松竹・池田史嗣プロデューサーの冷静と情熱「いつだって共に仕事をする人の代表作を送り出せるように」
2019年9月30日 11:00
[映画.com ニュース] 配給大手・松竹に少々異色の映画プロデューサーがいる。斬新なデザインのファッションを着こなし、物腰はどこまでも穏やか。2002年に新卒で同社に入社し、歌舞伎座勤務などを経て叩き込まれた松竹のDNAを身にまといながら、どこか飄々(ひょうひょう)とした面持ちの池田史嗣氏は、だがしかし、その冷静さの中にたぎるほどの情熱を秘めている。
企画・プロデュース作「人間失格 太宰治と3人の女たち」が順調な興行を展開し、安堵の表情を浮かべる池田氏は蜷川実花監督との出会いを振り返る。「もともと写真家としての蜷川さんのファンで、20代の頃に事務所へ飛び込みで行ったんですよ。そこから仲良くしていただいて、時々一緒に遊んだりしながら企画の意見交換を続けてきました。今作の構想が立ち上がったのはもう7年前、『ヘルタースケルター』の公開前くらいだったと記憶しています。一緒に映画をやろうと言い続けてきたなかで、小説『人間失格』に絡めて何かできないだろうかと調べているうちに、蜷川さんから『太宰本人の人生が面白い。むしろ実話の方に興味がある』という反応がありました」。
この時のことを語る池田氏は、普段よりもやや饒舌になる。「太宰の愛人たちが残した記録を読み、この話を蜷川さんらしい切り口で描けるならば、小説をそのまま映画にするよりも面白いんじゃないかと意見が一致し、動き始めました。もともとの狙いは、古典的な題材を彼女ならではのセンスと圧倒的なビジュアル力で現代的にアップデートすること。蜷川さんとならば、ハリウッドでバズ・ラーマンが『ロミオ&ジュリエット』や『華麗なるギャツビー』で表現しているようなことが日本映画でも出来るのではないか、とイメージしていました。また、その頃に手がけていた吉田大八監督作『紙の月』で映画デビューを果たした脚本化・早船歌江子さんと出会えたことも大きかったです。個人的な感覚ですが、敬愛する宮沢りえさんの出演も含め、『人間失格』はいわば『紙の月』の続編に近い位置づけで、共通するのは共に“能動的に堕ちていく”人々の物語であるということ。そのため、今回の脚本には早船さんという希有な才能が絶対的に必要だという直感は正しかった。結果、素晴らしいオリジナル脚本を書き上げてくれて、それが小栗旬さんが主演を引き受けてくれる決め手にもなりました」
7年越しで完成させた作品は大きな反響を呼んでいるが、賛否両論あることにも理解を示している。「賛否両論はいつだって大歓迎です。でもひとつだけ、蜷川さんはすごくチャーミングで才能豊かな方ですが、いまだにその出自やキャリアからバイアスをかけて見る人もいるような気がします。『人間失格』は徹底して“映画的”であることにこだわったので、フェアに見ていただけたら嬉しいですね」。というのも、過去20年間でメジャー配給会社が作る映画の女性監督比率が3%しかないという現状を憂慮しているということもある。
「蜷川さんは間違いなく日本の女性監督のトップランナー。今年だけで『Diner ダイナー』と『人間失格』という全くテイストが違う大作2本を両方ともヒットさせている。また、世界ではスタンリー・キューブリックからラリー・クラークまで写真家出身の映画監督はいくらでもいます。今回ご一緒してみて、蜷川実花さんというクリエイターは、他のどの監督と比較しても引けを取らない、正真正銘の映画作家であったと思います。そのことを、もっと皆さんに知っていただきたいですね」。
