コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第47回

2013年3月25日更新

芝山幹郎 テレビもあるよ

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、毎月、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「若者のすべて」

戦後イタリア映画を代表する傑作悲劇。この3年後 ビスコンティは再びドロンを起用して「山猫」を製作する
戦後イタリア映画を代表する傑作悲劇。この3年後 ビスコンティは再びドロンを起用して「山猫」を製作する

「1960年のアラン・ドロン」という題名の本は、なぜ書かれていないのだろうか。そんな考えをもてあそんで、私はときおり首をかしげることがある。

ドロンはこの年、「太陽がいっぱい」に出た。同じ年、彼は「若者のすべて」にも出演した。どちらのドロンもどきりとするほど美しいが、前者のドロンは眉をひそめたくなるほど卑しげで、後者のドロンは胸が締めつけられるほど純情だ。11月を迎えてようやく25歳。俳優ドロンの早すぎるピークはこの年に訪れた、と断言するのは強引すぎるだろうか。

若者のすべて」はオペラ的メロドラマとネオレアリズモの稀有な融合だ。主な登場人物は、貧しいイタリア南部からミラノへ移住してきたパロンディ一家の人々。なかでも、次兄シモーネ(レナート・サルバトーリ)と3男ロッコ(アラン・ドロン)、そしてふたりの間を揺れ動く善良な娼婦ナディア(アニー・ジラルド)の錯綜した関係が、心をつかんで離さない。

映画の前半は、ネオレアリズモの色調が強く出る。雪が降れば、雪かきの仕事をもらえると喜ぶ一家の描写。民間の賃貸アパートをわざと追い出されて公営住宅に入ろうとするリアルな策略。戦後社会の諸相をこまめに描き出したあと、映画は一転、先に述べた3人の苦しみをオペラのように歌い上げる。

そこで築かれる悲劇の伽藍を、どう賛えればよいだろうか。破滅の斜面を転げ落ちていくばかりのサルバトーリと、心ならずも戦いつづけて一家を支えるドロンの対比も眼に沁みるが、ジラルドをめぐって二転三転していく兄弟の宿命は、息を呑んで見守るしかないほど切実だ。監督のビスコンティはこの年54歳。「赤い貴族」と呼ばれた彼だが、この映画では「貴族」の体質を封印し、鋭利な社会性とうっとりするほど美しい黒白画面を共存させている。

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若者のすべて

WOWOWシネマ 4月11日(木) 18:00~21:00

原題:Rocco e i Suoi Fratelli
監督:ルキノ・ビスコンティ
脚本:ルキノ・ビスコンティスーゾ・チェッキ・ダミーコマッシモ・フランチオーザパスクァーレ・フェスタ・カンパニーレエンリコ・メディオーリ
音楽:ニーノ・ロータ
出演:アラン・ドロンレナート・サルバトーリアニー・ジラルドカティーナ・パクシヌークラウディア・カルディナーレ
1960年イタリア映画/2時間57分

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「プッシャー」

「ドライヴ」(11)でカンヌ映画祭監督賞を受賞した ニコラス・W・レフンの長編監督デビュー作
「ドライヴ」(11)でカンヌ映画祭監督賞を受賞した ニコラス・W・レフンの長編監督デビュー作

プッシャー=麻薬密売人が出てくるからといって、ありきたりの犯罪映画ができあがるとは限らない。「ミーン・ストリート」や「チャイニーズ・ブッキーを殺した男」はいうまでもない。「トレインスポッティング」や「パルプ・フィクション」も、いわゆるスリラーとは明らかに一線を画している。

このなかで「プッシャー」が近いのは、やはり「ミーン・ストリート」だろうか。舞台はコペンハーゲンに移っているが、描かれるのはプッシャーたちの生態だ。とくに眼を惹くのが、フランク(キム・ボドゥニア)とトニー(マッツ・ミケルセン)のふたり。

額がM字形に禿げ上がったフランクは、全身に刺青を入れている。性格は怒りっぽく、すぐに切れる。野獣の青春を地で行く若者だが、ドジも踏みやすい。警察に追われて麻薬を湖に投げ込んでしまうばかりか、借りてはいけない相手から大金を借りてしまう。

ニコラス・ウィンディング・レフンは20代半ばの若さでこのデビュー作を撮った。当人の弁によれば、お手本は「アルジェの戦い」と「食人族」だそうだが、手持キャメラを多用し、荒れ騒ぐ血をあえて解き放つ姿勢は、当時からすでに確立されている。

逆にいうなら、「プッシャー」は、ウェイトのかけ方をはっきりさせた映画だ。レフンは、プロットよりもストーリーを重視し、ストーリーよりも登場人物の肉体を重視した。

典型的な例が、マッツ・ミケルセンの起用だろう。06年の「007 カジノ・ロワイヤル」ですっかり国際スターになった彼だが、この映画ではバットで殴られて瀕死の重傷を負い、「プッシャー2」で主役として復活するのだ。こういう肉体をいち早く発見するから、レフンは隅に置けない。そういえば、トム・ハーディライアン・ゴズリングをスターダムに上らせたのも彼の功績だった。

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プッシャー

WOWOWシネマ 4月10日(水) 23:00~25:00

原題:Pusher
監督・原案:ニコラス・ウィンディング・レフン
脚本:イェンス・ダールニコラス・ウィンディング・レフン
音楽:モーテン・ソーボー
出演:キム・ボドゥニアマッツ・ミケルセンローラ・ドライスベイクズラッコ・ブリッチ
1996年デンマーク映画/1時間45分

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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