コラム:メイキング・オブ・クラウドファンディング - 第22回
2022年10月14日更新
「PARALLEL」田中大貴監督インタビュー
ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2021 にて長編コンペ部門でグランプリとフィルミネーション賞、第15回田辺・弁慶映画祭で映画.com賞に輝いた映画「PARALLEL」が劇場公開された。田中大貴監督にとって初の長編映画であり、心に傷を抱える少女と、アニメの世界へ行きたい殺人鬼が織りなす心の交流を描いた異色のスプラッターラブストーリーとなっている。
今回の劇場公開に際し、田中監督は「映像の再仕上げ」と「宣伝費用」のためにクラウドファンディングを利用している。制作の経緯やクラウドファンディングの利用を決断したきっかけについて田中監督に話を聞いた。
■ヒーローと共に悪側の視点を描く
大高健志:今回映画「PARALLEL」の劇場公開されたこと本当におめでとうございます! まずは、これまで田中監督がどのように映画つくりをされてきて、どういった経緯で本作を作ることになったのかをお聞かせいただけますか?
田中:日本大学の芸術学部映画学科で映画について学びまして、卒業制作で「FILAMENT」という30分ほどの短編のヒーロー映画を作りました。それがいろんなところで評価をいただいたのですが、そのひとつが沖縄国際映画祭の審査員特別賞でした。その副賞として、(映画祭の協賛である)吉本興業さんが助成金を出してくださり長編映画を制作するという“クリエイターズ・ファクトリー”というプロジェクトがあり、そのおかげで今回の長編作品「PARALLEL」を作ることになりました。
ただ助成金といっても出していただけるのは一部なので、残りの製作費は自分でどれだけ出せるか? というのを考えつつ、初めての長編だらけでわからないことだらけだったんですけど…(苦笑)。もともと2020年4月の沖縄国際映画祭で上映される予定だったんですがコロナ禍で映画祭の開催自体が見送りとなってしまい、空いた1年間で編集とできる限りでの追加撮影を繰り返しながら、なんとかいまの形に仕上げたという感じですね。
大高:なるほどなるほど、ちなみに“クリエイターズ・ファクトリー”で作品を作るにあたっては、特に企画内容について制約などはなかったんでしょうか?
田中:それは特になく自由に作らせていただきましたが、審査委員長を沖縄出身の中江裕司監督が務めてらっしゃって、様々なアドバイスをいただきました。卒制の「FILAMENT」を見ていただいて「“悪”の部分がすごく良い」と言っていただいて「長編でもその部分を書いてほしい」という言葉をいただいていました。僕自身も、その方向性を掘り下げてみたいという思いがあって、そこから今回の物語ができました。
大高:そもそも“悪”の部分を描こうと思ったきっかけはあるんでしょうか?
田中:ヒーロー映画やハリウッドの娯楽大作が大好きで、そういう映画を撮りたいというのは大学でもずっと思っていました。でも、いざ作るとなって企画を考えた時、よくある勧善懲悪の物語ではどうしても満足ができず、そこでもう少しヒーローと悪の関係性にフォーカスして短編を制作したんです。
僕は以前から「ダークナイト」とか大好きなんですが、ヒーローと共に悪側の視点を描いていくことで、もっと面白いものができるんじゃないかという発見ができたのが「FILAMENT」でした。これまで“悪役”として描かれてきた側のひとたちを別の描き方をしたら面白いんじゃないか? と。
今回の長編では、そうした“ヒーロー映画”の要素に加えて、同じく子どもの頃から好きだった「13日の金曜日」とか「悪魔のいけにえ」といったホラー映画の要素もあります。こうしたホラー映画のキャラクター……ジェイソンやレザーフェイスの内面の物語というのは、これまでそこまで描かれてこなかったと思うんです。どちらかというとハラハラドキドキする部分や、いかに彼らを倒すかといった部分の比率が大きいので。もう少し、キャラクターの内面を見てみたいという思いは昔からありまして、例えば彼らが本気で「殺したくない」という存在ができたらどうするのか? とか。そういう、自分が好きだったキャラクターたちのこれまで描かれてこなかった別の部分を描けるんじゃないかという思いがありました。
大高:そういう意味では、そこにまさに迫った映画の1つに「ジョーカー」があったかと思いますが、「ジョーカー」でのヴィランの内面や変化を描いていますが、どのように受け止めましたか?
