コラム:細野真宏の試写室日記 - 第56回

2020年1月16日更新

細野真宏の試写室日記

映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。

また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。

更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)

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第56回 試写室日記 「リチャード・ジュエル」。やっとクリント・イーストウッド監督のアカデミー賞級の良質な作品が帰ってきた!

2019年12月19日@ワーナー試写室

私は、第51回の「男はつらいよ お帰り 寅さん」の時も書いたように、クリント・イーストウッド監督と山田洋次監督は、どこか似ている気がしています。

共にご高齢でありながらも、毎年、これだけのクオリティーの作品を作ってくるのは、もはや「匠の離れ技」としか言いようがなく、脱帽です。

クリント・イーストウッド監督の場合は、元々は役者として大成功していて、監督としての頭角を現したのは、1992年の「許されざる者」でしょう。

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許されざる者」は、アカデミー賞で作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞、助演男優賞などの9部門でノミネートされ、作品賞、監督賞、助演男優賞、編集賞の主要4部門で受賞したのです!

そして、2003年の「ミスティック・リバー」では、アカデミー賞にて、作品賞、監督賞、脚色賞、主演男優賞、助演男優賞、助演女優賞の主要6部門でノミネートされ、主演男優賞、助演男優賞で受賞。まさに、ここから「本格的な監督モード」に突入した感があります。

ただ、実は「巨匠への道」は必ずしも平坦ではなく、この辺りで、クリント・イーストウッド監督作は「製作費の問題」にぶつかっています。

今では「クリント・イーストウッド監督作品=ワーナー・ブラザース配給」は当たり前になっていますが、2004年の「ミリオンダラー・ベイビー」の段階では、ワーナー側が難色を示し、製作自体が難航していたのです。

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そこで、「アメリカでの配給権」としてワーナーが製作費の半分を出すことに応じた一方で、 残りは独立系の製作会社レイクショア・エンターテインメントが担うことになったのです。

そして、クリント・イーストウッド監督は、「製作費3000万ドルという低予算」をカバーするために「37日という短い撮影期間」で「ミリオンダラー・ベイビー」を制作することになりました。

そういった逆境にありながらも、「ミリオンダラー・ベイビー」はアカデミー賞で、作品賞、監督賞、脚色賞、主演男優賞(クリント・イーストウッド)、主演女優賞(ヒラリー・スワンク)、助演男優賞(モーガン・フリーマン)、編集賞の主要7部門でノミネートを果たし、この年のライバルだったマーティン・スコセッシ監督の名作「アビエイター」を抑え、作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞という主要4部門で見事に受賞を果たしたのです!

日本での興行収入は13.4億円を記録していますが、この「ミリオンダラー・ベイビー」の日本の配給元が松竹とムービーアイだったのは、こういう経緯があったのです。

そして、その後は、このような問題は解消され、2006年の「硫黄島からの手紙」では、アカデミー賞で作品賞、監督賞、脚本賞、音響編集賞にノミネートされ、音響編集賞を受賞し、日本での興行収入は51億円を記録しました。

これ以降のクリント・イーストウッド監督作については、「グラン・トリノ」、「インビクタス 負けざる者たち」、「ヒア アフター」、「アメリカン・スナイパー」などの名作ばかりなので解説は省略します。

とは言え、実は、ここ2年くらいの作品については、残念ながら、手放しでそこまで評価できるものではありませんでした。

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そんな中、ようやく本作「リチャード・ジュエル」で、「これぞクリント・イーストウッド監督作!」と言えるようなアカデミー賞級の作品が登場したのです。

まず、本作のタイトルでもあるリチャード・ジュエルというのは、アメリカで起こった「信じがたい実在の物語り」の主役となってしまった「警備員」の実名です。

日本でも今年はオリンピックの開催地であることから共通する面がありますが、本作は1996年のアメリカの「アトランタオリンピック」で盛り上がっていた最中、使命感に燃える警備員リチャード・ジュエルが、ライブ会場で爆発物を発見します。

その結果、多くの人命を救ったリチャード・ジュエルは当然のことながら「英雄」と称賛されるのですが、なぜかその“わずか3日後”には、FBIとマスコミによって、一転し「爆破事件の容疑者」とされてしまうのです…。

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当時は、アメリカ国内だけではなく、日本も含めた世界中で、この報道によってリチャード・ジュエルは「クロ」と思われてしまっていたのです。

このように、「“自分を守る術の乏しい一般人”が、どうやって世の中から『クロ』と決めつけられてしまっている事態を変えられるのか?」。

そして、「なぜマスコミや社会というのは、こうも暴走し続けるのか?」など、現在でも続く、大きな問題を考える示唆に富む作品となっています。

「作品の出来」に関しては、もう何も言うことのないクオリティーで、俳優陣もリアリティに溢れる味のある演技を繰り広げます。

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まず、主演のリチャード・ジュエルを演じたポール・ウォルター・ハウザーは、メインはコメディアンなので、まだ映画界ではそれほど知られた存在ではありませんが、 “ちょっと抜けた感じ”の正義感あふれる主人公を淡々と演じています。

そして、そのリチャード・ジュエルを弁護する弁護士ワトソン役は、「スリー・ビルボード」でアカデミー賞の助演男優賞を受賞したサム・ロックウェル。「スリー・ビルボード」では悪徳で理不尽な警官を演じましたが、本作では“真逆な役柄”であるのも面白いです。

サム・ロックウェルは2017年の「スリー・ビルボード」で、初のアカデミー賞ノミネートで初受賞という遅咲きの感がありますが、2018年は「バイス」でジョージ・W・ブッシュを演じ再びアカデミー賞で助演男優賞にノミネートされたり、2019年は「ジョジョ・ラビット」でもナチスの大尉を好演していたりと、これからますます注目されそうな役者になっていますね。

さらに、「国民の敵」になってしまったリチャード・ジュエルを傍らで見守り続けるのが、母親役のキャシー・ベイツで、本年度のアカデミー賞で助演女優賞にノミネートされているほどの熱演を見せてくれます!

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強いて言うと、個人的に少し残念なのは、本作では、音楽がクリント・イーストウッド担当でないことですかね。

年齢的にも、さすがにシンドイのかもしれませんが、私の中では、やはり「クリント・イーストウッド監督作」と言えば、あの「儚げな旋律を刻むクリント・イーストウッドの音楽」というイメージなので、できれば次こそはそうなると嬉しいですね。

とは言え、「割と似たような曲」にはなっているので、その点は、それほど気にするところではないのかもしれません。

さて、肝心の興行収入ですが、本作ではクリント・イーストウッドが出演していないことや、「リチャード・ジュエルという日本ではそれほど知られていない一般人の物語り」で、題名にキャッチーさが欠ける点などを踏まえると、話題作がひしめき合う中、興行収入は5億円くらいで終わってしまう可能性があるかもしれません。

ただ、「絶対に見て損はない名作」なので、この無謀とも言える“世界との戦いに挑んだ実話”の一部始終を目撃して、考えてみてほしいです。

この映画の主人公のようなことは「誰にでも起こり得る怖い話」でもあるのですから。

あとは、人間には寿命があるため、本作が「クリント・イーストウッド監督の遺作」にならないことを望むばかりです。

大きなスクリーンでクリント・イーストウッド監督作が見られる幸せは、そんなに回数は残っていないはずですから。

筆者紹介

細野真宏のコラム

細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。

 首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。

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