランスを取りながら、ひとつの役を作り上げていくという作業を構築していかなければならない環境だと思う。それを越えてみないと、先の事を考えるのは難しいだろうな……というのが正直なところです。大河をやり切って、しばらく休む役者さんも多いじゃないですか。それくらい大変な作業なんでしょうし、全て撮り終えた時点でどういう状況になるのか、わからないのでまだ何も考えていません。また海外に行ける状況になっていてほしいし、なっているんだとしたら行きたい。それは、英語のコミュニケーションを高めるという作業をひっくるめて、自分が普段なかなか行かない場所に飛び込むチャレンジは続けたいと思うんです。それまで、そのための下地を土台としてどんどん分厚くしておかなければいけないと考えています」
コロナの影響で、今作のほかにも進行していたハリウッドの企画は動きが止まってしまっていると聞く。本来であれば、今作クラスの大作はハリウッドで華々しくプレミアが行われ、小栗もお披露目の場にキャスト陣とともに立っていたはず。それは叶わなかったが、世界中で大ヒットを記録したことで、小栗旬という俳優の名は世界中の映画人たちに知られるところとなった。大河ドラマを終えた小栗が、ハリウッドに限らず各国の映画人と意欲的な作品づくりに邁進出来ていることを、願わずにはいられない。
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執筆者紹介
大塚史貴 (おおつか・ふみたか)
映画.com副編集長。1976年生まれ、神奈川県出身。出版社やハリウッドのエンタメ業界紙の日本版「Variety Japan」を経て、2009年から映画.com編集部に所属。規模の大小を問わず、数多くの邦画作品の撮影現場を取材し、日本映画プロフェッショナル大賞選考委員を務める。
Twitter:@com56362672
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