岩井俊二監督からの“手紙”を受け取った松たか子・広瀬すず・森七菜、それぞれの思い

2020年1月18日 12:00

取材に応じた(左から)岩井俊二監督、広瀬すず、松たか子、森七菜
取材に応じた(左から)岩井俊二監督、広瀬すず、松たか子、森七菜

[映画.com ニュース] 「Love Letter」「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」「リリイ・シュシュのすべて」「花とアリス」などの意欲作を通じて常に時代を牽引し続けてきた岩井俊二監督が、初めて出身地・宮城を舞台に手がけた「ラストレター」を完成させた。今作がどのような背景から誕生していったのか、作品の世界を見事に“生きた”松たか子広瀬すず森七菜、そして岩井監督から話を聞いた。(取材・文/編集部、写真/間庭裕基

川村元気氏が企画・プロデュースする今作は、ある夏休みの間に起きた、世代を超えた手紙をめぐる物語。1本の短編映画の存在が大きな道筋となったようで、「『リップヴァンウィンクルの花嫁』の後に、韓国で『チャンオクの手紙』(ペ・ドゥナキム・ジュヒョク出演)というショートフィルムを撮る機会があったんです。タイトルに手紙とありながら、手紙はほとんど出てこないんだけど(笑)、たまたま手紙とついていた不思議な縁で、そこから話を膨らませてみようという話があったんです」と岩井監督は穏やかな口調で話し始める。

「書いていくうちに、主人公の女性のスマホを夫が壊して手紙を書くしかなくなるという設定を思いついたんです。そこからですね、『あれ? これって手紙の話になるかもしれないな』と思うようになったのは。昔、『Love Letter』という作品をつくりましたが、いま作り直すのはほぼ無理だと思っていました。携帯電話が普及して、手紙も日常的に使われなくなってきた。ただ、この切り口だったらいけるなと感じたんです。その時点で“ラストレター”と仮タイトルをつけて書き進め、第1稿を川村さんに読んでもらってから本格的に進めようということで、改稿を重ねていきました」

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こうして製作がスタートした「ラストレター」は、姉・未咲の葬儀に参列した裕里(松)が、姉の愛娘・鮎美(広瀬)から未咲宛に届いた同窓会の案内、鮎美に残された手紙の存在を知らされるところから物語が動き出す。未咲の死を知らせるために同窓会を訪れた裕里は姉と勘違いされ、再会を果たした初恋の相手・鏡史郎(福山雅治)と始めた不思議な文通も、未咲のふりをして書き続けている。その内の1通が鮎美と裕里の娘・颯香(森)に届いたことから、鏡史郎(回想:神木隆之介)、未咲(回想:広瀬)、裕里(回想:森)の学生時代の淡い初恋の思い出が紐解かれていく。

岩井監督は、今作を“難産”だったと明かす。当初の設定はもっと重たいものだったそうで、「最初は未咲が亡くなっていなかったり、颯香の妊娠疑惑があったりしたんです。それを真逆に振って、かわいらしい設定に変えた。本編に『未咲』という小説が出てくるんですが、それを本気で書いてみたんです。そうしたら、やらなければいけない事が明確になってきて、今の物語に落ち着いていった。楽な脚本ではなかったですね。手紙をめぐる人々の物語って結構、雲をつかむようなストーリー運びなので、かなり苦しんで朦朧としている時期もありましたよ」と述懐する。

“座長”を務めた松にとっては、初主演映画「四月物語」(1998)以来の岩井組となった。「『四月物語』は短編で、少ないスタッフが集まって、みんなで桜を拾ってまた散らせて……みたいな、そういうワチャワチャした現場だったので、今回は大きな組だなあと。でも、自分がやること自体は変わらない、いつも通りやることしかできないなと思って現場に通っていました」。

そう真摯な面持ちで語る松に対し、岩井監督は「松さんが演じた裕里って、撮影時はあまり気にしていなかったんですが、いま振り返ってみると『四月物語』の主人公・卯月に似ているんですよ。卯月が大人になって、結婚して子どもが出来たらこんな感じなんだろうなと後から気づいた。そういう意味では、僕が好きな主人公のパターンなんだと思う」と明かす。さらに、「『四月物語』は割とルーズなところから始まった企画で、松さんのドラマの撮休のときに時間をいただいて撮るというハンドメイドな作り。そういう時代からのお付き合いの松さんがいてくれたので、今回の現場はそれとなくいい感じで支えてもらっているというか、安心感がありました」と全幅の信頼を寄せる。

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岩井監督がそう語る通り、本編での松はコミカルな場面もシリアスな場面も、いわば“王道”の演技で見る者の注意を惹きつけてやまない。なかでも、現在の裕里が鏡史郎に対して独白する、12分間を超える長尺のシーンは圧巻だ。岩井監督も、「あれは長かったですねえ。精神的にも、明るいところからディープなところまでですから……」と述懐する。

松「福山さんと向き合ってお芝居をするのは、ほぼ初めてでした。そういう感覚を持つことってないんですが、あまり緊張しなかったんですよ。普通に話していけたので、それは福山さんの力だと思います。もちろん多少の段取りはありましたが、『長いシーンだなあ』と構える暇もありませんでしたし。福山さんがいてくださったおかげで、緊張し過ぎてセリフが出てこなくなるということもなかったんです。今でも不思議ですね。『なんで出来たのかなあ』と思うような時間が過ごせた。それは、すごく良い体験でしたね」

