イングロリアス・バスターズ : 特集
「パルプ・フィクション」「キル・ビル」など、作品を発表するごとに映画界に衝撃を与えてきた天才映画作家クエンティン・タランティーノが、主演にブラッド・ピットを迎えて放つ、この秋一番の超話題作「イングロリアス・バスターズ」。表向きは、第2次大戦下のヨーロッパを舞台にした戦争アクションと謳われているが、実際は、単なる戦争映画とは趣を異にするパーソナルなタランティーノ映画となっている。様々な見方、楽しみ方がある本作の見どころを紹介しよう。(文・構成:若林ゆり)
タランティーノ最新作「イングロリアス・バスターズ」ってどんな映画?
■監督歴17年になるクエンティン・タランティーノの集大成
クエンティン・タランティーノの最新作は、これまでのタランティーノ作品の、まさに集大成。第2次世界大戦が舞台だが、いわゆる“戦争映画”ではない。きっかけは、かねてから好きだった戦争映画のサブジャンル、「ミッションを負った野郎ども」を自分なりのバージョンで描きたい、というものだった。
エンゾ・カステラーリ監督の作品(邦題は『地獄のバスターズ』)のタイトル使用権を買い取り、書き始めたのは10年前。当初は「地獄のバスターズ」から一部のアイデアを使おうと考えていたが、結局、うまくいかず。この作品から拝借したのはタイトルとスピリット、そして「スローモーションのイカした使い方」だけとなった。
こうして「イングロリアス・バスターズ」は、非常にオリジナルな作品として完成した。そして、彼の今までの作品すべてに似ているとも言える。章立ての構成で、さまざまなキャラクターのエピソードが絡み合うところは「パルプ・フィクション」、地下の居酒屋でのシーンは「レザボア・ドッグス」、復讐に燃えるヒロインは「キル・ビル」と言った具合に。それでももちろん、過去の作品の影響やオマージュは山ほど散りばめられている。
■映画狂タランティーノならではのオマージュの数々
おそらく最も影響を与えた作品は、ロバート・アルドリッチ監督の「特攻大作戦」(67)だろう。彼は書き始めるとき、「よし、俺なりの『特攻大作戦』を書くぞ」と気合いを入れたという。このほか、同じサブジャンルに属するブライアン・G・ハットン監督の「荒鷲の要塞」(68)や「戦略大作戦」(70)、アンドリュー・V・マクラグレン監督の「コマンド戦略」(68)、ジャック・カーディフ監督の「戦争プロフェッショナル」(68)など。「イングロリアス・バスターズ」に出てくるヒコックス中尉のベレー帽は、「戦争プロフェッショナル」のカリー大尉(ロッド・テイラー)とそっくりだ。
また、とくに第1章は、マカロニ・ウェスタンや西部劇からの影響が顕著。なかでも、敬愛してやまないセルジオ・レオーネの「ウエスタン」(69)、同じくセルジオ・コルブッチの「豹/ジャガー」(69)などといった作品のエッセンスが。また、ジョン・フォード監督の「捜索者」(56)を思わせる瞬間もある。
そして、彼が「すごくインスピレーションを受けた」と語っているのが、1940年代の作品群。ナチスからヨーロッパを追われた監督たちが、亡命先のアメリカで撮った反ナチス映画だ。たとえば、ジャン・ルノワール監督の「自由への闘い」(43)、フリッツ・ラング監督の「マン・ハント」(41)や「死刑執行人もまた死す」(43)、ジュールス・ダッシン監督の「Nazi Agent」(42)や「A Reunion in France」(42)、ダグラス・サーク監督の「Hitler's Madman」(43)、レオニード・モギー監督の「Paris After Dark」(43)など。これらの多くにジョージ・サンダースが主演しているという一致を、クエンティンは非常に面白がっている。これらの作品に漲る“スピリット”を、彼は見事につかんだ。
つまるところ、「イングロリアス・バスターズ」はいままで以上に、クエンティンの“映画愛”そのものが主役の映画なのだ。