田中:実は「PARALLEL」の制作期間中に公開されたんですよね。以前から楽しみにしていた映画ではあったんですけど、「もしかしたら被る部分があるのかな?」と不安なところもありつつ(笑)。もともとアメコミも好きなんですけど、ジョーカーを描きつつ、その背景を現実社会とリンクさせて批評していくという部分は知的で頭の良い作品だなと感じましたね。
大高:とても興味深いですね。“悪”を描いた作品で、他に田中監督のオススメの作品があれば教えていただけますか?
田中:僕が中学生の時に映画館で観て「映画を作ってみたい」と思わせてくれたのが「ダークナイト」でした。ヒース・レジャーが演じたジョーカーは外せないですね。それから、キャラクターという点では三池崇史監督の「十三人の刺客」で稲垣吾郎さんが演じた役も素晴らしいなと思います。あの時代と個人が抱えるもの、儚さが含まれた面白いキャラクターですよね。吉田恵輔監督の「ヒメアノール」もすごかったですね。あの作品は、大学の卒制を作っている最中か作り終わったくらいの時期に見て、衝撃を受けました。
あとは、今回の作品でも参考にした部分があるんですけど、マーティン・スコセッシの「タクシードライバー」。「マニアック」というマネキンに恋している殺人鬼の話で、イライジャ・ウッド主演でリメイクもされた作品があるんですが、そのオリジナル版のほうは、この映画に近い部分もあって、脚本を執筆する段階でよく見ていました。キャラクターの内面が読めないという意味では「ナイト・クローラー」でジェイク・ギレンホールが演じた役柄も現代的な、心が軽くなっていくヤバいやつというところで、参考にした部分はありますね。
大高:以前からヒーロー映画がお好きということですが、何か原体験のようなものはあるんでしょうか?
田中:小さい頃から「仮面ライダー」や特撮はすごく好きでした。僕は一人っ子で両親は共働きだったので、学校から帰ってひとりでいる時間が長かったんですね。そんな時、映画をよく観ていて、そこで夢中になったのが「スター・ウォーズ」やサム・ライミ版の「スパイダーマン」シリーズでした。このへんの作品を観て救われた部分があったのかもしれませんね。
大高:「PARALLEL」はゆうばり国際ファンタスティック映画祭2021 にて長編コンペ部門でグランプリとフィルミネーション賞を受賞しましたが、映画祭での反響・評価はいかがでしたか?
田中:審査員の方たちに受賞の際に言われたのは「映像で描こうとする優しさみたいなものを感じた」ということでした。僕自身もこの映画で怖いものや怒りを描こうとしたつもりはなくて、沖縄で映画を作るとなった際にこの題材を選んだのは、自分の友達から子どもの頃に負ったトラウマがなかなか消えないという相談をされていて、それに付随して“変身願望”みたいなものが強くなっていくという話を聞いていたのがきっかけなんです。それに対して自分が言葉で何かを言ったところで力を持たないという実感があって、だからこそ映画を作りたいというのがあったんです。だからこそ、審査員の方たちから、この映画の中に「優しさを見つけた」と言っていただけたのは嬉しかったですね。
大高:他にも映画祭に出品されていますが、どんな感想が多いですか?
田中:観た人によって全然違う感想をいただくことが多いです。ゆうばりは“ファンタスティック映画祭”ということもあって、そういう部分で評価をいただいたのかなと思いますし、それ以外では純愛要素を感じていただけている方も多いですし、2人のトラウマという1点を強く受け止めて、過去に虐待を受けて育ったという方からすごく長い感想をいただいたこともありました。あとは、劇中で登場する親友の佳奈という女の子に興味や共感を抱いたという方もいて、本当にいろんな見方があるんだなと感じました。あのキャラクターは、女性の愚痴や相談から生まれたキャラクターだと感じているので、女性の共感を得ている部分が強いのかなと思いますね。
■“ヒーロー映画”というより“変身映画”
大高:脚本づくりやキャラクター造形はどのようにされたんでしょうか?
田中:コスプレ殺人鬼に関しては、何かに似せたいという気持ちがなかったので、自分の中で「こんなやつがいたらどうしよう?」という思いを乗せて作った部分が大きいですが、どこかにこれまで観てきたホラー映画やジャンル映画で出てきたキャラクターがちらつく瞬間が取り入れられたらいいなという思いもありました。ただ、アニメの世界に行きたくてコスプレして人を殺しているという思いというのがどういうものなのか? 脚本づくりの段階でその心の中に入っていく作業はものすごく大変でした。
大高:リサーチというより、ご自身を同化してその心理を読み解きながら作っていった部分が大きい?
