コラム:どうなってるの?中国映画市場 - 第47回
2022年10月1日更新
北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数280万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”、そしてアジア映画関連の話題を語ってもらいます!
中国で知らない人はいない? 「ガリレオ」原作者・東野圭吾は社会現象を招く超人気作家
「沈黙のパレード」(原作:東野圭吾、主演:福山雅治)が公開を迎えました。「ガリレオ」シリーズ劇場版の公開は、「真夏の方程式」以来およそ9年ぶり。同作は日本国内だけでなく、海外でも注目を集めています。
9月16日に封切られたばかりですが、中国最大のソーシャル・カルチャー・サイト「Douban(豆瓣)」では、すでに300人以上が“見た”をチェック。多くのコメントが投稿されています。
「ガリレオがようやく帰ってきた」
「さすが東野圭吾先生。二転三転する後半は非常に面白かった」
「前半は『オリエント急行殺人事件』を見ているような感じ」
「福山様は相変わらずかっこいい」
これらのコメントを投稿したユーザーの大半は、日本在住の中国人でしょう。通常、日本の実写映画は、日本公開のタイミングでは、あまり中国国内で話題にはなりませんし、「Douban(豆瓣)」での投稿もごくわずかです。しかし「ガリレオ」シリーズ、そして、東野作品を原作とした映画は“異例”と言えるのです。
特に「ガリレオ」シリーズに関しては、2007年秋に放送された第1シーズンから中国で話題になり(大半の人々は海賊版での鑑賞ですが……)、今でも多くの人々に愛されています。「Douban(豆瓣)」のコメントには「ガリレオは、もはやノスタルジック」「学生時代に『ガリレオ』を見て、湯川先生の『実に面白い』『さっぱりわからない』をモノマネしていたことを思い出しました」というものもあり、長年「ガリレオ」シリーズに注目しているファンも多いのです。
東野圭吾の小説は、中国国内で長年ベストセラーになっています。例えば、日本の文化にそこまで詳しくない人でも「ミステリー作家といえば?」と問われれば「東野圭吾先生!」と答える人が少なくありません。中国国内では、もっとも知られているミステリー作家のひとりと言えるのです。
中国の海賊版文化は、90年代の黎明期を経て、ゼロ年代前半に全盛期に入りました。当時はハリウッド大作、中国で上映されていない、もしくは検閲を通らなかった作品を中心に海賊版が拡散。そして、そんな海賊版のなかにはハリウッド映画以外の外国映画もありました。
その頃の中国映画市場は、日本映画が数年に1本しか上映できない状況。そのため、海賊版という形式で、多くの日本映画が中国の市場に入ることになりました。そのなかには、東野圭吾作品を原作とする映画「秘密」「g@me.」、単発のドラマ「宿命」がありました。当初、そこまで話題にはなっていませんでしたが、触れる機会の少なかった日本のミステリー作品に魅せられた人は少なくなかったはずです。
2003~04年は、インターネットが普及し“字幕組”が誕生しました(詳細は、本コラムの第9回をご一読ください)。これによって、海賊版のDVDを視聴する時代から、“字幕組”が制作した中国字幕付きの作品をダウンロードして見る時代へと移り変わりました。「世界の中心で、愛をさけぶ」「ドラゴン桜」「女王の教室」「1リットルの涙」といった良質な作品が、中国で話題となり、日本ドラマへの関心がどんどんと高まっていったんです。
2006年1月、山田孝之&綾瀬はるかが共演したドラマ「白夜行」の放送がスタートしました。中国では、日本ドラマ&映画に関心のない人まで、海賊版を通じて鑑賞するほどの人気ぶり。さまざまなBBS(電子掲示板)で大きな話題を呼び、「東野圭吾」という名前が広まるきっかけになったんです(その後、映画「レイクサイド マーダーケース」「変身」「手紙」の海賊版も続々登場)。
さて、ここで当時の中国における“出版事情”についても、少し触れておきましょう。
90年代、ミステリー小説を扱っている中国の出版社は、そこまで多くはありませんでした。ミステリー小説と言えば、シャーロック・ホームズ、エルキュール・ポアロといった人物が登場する古典しか知られていなかったのです。その状況は、ゼロ年代に入っても、そこまで大きく変わることはありませんでしたが、ドラマ版「白夜行」放送後、状況が一変します。
中国の出版社「新経典文化」は、ドラマ「白夜行」放送前の2005年、原作の出版権を取得していましたが、当時の中国国内の状況を考慮して、すぐに出版には踏み切りませんでした。そして、ドラマ「白夜行」がインターネットで盛り上がっている頃、「新経典文庫・東野圭吾作品」シリーズをスタート。2008年に「白夜行」「容疑者Xの献身」などを発売しています。ちょうど同じタイミングで「海南出版社」も「探偵ガリレオ」などの中国語版を発売していました。
振り返ってみると“東野圭吾ブーム”は、中国で頻繁に起こっていることがわかりました。
2007年秋、フジテレビのドラマ「ガリレオ」の放送がスタートし、日本では高視聴率を記録。主演の福山雅治は人気俳優として、中国における日本コンテンツファンの間で知られた存在でした。しかし、同作の中国での盛り上がりは、ドラマ「白夜行」がきっかけとなり、東野圭吾作品に興味を持つ人々が増えた結果と言えるでしょう。
2008年、TBSのドラマ「流星の絆」が放送。二宮和也、錦戸亮、戸田恵梨香といった人気俳優が出演していたため、中国でも話題になり、このタイミングで小説が続々と書籍化されます。ここで中国における“東野圭吾”というブランドが確立しました。
