コラム:下から目線のハリウッド - 第19回
2021年10月11日更新
ハリウッドの最新ギャラ事情にみる報酬システムの内幕とは?
「沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。
今回のテーマは、誰もが気になる俳優のギャラ事情! ハリウッドのトップ俳優はどのくらい稼ぐのか。そのお金はどのくらい俳優の手元に残るのか。そして、駆け出しの俳優の現実について語ります!
三谷:少し前に業界で話題になった、とある記事がありまして。
久保田:どんな記事?
三谷:「バラエティ(「Variety)」という業界紙があるんですが、日本でいうと「文化通信」みたいな位置づけの媒体ですね。そのバラエティ紙で、「最近のハリウッドのギャラはどうなっているのか?」という記事とともに、ランキング形式で俳優さんのギャラが掲載されていたんです。
ダニエル・クレイグ:「ナイブズ・アウト」続編企画(2作品) 1億ドル(約110億円/1本あたり約55億円)
ドウェイン・ジョンソン:「Red One(原題)」 5000万ドル(約55億円)
ウィル・スミス:「King Richard(原題)」 4000万ドル(約44億円)
デンゼル・ワシントン:「リトル・シングス」 4000万ドル(約44億円)
レオナルド・ディカプリオ:「ドント・ルック・アップ」 3000万ドル(約33億円)
マーク・ウォールバーグ:「スペンサー・コンフィデンシャル」 3000万ドル(約33億円)
ジェニファー・ローレンス:「ドント・ルック・アップ」 2500万ドル(約27億円)
ジュリア・ロバーツ:「Leave the World Behind(原題)」 2500万ドル(約27億円)
サンドラ・ブロック:「The Lost City of D(原題)」 2000万ドル(約22億円)
ライアン・ゴズリング:「The Grey Man(原題)」 2000万ドル(約22億円)
クリス・ヘムズワース:「マイティ・ソー ラブ&サンダー(原題)」 2000万ドル(約22億円)
ブラッド・ピット:「Bullet Train(原題)」 2000万ドル(約22億円)
マイケル・B・ジョーダン:「ウィズアウト・リモース」 1500万ドル(約16億円)
トム・クルーズ:「トップガン マーヴェリック」 1300万ドル(約14億円)
キアヌ・リーブス:「マトリックス レザレクションズ」 1200~1400万ドル(約13億~15億円)
クリス・パイン:「ダンジョンズ&ドラゴンズ(原題)」 1150万ドル(約12億円)
ロバート・パティンソン:「THE BATMAN ザ・バットマン」 300万ドル(約3億円)
久保田:このランキングすごいですね。
三谷:一番みんなが驚いたのが「007」シリーズで知られているダニエル・クレイグのギャラですね。「ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密」の続編となる2作品がネットフリックスで製作されるという話になっているんですが、2本分の出演料で1億ドル(=およそ110億円)という。
久保田:ダニエル・クレイグさんすごいね。
三谷:次に挙がっているのがドウェイン・ジョンソンで、「Red One(原題)」という作品1本で、およそ50億円だそうです。
久保田:さすが、「ハリウッドでもっとも稼ぐ」って言われている俳優さんだね。
三谷:なので、1作品50億円というのが、ハリウッドのトップ・オブ・トップの水準だと言えるんじゃないかなと。
久保田:すごい。いや、もうわかんない金額だよね。コンビニとかで何買うんだろう?
三谷:コンビニあるもの全部買えちゃうと思います(笑)。
久保田:でも、そのバラエティ誌の記事が話題になったっていうことは、昔からこんな高額なギャラではなかったってことなのかな?
三谷:ハリウッド俳優のギャラは80年代~90年代にかけて高騰し始めていた状況がありますね。ジム・キャリーが「ケーブルガイ」(1996年)という映画で、2000万ドル(=およそ20億円)という契約をしたことがあって、当時はその金額がかなり破格のギャラで話題になったんです。
久保田:そもそも、なんで80年代、90年代頃から俳優さんのギャラって上がり始めたのかな?
