コラム:細野真宏の試写室日記 - 第57回
2020年1月27日更新
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
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第57回 試写室日記 「前田建設ファンタジー営業部」。きっと多くの人がノーチェックな作品。でも、実は凄く面白い日本を変え得る傑作!
2019年12月5日@アスミック試写室 配給元:バンダイナムコアーツ 東京テアトル
あなたは、昨年に公開された映画は何本くらい知っているでしょうか?
実はここ数年の日本では、映画が(期間限定や単館作品なども含め)「年間に約1200作品」も劇場公開されているのです!
だから、例えば年間にちょうど300作品を見ようとしても、それは同時に、その年公開の4作品中の1作品しか見られない、ということになります。
そのため、映画評論をする際には、試写状などを見て作品を選ばざるを得ない状況が出るわけです。
まず、私の場合は基本「大手配給会社の作品」、「大作映画」はほぼ必須なことに加えて、「ポテンシャルの高そうな作品」は見るように努めています。
そんな中、本作については正直どうしようか悩みました。
最大の要因は、タイトルに興味が持てなかった、ということでしょうか。
だって、「前田建設ファンタジー営業部」って…メインビジュアルも含めて何がしたい映画なのかサッパリ分からなかったからです(笑)。
そんな時は、「監督」と「脚本家」と「キャスト」と「賞案件かどうか」などをチェックしてポテンシャルを考えます。
本作の監督は英勉。なるほど、半々の可能性で面白い作品かな、という印象です。
これまでの英勉監督の作品では、まず、2008年のデビュー作「ハンサム★スーツ」は公開館数は少ないながらも興行収入8.6億円というスマッシュヒットをして、私は「CM業界からポテンシャルのありそうな監督が現れた」と思っていました。
次の「高校デビュー」に関しては興行的にはコケた部類ですが、私個人は「ハンサム★スーツ」よりは少し評価が上でした。
その後は、規模の小さな「行け!男子高校演劇部」、次はホラー映画に進出し「貞子3D」で興行収入13.5億円を記録し、さらに続編の「貞子3D 2」。
そして「ヒロイン失格」では桐谷美玲を主演に抜擢し見事な演出でコメディエンヌぶりを存分に発揮させ興行収入24.3億円を記録しました! 私の中では、ようやくここで「英勉監督が覚醒し始めた」と感じるようになりました。
ところが、次の日本テレビ系列の“鳥人間コンテスト”を描いた「トリガール!」で、土屋太鳳、間宮祥太朗、高杉真宙らをメインに持っていき、(「ヒロイン失格」の桐谷美玲のコメディエンヌぶりと同様に)土屋太鳳も見事に演じ切ったのですが、なぜか興行収入1億6600万円と興行的には全く振るわず残念な結果となってしまいました。ちなみに、私はこの「トリガール!」は良く出来た作品だと評価しています。
その後の英勉監督作は、乃木坂46のメンバーが出演した小規模な「あさひなぐ」、「未成年だけどコドモじゃない」、「3D彼女 リアルガール」、「映画 賭ケグルイ」といった作品を手掛けていましたが、私の個人的な印象では、出来にムラを感じるようになってきていました。
とは言え、何だかんだ言いながらも、私が英勉監督作をすべて見続けているのは、ポテンシャルのある監督なので、どこかで「当たりの作品」があると思っているところにあります。
次に「脚本家」ですが、本作は劇団「ヨーロッパ企画」主宰の上田誠で、ここでも興味を持ちました。
上田誠脚本作では、実写映画だと(「踊る大捜査線」シリーズの本広克行監督による)2005年の「サマータイムマシン・ブルース」から始まり、同じく本広克行監督で長澤まさみ主演の「曲がれ!スプーン」などがありますが、これらは興行的には残念な結果になっています。でも、私は割と好きな作品でした。
またアニメーション映画では、湯浅政明監督の「夜は短し歩けよ乙女」、第10回で紹介した「ペンギン・ハイウェイ」があります。
このように共にポテンシャルのある「英勉監督」×「上田誠脚本」では、何かが起こりそうだと感じ、とりあえず見ることを決めました。
結論から言うと、この2人の化学反応は、想像を遥かに超えて面白かったです!
実話をベースにした「上田誠脚本」が面白い上に、「英勉監督」の演出が冴えまくっていて、キャスト陣が全員と言っても過言ではないくらいにテンポの良い熱演をしています!
そして、この映画には、経済的にも大きな意味合いが秘められていたのです!