また、東野圭吾という名前が中国全土に広がったきっかけは、映画「容疑者Xの献身」だったことは間違いないでしょう。日本では、2008年10月に公開された「容疑者Xの献身」。その頃の中国映画市場は、まだまだ規模が小さく、劇場公開へと結びつきませんでした。2009年、日本国内でのDVDリリースと同時に、多くの中国人が海賊版で「容疑者Xの献身」を鑑賞。エンタメ映画の枠を超えて、多くの映画評論家たちが絶賛し、その年の「新経典文庫・東野圭吾作品」シリーズは、年間合計120万部超えのベストセラーに。日本の作家・東野圭吾の作品が、中国本土で“社会現象化”したんです。
「容疑者Xの献身」は、2022年9月時点での「Douban(豆瓣)」の点数が、8.4の高評価(10点満点)。“見た”をチェックしたユーザーは28万人を突破しています。
10年代に入ってから、阿部寛が主演する“加賀恭一郎シリーズ”が始まりました。ドラマ「新参者」、映画「麒麟の翼」は、中国でも大人気です。中国のメジャーな出版社も東野圭吾作品を出版することになり、認知度がさらに上昇していきます。
2014年、東野圭吾が手掛けた小説の年間発行部数は160万を突破し、「ナミヤ雑貨店の奇蹟」が“新たな東野圭吾プーム”を巻き起こします。「東野圭吾史上最も感動する1冊」と称された「ナミヤ雑貨店の奇蹟」は、当時の中国でかなり話題になった作品です。一般の読者から著名人まで、多くの人々が感動し、再び社会現象となりました。
このブームによって、新たな“東野圭吾ファン”が激増します。2016年の中国年間ベストセラー(小説部門/国内外)TOP10は、「ナミヤ雑貨店の奇蹟」が1位、「白夜行」が3位、「容疑者Xの献身」が7位。2017年版では「ナミヤ雑貨店の奇蹟」が1位、「白夜行」が3位、「容疑者Xの献身」が5位。この時点で「ナミヤ雑貨店の奇蹟」は、累計発行部数が1000万を突破。「中国の国民的作家」とも言えるような偉業を達成しているんです。
こんなにも中国の人々に愛されている作家・東野圭吾。中国映画市場の成長に伴い、中国発の映像作品も次々と作られていきました。
2017年には、俳優としても知られるアレック・スーが監督を務め、ワン・カイ、エドワード・チャン、ルビー・リンが共演した「容疑者Xの献身」の中国映画版「嫌疑人X的献身」が公開され、興収60億円を突破する大ヒットに。同年には、ジャッキー・チェンが出演した「ナミヤ雑貨店の奇蹟 再生」が封切り。中華圏で話題となり、日本でも公開されています。
2020年、中国大手の配信プラットフォームが「ゲームの名は誘拐」を実写ドラマ化。「十日ゲーム」というタイトルで配信されました。そして、今後はベルリン国際映画祭の男優賞を受賞したワン・ジンチュン、東京国際映画祭の男優賞を獲得したワン・チエンユエンが主演を務める中国映画版「さまよう刃」に加え、「回廊亭殺人事件」「11文字の殺人」「秘密」「パラドックス13」「プラチナデータ」などが“中国発”での映像化を予定しています。
東野圭吾は、中国でどれほどの影響力があるのか――ここで具体的なエピソードをご紹介しましょう。それは、ある映画の公開時に起こった騒動にまつわる話。その映画とは、日本でも話題になった「少年の君」(デレク・ツァン監督)です。
「少年の君」は、2019年10月に中国で公開され、興収250億を超えるメガヒットを記録しています。しかし、公開直後、こんな疑惑が生じたんです。それは、同作が「東野圭吾の『白夜行』や『容疑者Xの献身』を模倣している』というもの。「容疑者Xの献身」と内容が比較されるなど、さまざまな指摘が生じていました。
原作者のチオ・ユエシー、監督のデレク・ツァンが、この疑惑を事実無根と否定したことで、「少年の君」は無事に公開されることになりました、東野圭吾の小説は、こんなにも中国に浸透しているのです。
余談ですが、10年代以降、日本へ観光に訪れた中国人韓国客は大幅に増えています。映画やドラマのロケ地を訪れる人々も多く、“加賀恭一郎シリーズ”の舞台となった人形町、日本橋麒麟像は人気の観光スポットでした。
中国での累計発行部数は、2300万以上といわれている東野圭吾の小説。最新作以外は、全て中国語版が発売されているような状況です。なお、韓国でも東野作品は大人気。これまでにも「容疑者X 天才数学者のアリバイ」「白夜行 白い闇の中を歩く」「さまよう刃」といった映画も製作されています。
近年、韓国の大作映画は“アジア圏で同時公開する”という傾向が強まっています。そんななかで「沈黙のパレード」は、日本公開から1週間後、台湾と香港で公開されていました。韓国の大作映画と同じく、最初から海外展開を意識している点が、非常に素晴らしいですよね。
そして、“配信の時代”に入った今、クリエイティブは、よりグローバルな方向へと舵を切っています。東野圭吾作品を原作とする“国際映像プロジェクト”も夢ではありません。その可能性に期待したいと思います。
筆者紹介
徐昊辰(じょ・こうしん)。1988年中国・上海生まれ。07年来日、立命館大学卒業。08年より中国の映画専門誌「看電影」「電影世界」、ポータルサイト「SINA」「SOHA」で日本映画の批評と産業分析、16年には北京電影学院に論文「ゼロ年代の日本映画~平穏な変革」を発表。11年以降、東京国際映画祭などで是枝裕和、黒沢清、役所広司、川村元気などの日本の映画人を取材。中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数は280万人。日本映画プロフェッショナル大賞選考委員、微博公認・映画ライター&年間大賞選考委員、WEB番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサーを務める。
Twitter:@xxhhcc