三谷:ざっくり言うと、全世界的に大ヒットする作品を「ブロックバスター」と呼ぶのですが、そのような映画が生まれ出したのが「ジョーズ」「スター・ウォーズ」の頃で、ここから莫大な予算をかけた映画を作る流れが生まれます。これが2000年代に入ると加速して、映画スタジオは、つくる本数を絞って1本にかける製作費を上げて、全世界で興行をしてリターンを大きくするという戦略になっていったんですね。
久保田:そういう流れなんだ。
三谷:その中で「映画に誰が出ているか」という点が、お客さんが実際にその映画を観るか観ないかを左右する、かなり大きな要素でした。そういう俳優のことを「映画スター」と呼ぶわけですが、「映画の付加価値の源泉は映画スターにあるから、それ相応の取り分があっていいよね」という理屈で、製作費の高騰とともに、俳優さんのギャラも上がっていったわけです。
久保田:なるほど。それで金額の上限がどんどん更新されているわけだ。
三谷:そうなんです。この記事のランキングを見ていくと、下の方にも錚々たる面々が並んでますが、30億円、20億円、10億円という感じになってます。
久保田:ダニエル・クレイグ、ドウェイン・ジョンソン。その下にウィル・スミス、デンゼル・ワシントン、レオナルド・ディカプリオ……って、並んでいる人たちが凄すぎて、10位より下にいる人も名前はすごい人たちなのに、言い方変だけど、お手頃な価格に見えちゃう。
三谷:このリストをずっと見てると感覚が麻痺してきますよね。ただ、この記事に掲載されているギャラに関しては、ちょっとしたカラクリがあるんですよ。
久保田:どういうことですか?
三谷:ここに書かれている金額は、アップフロント(直訳すると「前払い」)――つまり、契約が締結した時点で確定しているギャランティの話だったりするんですね。
久保田:そうなんだ。
三谷:なので、ここからは私の推測にはなるんですが、劇場公開される作品に出ている俳優さんで10億円とかいう人でも、たとえば「興行収入がいくらに達したら、いくらお支払いしますよ」みたいな契約になっているんじゃないかと思います。
久保田:なるほど。インセンティブで支払われるお金が、後々発生したりするんだ。
三谷:そういうことです。たとえば、契約によっては「映画の売上や利益の◯%」みたいなケースもあったりすると思います。
久保田:じゃあ、場合によっては、トータルしたらランキングの上の方にいる人たちと変わらないくらいの金額が入っているかもしれないってことだ。
三谷:ただ、Amazon Primeやネットフリックスみたいなストリーミングでの公開の場合、インセンティブの設定が難しいんです。というのも、映画のようにチケットがあるわけではないので、どれだけその作品が「売上」を立てたかというのが計算できないんですね。
久保田:「◯万回視聴されました!」みたいに言われることはあるけど、それでそのストリーミングサービスに新規会員が何人増えて、どれだけその作品がサービスに貢献したかってのは、正確には出せなさそうだよね。
三谷:なので、これも推測ではありますけれど、「仮に劇場公開されていたとしたら、これくらいのボーナスは発生するんじゃないか」というざっくりとした予測を加味して、だいたい平均的な水準の金額を設定しているんじゃないかなと思います。ストリーミングのギャラの相場というのは、映画を劇場にかけて大ヒットしたときのような突き抜けた数字にはなりにくいものの、確実に平均的な金額を受け取ることができる点でメリットがあるといえるでしょう。
三谷:もうひとつ見落としがちなのですが、こうしたギャラの全額が俳優さんに入るかと言ったら、そういうわけでもないんですね。やはり名のある俳優さんですから、ビジネス交渉には「エージェント(代理人)」が付いていて、このエージェントの取り分というのが決まっているんです。
久保田:へー。決まってるんだ。
三谷:はい。エージェントの取り分は10%と言われています。なので、複数の人気俳優の交渉事をまとめるようなエージェントだと、ハリウッドスター並みの金額を手にすることもあったりします。
久保田:それはすごい!
三谷:さらに、エージェントとは別に「マネージャー」という仕事をしている人もいます。エージェントは交渉事、つまり事務的な面を一手に引き受ける役回りだとしたら、マネージャーは、より俳優さんに寄り添う存在です。たとえば、どういう作品に出てキャリアを築いていくかとかを一緒に考えたり提案したり。マンガ家における編集者みたいなイメージですかね。そのマネージャーの取り分も5~10%ほどと言われています。
久保田:100億とかもらっている俳優さんのマネージャーさんだったら、5億円とか10億円。もう十分すぎる金額だね。
三谷:さらに、もう一人、俳優さんが活動する中で欠かせない役割を担っているのが、「弁護士」ですね。アメリカは契約社会なのでしっかりとした弁護士につけて、契約書の細かいところまで精査してもらったり、「こういう条件だけど大丈夫?」とかアドバイスをしてもらったりします。そんな弁護士の取り分も5~10%と言われてます。
久保田:エージェント10%、マネージャー5~10%、弁護士5~10%。そうすると20~30%が出ていくわけだ。そこから税金とかもあるし。このくらいの金額で稼いでいる人だったら税金で半分くらいは持っていかれるんじゃないかな?