また、奇しくも時期を同じくして、太宰に関連した新作をもう1本手がけている。それが、20年2月公開予定の成島出監督最新作「グッドバイ 嘘からはじまる人生喜劇」(大泉洋主演)だ。当初の予定であれば2年前に撮影されているはずだった作品だが、クランクイン前に成島監督の肺がんが発覚、緊急手術を受けたため延期となり、闘病生活を乗り越えた昨年、撮り上げた意欲作。太宰の未完の遺作「グッド・バイ」をケラリーノ・サンドロヴィッチが完結させた戯曲「グッドバイ」が原作。池田氏は、成島監督とこれまでに「八日目の蝉」と「ソロモンの偽証」2部作で組んできた盟友でもある。
「完全燃焼し尽くした『ソロモンの偽証』のあと、しばらくして監督から『グッドバイ』を映画かしたいとお話をいただきました。本当に奇遇で、当時は『人間失格』の開発真っ盛りだったので勉強していたことを生かすこともできたのですが、あの頃は太宰尽くしだったなあと(笑)。両作品は同時期に書かれた太宰の遺作であり、時代を含めた設定はほとんど同じなのですが、『グッドバイ』は熟練の成島組でエルンスト・ルビッチやハワード・ホークス的な、ハリウッド黄金期のスクリューボールコメディのような作品を目指したので、『人間失格』とは全く異なるアプローチで向き合うということが非常に面白かったですね。そして、今作は成島監督の復活作になったということが何よりも嬉しいです」。
2作品について触れてきたが、池田氏は古典文芸作品ばかり映画化してきたわけではない。今後製作予定の作品として主演・大泉でアテ書きされた小説を映画化する「騙し絵の牙」、今年11月に公開を控える中村義洋監督作の時代劇「決算!忠臣蔵」がある。中村監督とは「残穢 住んではいけない部屋」「殿、利息でござる!」に続き3本目のタッグとなる。
「中村監督は最高の腕を持つ監督のひとりです。成島監督同様に、トップクラスの脚本家でもありますし、厳しい人で、とにかく作品第一主義が徹底している。今作は、『殿、利息でござる!』の成功後、中村監督ともう一度仕事がしたいがために企画し、提案したようなものです。何せ挑むのが忠臣蔵。一大悲劇ともいえる国民的ストーリーを、大石内蔵助が実際に残した帳簿をもとに、予算を切り口にしたコメディにするという離れ業は、中村監督でなければ不可能でした。時代劇の決定版である忠臣蔵を手がける以上、以前に森田芳光監督とご一緒した『武士の家計簿』のヒットに始まる、一連の松竹流ユニーク時代劇の総決算として製作したつもりです」。
まさに引っ張りだこの状態が続く池田氏だが、「もちろんそれなりに努力はしていますが、わたし自身が優秀だとか特別な才能があるわけではない」と言い切る。「ただわたしには優れた才能に出会うチャンスがあっただけで、単純にラッキーだったんだと思います。他の有能なプロデューサーに比べれば、きっと足りないところだらけのはず。たまたま松竹にいるから、ある程度自由にやれているのだということは冷静に自覚しています。だからこそ、実写映画の可能性を信じる者のひとりとして、徹底して質にこだわることと、興行的に成功すること、このふたつを両立させるためにどうバランスを取るのかという難題に向き合い、悩まされ続けなければならないなと。関わってくださった監督、スタッフ、キャスト……、いつだって真剣勝負で、共に仕事をする人にとっての代表作を送り出したいという思いがあります。興行的に成功して中身も評価されれば、それぞれが更に上のステージに進むことが出来るし、出資者も次の作品に投資できる。愚直かもしれませんが、それを繰り返すことで、日本映画界の発展に貢献できるのではないかと。なかなか難しいことですが、組むと決めたクリエイターの作家性を可能な限り尊重して、プロデューサーが支配することなく上手くプロデュースするのが理想的な映画作りだと思います。大事なのはオーディエンスの観点を忘れず、常に作品にとって何がベストなのかを考える冷静な判断基準を失わないこと。とにかく、映画はお客様に見てもらわないと意味がありませんから」。
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