田中:そうですね、想像しながら。でも、コスプレを普段からされている方の記事を読んだり、“変身”ということへの思いを抱えたトランスジェンダーの方の本などを読んで、それぞれの変身願望であったり「こう変わりたい」「こうなっている時に落ち着く」といったことはリサーチして考えていきましたね。
今回の作品では、誰を“悪”として描いているというわけでもなく、それぞれが描かれていない心の傷を負っていて、その傷から逃れるためにいろんな変身の形を描いていて、それぞれに傷の形が違うからこそ、社会でどう生きるかという変質の形が違っていて、それがキャラクターの違いになっているのかなと思います。だからこの映画は“ヒーロー映画”というより“変身映画”なんだなと思います。
大高:本作でも強い印象を与えるところだと思いますが、主人公が二次元のキャラクターに変身するという部分の演出意図に関して教えていただけますか?
田中:先ほども言いましたがもともとヒーロー映画が大好きで、ヒーローになろうとする人から「変身したい」という願望をすごく感じる部分があって、それはこの映画を作っていてより強く感じたんですね。「仮面をつけたい」「強くなりたい」といった思いですね。
今回のコスプレ姿の殺人鬼に関しては、昔からああいうコスプレ姿のキャラクターがいたら面白いなと考えつつ、どういう描き方をしたら一番面白いかという答えは持っていなくて、アニメーションも以前から好きだったので、実写だけでなくアニメーションを絡ませることで、人間の心のもっと奥の部分まで描けるんじゃないか? という思いもあって、それがコスプレ殺人鬼の存在とうまく合致したという感じですね。コスプレで殺人するという部分にものすごい狂気も感じますし、「アニメの世界に行きたい」というのも変身願望の中でもかなり究極的だなと思っていて、異なる“次元”に行きたいってすごいですよね。でも、そうはなれない“現実”があるわけで、そこにものすごく興味を惹かれました。
大高:変身するキャラクターを男性ではなく女性にしたというのは何か意図があったんでしょうか?
田中:とくに性別を意識したということはなく、コスプレ殺人鬼を描く上で、男性の殺人鬼が「アニメのキャラクターになりたい」と考えた時、“魔法少女”って乖離が一番激しいと思って、まず最初に構造として魔法少女というものを置きました。
大高:俳優陣も非常に魅力的でしたが、どのようにキャスティングされたんでしょうか?
田中:今回、脚本にものすごく時間をかけた分、オーディションをしている時間がなくて、美喜男に関しては「FILAMENT」でも悪役を演じてもらった、大学の後輩でもある芳村(宗治郎)くんにお願いをしました。「ぜひやりたい」と言ってもらえて、脚本が完成する途中の段階で意見をもらったりしながらやっていました。
主人公の舞役のに関しては、非常に難しい役どころであり、バランスが重要だなと思っていて、いろんな方をご紹介していただいてお会いしたんですけど、なかなかピンと来なくて…。そんな中で、今回、アクションコーディネートをしていただいた遊木(康剛)さんがアクションを教えているモデルと役者をやっている楢葉(ももな)さんを紹介してくださって、会ってお話させていただいたら、ものすごくパーソナルな部分で舞という役をしっかり演じてくださるんじゃないかというのが見えてきたんですね。心に重い負荷のかかる役なので、無理やり頑張ろうとしても大変な役だと思うんですが、楢葉さんなら演じられるんじゃないかなと。加えて、僕が頭の中に思い描いていた舞に関して、“目”がものすごく重要だと感じていたんですけど、楢葉さんが本当に良い目をしてらっしゃって、それもあってお願いしました。
大高:撮影で最も苦労した点はどういう部分ですか?