三谷:そのあたりは私も詳しくはないのですが、それくらいは持っていかれそうですよね。なので、こうやって発表されている全額が俳優さんに入っているわけじゃないということですね。
久保田:それでも、手元に残るお金は相当な金額だけどね(笑)。
三谷:ここまではトップ・オブ・トップな人たちのギャラのお話でしたけれども、当然、最初はみんな駆け出しの俳優としてスタートしてステップアップしていくわけです。
久保田:そこは知りたい。どういうキャリアのステップになってるんですか?
三谷:まずは「映画俳優組合」に入れるかどうかが、大きな分かれ目になります。
久保田:どうすれば入れるんですか?
三谷:組合の規定(註:ギャランティや労働時間等の組合の定める規定)に則って仕事をしている企画にキャスティングされることで入れるようになります。
久保田:なるほど。「何歳以上で~」とか「◯◯であること」みたいな基準ではなくて、「組合の規定に則って製作が行われている作品に出演する」っていうのが入口になるわけだ。
三谷:そういうことです。じゃあ、さらにその手前、組合に入る前の駆け出しの人はどうしているかというと、組合の規定に則っていない作品に出たりします。そこで、自分が出演している演技の部分をポートフォリオにして、次のステップに向けたキャリアを組み立てていくわけです。そうやっていくうちに組合の関わる作品からお声がかかって、という感じですね。
久保田:組合に入ることのメリットってなんなんですか?
三谷:最大のメリットは、「最低賃金が決まっている」というところですね。「このくらいの規模の作品で、このくらいの役だったら、このくらいのギャラになる」というのが決まっていて、そこで生活の原資を手にしていけるようになると、さらに次のキャリアの組立てができるようになる。ほかにも組合の健康保険に加入できるなど、生活を助ける意味合いも大きいです。
久保田:なるほどー。じゃあ、「組合に入る」って壁を超えるのはかなり大事なポイントになるんだね。
三谷:そうなんです。組合に入って、コンスタントに参加できるようになって、場合によっては、参加した作品が話題になったり賞を獲ったり、もしくは、興行的に大ヒットしたり。そうすると、たとえチョイ役みたいなポジションであっても市場価値が上がって、ギャラの価格も上がっていくと。
久保田:はいはい。
三谷:たとえば、「クレイジー・リッチ」で活躍した韓国系アメリカ人俳優のケン・チョンさんは、「ハングオーバー!」でアジア系ギャングのボス役が注目されてブレイクした例としてありますね。
久保田:いわゆる「作品に恵まれる」っていうパターンだ。でも、その前にはそもそもキャスティングされてないといけないもんね。
三谷:なので、運の要素も大きく絡みますが「キャスティングされる」というのも、俳優さんのキャリアの中では大きな壁のひとつになりますね。
久保田:ちょっと話を戻しちゃうけど、組合に入る前のギャラ事情ってどんな感じなんですか?
三谷:そこは本当にケース・バイ・ケースですね。場合によってはノーギャラみたいなこともあります。そういう場合は、「何かしらの作品に出演したという実績」が対価ですよ、みたいなニュアンスですね。
久保田:えー、それで通用しちゃうの?
三谷:そこはもう、その俳優さんと製作サイドの交渉にはなってしまうんですが……。組合に入っていない俳優さんだとそういう条件でも「出られるなら…!」という判断で出る人もいます。
久保田:でもそれが当たり前になっちゃうと、業界全体に下方修正圧力がかかっちゃうよね。そこはやっぱり仕事してるんだから少額でももらうべきだと思うなぁ。
三谷:それは本当にそうなんです。でも、俳優志望の人はやっぱり多くいて、そのレッドオーシャンの中で少しでもチャンスを手にしようとして、「ノーギャラでもいいです」という人が出てくるのも、また現実ではあるんですよね。
久保田:みんな競争には勝ちたいからね。でも、起用する側がそこに胡坐をかくのは違うよね、やっぱり。
三谷:もちろん、全部が全部そういう話ではなくて、組合が関わっていない作品でもきちんとギャラが支払われる作品は当然あるので、ハリウッドで俳優を目指したいという人は、そういった点も見極めていくのが大事なんじゃないかなと思います。
この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#63 ハリウッドの最新ギャラ事情と報酬システムの内幕!)でお聴きいただけます。
筆者紹介
三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。
Twitter:@shitahari