【中国映画コラム】海賊版の“真実”は驚くことばかり! 元制作者に話を聞いてきた
2019年10月12日 20:00
北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数269万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!
海賊版(中国語表記:盗版)――中国映画市場を語る際には、欠かせない存在です。世界2位の映画市場に成長した中国マーケットですが、海賊版はいまだに流通し続けています。海賊版と中国映画市場の関連性とは? 海賊版の黎明期ともいえる90年代の光景、転換期を迎えたゼロ年代、実際に制作していた人物の証言を交えて、話を進めていきましょう!
「私は海賊版の存在に対して、多少寛容な姿勢です。中国ではごく一部の映画人を除き、私の映画を見ることができません。オーソン・ウェルズの『市民ケーン』はおろか、『ゴッドファーザー』『地獄の黙示録』といった大衆向けの大作でさえ、皆が“どこで見られるのか”ということを全然知りません。だからこそ海賊版の存在は、中国の映画ファンにとって、ある意味大きな変化を与えたと思っていますね」
誰の言葉だと思います? これは中国国内で2006年に発売された「ジャ・ジャンクー作品BOX」の特典映像として収録されている、ジャ監督の見解なんです。現在のジャ監督が、海賊版に対して、どのような気持ちを抱いているのかはわかりません。しかし、06年当時は、中国映画の文化に、海賊版が大きな影響に与えていたというのは間違いないと言えます。
ジャ監督のデビュー作「プラットホーム」は、00年にベネチア国際映画祭で上映され、大きな話題を呼んだのですが、中国国内では上映禁止に。前述の「ジャ・ジャンクー作品BOX」が発売されるまで、公式な形では見ることができない状態でした。ですが、「ジャ・ジャンクー作品BOX」発売以前、既に多くの人が鑑賞していたのです。一体どこで見たのか――そう、答えは海賊版です。
02年、日本のバンダイビジュアルから「プラットホーム」のDVDが発売されました。その直後、中国の海賊版制作会社が動き始めたんです。ベネチアで絶賛された新鋭の作品。「見たい!」と願う人は多かったはず。それなのに、上映禁止&DVD未発売……。いち早い鑑賞を望む人々にとって、海賊版での視聴が唯一の手段となってしまったんです。
さて、海賊版黎明期の90年代にフォーカスを当ててみます。中国は、昔から映画の上映に対して、非常に厳しい検閲を行ってきました。その検閲は、今でも国内外問わず、全ての作品に実施されています。約30年前の中国は、映画市場もできていないだけでなく、検閲問題も絡み合い、一般の人々が触れることができる作品は、かなり限られていました。
その状況は93年の“VCD(ビデオCD)”発売によって少し変わることになるのですが、パッケージであっても国の検閲を受けなくてはならず、正規版のパッケージで見られる作品が少なかったんです。やがてデジタル技術の進化に伴い、個人でのソフト制作が可能となった――そこから海賊版産業が始まることになったんです。改めて表明しておきますが、著者権を侵害する海賊版の存在は、決して許されることではありません。しかし“表”で見ることができる作品が少ない中国では、海賊版の存在は複雑な意味を持っているんです。そして、20世紀末から盛り上がった海賊版産業は、ゼロ年代前期に全盛期を迎えます。
DVDには、市場シェアを守る目的からリージョンコードが設定されているのをご存知でしょうか? 映像を再生するためには、ソフトと同じリージョンコードを持つプレーヤーが必要なんですが――海賊版には、このリージョンコードがありません。通常、コードが1~6に設定されているのですが、中国の海賊版は映画ファンの間で“リージョンコード9”と呼ばれています。この“9”は制限がないどころか、各リージョンコードが有する「全ての内容」「特典映像」がまとめられているんです。
今回、海賊版の制作に関わったことがある人物に接触することができました。その人物とは、かつて大手海賊版の制作会社で顧問を務めていたH氏です。
H氏「ゼロ年代以降、映画ファンの“海賊版への気持ち”が少しづつ変化していったことで、『早く見たい』という思いに対応するだけではいけなくなりました。字幕の精度、特典映像の豊富さが重視され、海賊版の制作会社はそれらの要望にも応えないと、すぐ淘汰されてしまうようになったんです。だからこそ、あの時代に作った海賊版は、世界中のどの正規版よりも素晴らしい出来栄えだと自負しています」
確かに、当時の海賊版は“本物以上の出来”だと言えるでしょう。こちらの写真をご覧ください!