そんな松を、広瀬と森は頼もしげに見つめる。アニメ映画「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」で声優として母娘を演じたほか、昨年はNODA・MAPの舞台「『Q』:A Night At The Kabuki」で共演している広瀬は、「めっちゃ格好いいんです。撮影ではあまり長くお会いすることはなかったのですが、舞台でご一緒させて頂いて、とにかくすごく格好いいなあと思って見ていたんです」と最敬礼。オーディションを勝ち抜いて抜てきされた森も、「すごく気さくで、私が遠慮することがないような空気を作ってくださいました。それを1シーン目から感じることができたので、ああいうお芝居が出来たんだと思います」とはにかんだ。

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岩井作品の特筆すべき点のひとつに、女優が放つ瞬間的な美しさを余すところなく掬い取り、スクリーンの中に封じ込めていることが挙げられる。これまでも、中山美穂(「Love Letter」)、奥菜恵(「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」)、松(「四月物語」)、鈴木杏蒼井優(「花とアリス」)、黒木華(「リップヴァンウィンクルの花嫁」)と、枚挙にいとまがない。ネタバレになるので詳述は避けるが、今作でも滝のシーン、和室で布団を並べて語らうシーン、傘を差して佇むシーンなど、息を呑むような光景を目の当たりにすることができる。この2人の魅力を、岩井監督はこう説明する。

「広瀬さんと森七菜ちゃんは2役なので、僕の中でも混乱しますよね。2役が2人いるんですから(笑)。『今日はどっちだっけ?』と情報処理が追いつき難いなかで、本人たちもどういう視点でやったらいいんだろうと悩んだんじゃないかな。僕はどちらかというと刹那的な人なので、ごくシンプルに芝居をつけたい方なんです。感情面については、それぞれに委ねっぱなしでしたね。すずちゃんは、回想シーンの未咲と現在の鮎美を微妙に違って見せてくる。そんなに変えている感じもしないんだけど、やっぱり違って見えてくる。『なるほど、そういうふうになるのか』と僕の方が発見しながら作り上げていったキャラクターだった気がする。七菜ちゃんはテレビで見ていた人たちに囲まれてどんな心境なんだろうと思ったけど、すごく自然で、アドリブも入れながら好きにしゃべっていて良い感じでしたね」

一方、広瀬と森も岩井組を堪能した様子だ。

広瀬「作品を撮り終えた後って、ポーン!とシーンやセリフが出てくることがあるんです。今回は、それがないんです。なんでなのか、今でも正直わかりません。本編を見ていても、不意にそのシーンの余白になったものがバーン!と目の前に現れてドキッとさせられることもありました。脚本を読んだとき、現場で撮影をしたとき、完成した作品を見たとき、全てが良い具合に結びつかなくて、『ああ、なんか私の知らないところでどんどん岩井さんのマジックにかかっているんだなあ』と思って。それはとても不思議で、自分がどこにいるのか分からなくなるような感覚で楽しかったです」

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森「岩井さんの作品を見て、台本があって、カメラがあって、役者がいて…というのではなく、その人がいるからカメラが回っているんだ!という感じの映画を、どうやったら作れるんだろう?と感じて、オーディションの時にお聞きしたんです。そうしたら『僕は何もしていないけど』って仰られたので、『ああ、落ちたな』って思ったんです(笑)。でも、現場に行ってみたら私を自由にさせてくれて、ときどき『これはどういう気持ちなの?』と岩井さんが拾ってくださる。なんか、現実とカメラが回っている境目が分からなくなりました。だから、カメラが回っていようが回っていなかろうが、颯香や(学生時代の)裕里の気持ちをずっと保っていられましたし、身構えることなく言葉を発せられたな、なるほどなと思いました」

岩井監督は数年前、筆者に「作っている内容が大人向けのものであったとしても、『10代の子たちが初めて出合う映画になったらいいな』と思いながら映画を作っている」と打ち明けてくれたことがあったが、今作もその発言と地続きにあるように感じてならない。名作「Love Letter」を彷彿させる世界観から、同作に対する「ラストレター」と解釈することもできるだろう。

「子どもの頃に見た映画の記憶の残り方って強いものだと思うんです。この話も、僕が小学校2年生くらいのときに『アンデルセン物語』というアニメがあって、そのなかの1話がモチーフになっているんです。すごく衝撃的で、ただならぬものとして、ずっと残っている。それを後生大事にしていて、映画まで作れちゃうくらいですから。『ラストレター』がそのようになれるかは分かりませんが、子どもたちが覚えてくれている映画を作っていたいなという思いは常にありますね」

本編に登場する小説「未咲」は既に完成しており、そう遠くない時期に書店に並ぶことがあるかもしれない。18年11月には、今作の中国版を岩井監督自らのメガホンで映画化し、「チィファの手紙」のタイトルで公開。第55回金馬奨では主演女優賞、助演女優賞、オリジナル脚本賞にノミネートし、ピアジェ賞(伯爵年度優秀奨)を獲得している。日本で“本家”の封切りを経ても、今作の旅路はまだまだ続きそうだ。岩井監督が綴った“手紙”が、幅広い世代の心に届くことを願わずにいられない。

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