【海外ドラマ用語辞典:第5回】ハリウッドで一流クリエイター争奪戦が激化!大金が動くオーバーオール契約が台頭
2020年3月1日 21:00
ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの業界用語を通じて、ドラマ制作の内部事情を明かします。
2018年、「シェイプ・オブ・ウォーター」がアカデミー賞において作品賞を含む4部門に輝いた直後、ギレルモ・デル・トロ監督は同作を配給したサーチライト・ピクチャーズ(旧・フォックス・サーチライト)とファーストルック契約を締結した。
「ファーストルック」とは「初見」という意味で、ファーストルック契約を締結すると、スタジオ側はクリエイターの企画を最初に見ることができる。その対価として、スタジオは企画開発の費用を掛け捨てで払い、多くの場合、自社敷地内にオフィスを提供することになる。
サーチライト・ピクチャーズの場合、デル・トロ監督が関与する作品の独自レーベルを立ち上げ、出資・配給・宣伝を行うという。現在、その第1弾としてデル・トロ監督作「Nightmare Alley(原題)」の製作が行われおり、ブラッドリー・クーパー、ケイト・ブランシェット、ルーニー・マーラら豪華キャストが出演しているようだ。
「リトル・ミス・サンシャイン」から「スリー・ビルボード」、「ジョジョ・ラビット」に至るまで、小中規模の良作を手がけているサーチライトにとっては、ファーストルック契約の締結で鬼才デル・トロ監督の新作を確保したことになる。一方、豊富なアイデアを抱えるデル・トロ監督にとっても、自作に理解があるスタジオから資金提供を受けることで、作品作りに没頭できる。まさにウィン-ウィンの関係と言えよう。
実はハリウッドにおける一流クリエイターの大半がいずれかのスタジオとファーストルック契約を結んでおり、テレビ業界も同様だ。テレビ局にコンテンツを提供するテレビ制作会社にとって、優れた企画を生み出すクリエイターは不可欠であるため、各社がヒットメーカーをファーストルック契約で抱え込んできた。
しかし、ストリーミング勢の台頭でコンテンツ獲得競争が激化するにつれて、ファーストルック契約以上の好条件でクリエイターを囲い込む動きが出てきた。米ストリーミング大手のNetflixは、ションダ・ライムズ(「グレイズ・アナトミー 恋の解剖学」「スキャンダル 託された秘密」)、ライアン・マーフィ(「アメリカン・ホラー・ストーリー」「glee グリー」)、デビッド・ベニオフ&D・B・ワイス(「ゲーム・オブ・スローンズ」)といった人気クリエイターと、 オーバーオール契約(Overall Deal)を締結している。
ファーストルック契約の場合、スタジオ側が企画を採用しない場合、クリエイターは別のスタジオに持ち込むことができる。だが、オーバーオール契約の場合は、契約期間中に生み出された企画はすべてスタジオの所有物となる。ファーストルックが優先交渉権契約であるのに対し、オーバーオールは独占包括契約なのだ。不採用であっても、クリエイターは別のスタジオに持ち込むことができない代わりに、より大きな契約金が支払われることになる。上記のクリエイターたちには、1億5000万ドルから3億ドルという高額な契約金が提供されたと言われる。
昨年、J・J・エイブラムスの制作会社バッドロボットは、ワーナーメディアとオーバーオール契約を締結した。それまでのバッドロボットは、映画はパラマウント・ピクチャーズ、テレビドラマはワーナー・ブラザース・テレビジョンとファーストルック契約を結んでいた。だが、このたび、映画とテレビドラマを一括してワーナー・ブラザース・テレビジョンの親会社と独占契約を結んだことになる。ワーナーメディアはHBO Maxという新ストリーミングサービス向けのオリジナルドラマを求めているうえに、「スター・トレック」や「ミッション:インポッシブル」「スター・ウォーズ」とイベント映画を手がけてきたエイブラムスに新たなヒットシリーズを立ち上げて欲しいところだろう。そのためにワーナーメディアは、5億ドルにも及ぶ契約金を用意したと言われている。
ストリーミングサービスが乱立し、コンテンツ需要がますます高まるなか、従来のファーストルック契約ではなく、オーバーオール契約で引き抜かれるクリエイターはますます増えるだろう。
ファーストルック契約(First Look Deal):クリエイターや製作会社の企画を、特定の配給会社が優先的に見ることができる優先交渉権契約。
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