私は専門分野の1つが経済でありながら、ゼネコン準大手の「前田建設」という会社を認識していなかったのですが、本作の実話はうっすらと知ってはいました。
「あ~、この話、そういえばネットのニュースで一時期大きく紹介されていたな」と。
ただ、その背景等は全く知らなかったので、非常に興味深く、しかも終始ニヤリとしながら見入っていました。
そして、この実話には、「これからの日本の会社の在り方を考える上で重要な示唆がある」と感じました。
まず、本作は「建設会社を舞台にした話」ですが、建設会社は、かつてはダムやトンネルや発電所などの日本経済を支える大規模なインフラを作り続ける大きなミッションがありました。
でも、近年では、それらの大規模なインフラ整備はほぼ出来上がってしまったため、大型の仕事が減りつつあります。
そこで、それらを打破するために広報部において、「ファンタジー営業部」なる、半分お遊びのような有志の集まり的な部署が作られ、“新たな受注案件”として「アニメーション」の世界に入り込んでいったのです。
余談ですが、「新世紀エヴァンゲリオン」で出てくる“地下の基地”は「黒部ダム」が参考にされていて、庵野秀明監督は(通常の見学コースにはない)黒部ダムの地下内部を視察したりもしていました。
さて、本作の「ファンタジー営業部」が最初に取り掛かった案件は、「マジンガーZの格納容器」です。
「マジンガーZ」も「エヴァンゲリオン」のように“地下の基地”から登場するのですが、「地下の格納容器」はプールの下に隠されています。
アニメの世界ではシンプルに描かれていましたが、現実の世界でこれを「具現化する」には、技術的にかなり「難題」があったりするのです。
そこで、広報部の「ファンタジー営業部」は、精緻な設計図と見積もりを作るために、技術的な裏付けを取ろうと社内の専門部署からヒアリングを行なうのですが、実は広報部というのは、技術的な面を知らない人も多いので、かなり難航します。
しかも、これらのミッションは、HPに掲載し、一般の人たちに興味を持ってもらわないといけないので、難解な話はカットせざるを得ない課題もあります。
結局、この「マジンガーZの格納容器」を作ることでさえ、社内の技術では問題が解消せず、“オールジャパン的な社外の協力を仰ぐ”というあり得ない展開になっていきます。
ここで本作の“隠れた醍醐味的なもの”として見られるのが、日本は「物作りの国」と言われるだけあって「本物の技術的なプロフェッショナルが多く存在する」ということです。
こういう「影のヒーロー(ヒロイン)」たちは本来あまり表には出てこないため、このような形でプロフェッショナルの存在をしっかりと認知できるようにしたのは素晴らしい試みだと思いました。
その後、この「ファンタジー営業部」は「マジンガーZの格納容器」から、「銀河鉄道999」、「機動戦士ガンダム」、「宇宙戦艦ヤマト」などにもプロジェクトを発展させていきます。
でも、映画を見てもらえばわかるように、これらのプロジェクトが、会社にどれだけの利益をもたらし得るのかはわかりません(笑)。
あくまで「ファンタジー営業部」なので、やるのは設計図と見積もりまでで、実際に実物を作るわけではないからです。
ただ、こういう「遊び心から生まれる広報活動の試み」は、これからの日本では極めて重要になっていくと私は思っています。
なぜなら「面白くないと、人の興味を引けない」というのが現実問題としてあるからです。
事実、本作は書籍化、舞台化、映画化などといった形で、会社の大きなPRにもなっていますし。
実は、日本における大きな問題として「日本の広報は、どの組織もあまり上手に機能していない」というものがあります。
もちろん、これは民間だけでなく、政府においても、です。
政府だと、これと似たような試みとして、例えば厚生労働省関連では「わかりやすい広報指導室」という組織が作られたりもしています。
でも、政府からの情報は、いつまで経ってもわかりやすくなりませんよね。
私は、政府の「“誤解だらけの問題”の放置状態」は個人的には全く良いとは思えないので、以下のようなリーフレットを厚生労働省のHPに自発的に作ったりしています。
≫10個の「10分間講座」※外部サイトへ移動します。
このように、日本の「広報」は極めて大きな課題を抱えているのですが、政府も民間も、なかなか的確な「解」を見出せていないのが日本の現実なのです。
だからこそ、本作のような「突飛に思える成功例」には、これからの社会の「広報」に、とても大きなヒントが隠されていると思います。
「面白い上にタメになる映画」というのはそんなにないと思われます。
その意味でも、本作における「映画の広報活動」は非常に大事になるわけです。ただ、公開規模が127館くらいだと大きく認知させるのは難しい面があります。実際に本作が公開される今週末1月31日(金)だけでも大規模作品が複数公開されたりするので、何とか「口コミ」を中心に興行収入を着実に伸ばしていって欲しいところです。
本作で一番難しいのが「いかに見てもらうか」で、見てもらえれば面白いのは明らかな作品なので。
もし本作がコケたなら、「映画メディアの大きな問題」のような気さえしています。
最低でも興行収入1億円、できれば3億円くらいまでは伸ばしていって欲しいところですが、果たしてどうなるのか注目したいと思います!
筆者紹介
細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
発売以来15年連続で完売を記録している『家計ノート2025』(小学館)がバージョンアップし遂に発売! 2025年版では「全世代の年金額を初公開し、老後資金問題」を徹底解説!
Twitter:@masahi_hosono