これはゼロ年代以降に制作された「千と千尋の神隠し」の海賊版です。フランス版DVD(豪華版:リージョンコード2)をそのまま複製し、本編は最も評価が高かったイギリス版の映像(リージョンコード2)を使用し、中国語字幕は香港版(リージョンコード3)を転用しています。さらに、アメリカ版(リージョンコード1)、日本版(リージョンコード2)の特別映像を中国語字幕付きで収録、トランプまで封入してしまうという……。ある意味、完璧な1枚。しかも、値段はたったの1000円。発売当時は、香港や日本のDVDコレクターが、この海賊版を大量に購入していったという噂が流れました。
当時の海賊版マーケットは、競争が非常に激しかったんです。10数社もブランド化、会社名やロゴも制作するだけでなく、偽物の商品登録番号まで付けられていました。これは嘘みたいな話なんですが、海賊版の海賊版なんてものも生まれたんですよ(笑)。H氏が所属していた会社は、メジャー作品に加えて、ゼロ年代後期からアート系映画にも手を伸ばしたそうです。
H氏「世界には、素晴らしい映画が多すぎるんですよ。にもかかわらず、中国の正規版発売を待っていると、おそらく鑑賞するまでに100年以上待つことになってしまうかもしれない。私たちは、いち早く作品の魅力をファンに届けるためにアート系作品に手を出したんです。06年からの6年間、約1500本のアート系映画の海賊版を制作しました。正直、あまり映画に詳しくなかった(会社の)“ボス”が、よくOKを出したなと思っていますよ」
H氏が振り返った頃を思い返してみると、「七人の侍」「東京物語」「勝手にしやがれ」「山猫」「赤い砂漠」「野いちご」といった作品が映画マニアの間で話題になっていました。さらに、世界の名作をパッケージ化する「クライテリオン・コレクション」(以下、略称の『CC』)が、ベルナルド・ベルトルッチ監督作「ラストエンペラー」を発売した時の“海賊版秘話”も飛び出しました。
H氏「『ラストエンペラー』は、中国人にとって特別な映画。CCが豪華版を発売するという情報が解禁された瞬間、中国の映画ファンは大喜びでした。数多ある海賊版制作会社も、その反応を受けて、それぞれ海賊版のリリースに着手し始めたんですが……。我々の会社は『CCが出すのだから、最高の1枚を作りたい!』と考え、世界中の素材を探したんです。結果的に大幅な制作時間を要してしまったので、他社よりも発売が遅くなってしまった。あの1枚で16万元(約252万円)も損をしましたよ」
ゼロ年代後期は、海賊版にとっての転換期でもありました。現在の“ブルーレイ時代”でも、まだまだ海賊版は出てきていますが、インターネットの普及、ネット技術の進歩によって、パッケージからネットでのダウンロードへと移行していったんです。とある映画ファンY氏は、懐かしそうに言葉を紡ぎます。
Y氏「(パッケージの海賊版が主流だった頃)映画ファンたちは、一緒に“秘密基地”みたいなところへ行って、海賊版を買ったんだ。あれは本当に最高で、楽しい思い出だ」
海賊版は、クリエイターに膨大な損失を与えました。しかし90年代後半からゼロ年代後半までの10数年間、その存在は中国の映画市場と“深く繋がっていた”と言えるでしょう。
H氏「(海賊版を作っていた頃は)お金を稼ぐということよりも、“良い作品を発掘する”ということが、一番の楽しみでした。皆、本当に映画が好きなんですよ。知ってます? “字幕組”の奴らは、全て無料で翻訳を手掛けているんですよ。他の国ではありえない話だと思います」
“字幕組”という気になるワードが出てきましたね。H氏は、まだまだ喋り足りないようです。複雑な中国映画市場、無視することができない海賊版の存在――この物語は、まだまだ続きます!
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