田中:やはりかなりの低予算で制作したので、エンドロールを見ていただければわかりますが、僕がかなりの役職を兼任しています。監督としてディレクションだけに集中するのではなく、予算からカメラや照明といったスタッフワークの部分にまで目を配らなくてはいけなかったのが大変でした。正直、もっと監督や脚本に集中できていたらという思いもありますが、一方でこれまで見えていなかった側面が見えた部分もあったし、この映画そのものに全身全霊で向き合えたというのも大きな経験でした。
あとは、初めてアニメーションを製作したんですが、伝統的な1枚1枚、セルを作って…というやり方でやりたいという思いがあって、そこは大変でした。僕が絵を描けるわけではないので、大学の同期でそういうことをやっていた人間に相談したり、Twitterでアニメーターを志望されている方に「協力していただけませんか」とDMを送ったり、それで何とか完成させることができました。
■“この映画をより多くの人に届けたい”という思い
大高:本作の制作にあたってクラウドファンディングを利用した部分について詳しく教えていただけますか。
田中:「映像の再仕上げ」と「宣伝費」として利用させていただいたんですが今回、初めて劇場公開させていただくということで、とはいえ、なかなか予算もスタッフも少ない中で自力で作った部分が大きかったんですね。ゆうばりをはじめ、いろんなところで上映させていただく中で、そのたびにどうしても自分で仕上げきれなかった部分が見えてきて、特に仮面をかぶっているキャラクターという特性上、映画館の環境によっては、声が聴きとりにくい部分があったんですね。
映画自体は楽しんでいただきつつ「セリフが聞き取れなかった」という感想をいただくことも多くて、もっとしっかり届けたいという思いがありました。これまではブルーレイで上映してきたんですが、今回、テアトル新宿で上映させていただくにあたりDCPを制作することになったので、これがこの作品を改善できる最後の機会だと思いました。加えて、劇場公開にあたっては宣伝活動も必要となってくるので、ポスターやチラシを刷らなくてはならず、このままではやるべきことをやり切れないということで、初めてクラウドファンディングを利用させていただくことに決めました。
大高:実際に利用されてみていかがでしたか?
田中:映画を作るためではなく、一度、完成した映画の再仕上げのためにクラウドファンディングを使うってなかなか珍しいことなのかと思いますので、支援してくださる方がいるのだろうか? という不安を抱えつつスタートしたんですが、初日でいきなり5万円を支援してくださる方がいて、その方は映画祭でこの映画をご覧になったという方で、そういう方たちによる支援が徐々に増えていき、そうしたみなさんのこの映画への思いを感じることができました。
その後、この作品をまだ観ていないという方からも多くの支援をいただけるようになって、最終的には目標額の110%まで達しました。こんなに多くの方が支援してくれるのか!という驚きが一番ありましたが、やはりそれ以上に、みなさんのこの映画への思いを感じることができたし、だからこそ「届けないといけない」という思いを改めて強く抱くようになった経験でした。
大高:既に完成した映画を観た方が支援してくださるというのは、あまり多い事例ではないですが、本当の意味で製作側と同じ気持ちで「この映画をより多くの人に届けたい」という思いがあってこその支援ですね。
田中:それを感じて非常に心強かったですし、初めての劇場公開でいまも不安ばかりなんですけど、ものすごく背中を押していただけたなと思いますし「しっかり届けなきゃ」という覚悟が固まった体験でした。
大高:改めて、この作品の見どころを監督からお願いいたします。
田中:コスプレ姿で殺人を繰り返し、アニメの世界に行きたいという願望を持っているというキャラクターってなかなかこれまでの映画にいないと思うので、いままでにない殺人鬼像を提供できたのではないかと思います。「二次元の世界に行きたい」というのは、ものすごく日本的なキャラクターだと思うし、海外の映画祭にも行かせていただいて、その部分はすごく気に入っていただいた方が多かったですし、そこはポイントだと思います。
もうひとつは、これはスプラッター映画ではあるんですが、あまり見ないタイプというか、ラブストーリーの変化していくというか、ジャンルがミックスしていき、ひとつのジャンルで括り切れない作品だなと思っています。スプラッターもありつつ、人間ドラマとして純度の高いものになっていて、そこもある種、日本的で、スプラッターでありながら、襲ってくる側とのラブストーリーに展開していくというのは、いままでにない物語だと思います。
あとは、映像を気に入っていただいた方が多くて、照明も僕が自分で考えながらやっている部分なんですけど、その世界観――インディーズ映画ではなかなか見られない映像になっていると思うのでそこも楽しんでいただけたら面白いと思います。
第15回田辺・弁慶映画祭受賞作品や受賞監督の過去・新作などを特集上映する「田辺・弁慶映画祭セレクション2022」が、9月16日から10月6日までテアトル新宿で開催され、25日から29日まで「PARALLEL」は上映された。引き続き10月14日から20日までシネ・リーブル梅田で「田辺・弁慶映画祭セレクション2022」は開催され、「PARALLEL」は18日に上映される。
「PARALLEL パラレル」 配信中!
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