コラム:細野真宏の試写室日記 - 第38回

細野真宏の試写室日記

映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。

また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。

更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)

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第38回 「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」。監督の知名度と興行収入が一番乖離しているのは誰?

2019年8月9日@TOHOシネマズ六本木ヒルズ(マスコミ完成披露試写会) 配給元はソニー

本作の完成披露試写会は、「ライオン・キング」「ONE PIECE STAMPEDE」という2大強力作品の公開日だった8月9日(金)の夜に六本木のシネコンで行なわれたのですが、まさに、この日は“今年公開作品の初日”で「ONE PIECE STAMPEDE」が新記録を更新した、映画館にとっての最大の書き入れ時だったので、私は「なぜソニーはわざわざこの日に?」と不思議に思っていました。

これは想像ですが、きっと大きなスクリーンを押さえるのは、コスト的に大変そうな日だと思われるので。

ところがこれには「深い理由」があって、まさに、ちょうど「50年前の8月9日」に、本作のベースとなっている、ハリウッドを震撼させた「シャロン・テート殺害事件」があったからだったのです!

こういった企画からも配給会社の意気込みが感じられますが、まさにその「シャロン・テート殺害事件」を題材とした話題作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」が今週の金曜日(8月30日)から公開されます。

この映画での最大の売りは、まずは「クエンティン・タランティーノ監督作品」ということでしょう。そして「レオナルド・ディカプリオブラッド・ピットが初めて共演した作品」ということでしょうか。

ただ、今から50年前のハリウッドで「シャロン・テート殺害事件」というものがあったことを知っていた人は(私も含め)そんなに多くないのでは、と思うので、まずは本作のベースとなった「シャロン・テート殺害事件」について簡単に。

1968年に「ローズマリーの赤ちゃん」が大ヒットしたロマン・ポランスキー監督を知っている人は少なくないと思います。特にアカデミー賞で監督賞を受賞した「戦場のピアニスト」で有名ですよね。

その1968年にロマン・ポランスキー監督は(1967年公開の自身の監督作「吸血鬼」で共演した) ハリウッド女優のシャロン・テートマーゴット・ロビー)と結婚するのですが、翌年の1969年に事件が起こります。

妊娠8か月だったシャロン・テートは豪邸で友人らと一緒にいたのですが、(とばっちりな感じで)カルト集団の指導者チャールズ・マンソンの信奉者たちに自宅を襲撃され惨殺されるという「ハリウッド史上まれに見る悲劇」が起こってしまったのです。

ちなみに、たまたま脚本執筆でロンドンにいたロマン・ポランスキー監督は無事でした。

本作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」では、そんな1969年のハリウッドを舞台に「マニア的な大の映画ファン」としても有名なクエンティン・タランティーノ監督が「ハリウッドへの愛」を爆発させます!

ハリウッドへの愛を語るための“最強の道具”として用意したのが、レオナルド・ディカプリオが扮する「ピークを過ぎたTV俳優」のリックと、ブラッド・ピットが扮する「リック専属の雇われスタントマン」のクリフという本作の主役2人です。

実は、主役の2人は実在の人物ではないのです。この映画が面白いのは、単なるドキュメンタリーな史実に忠実な映画ではなく“クエンティン・タランティーノ監督流に事実と虚構が交差”する、「これぞタランティーノ作品!」となっている仕掛け、なのです。

それらの様々な仕掛けを巧みに回収している「化学反応によるラスト13分」というのが、本作の大きな見どころと言えるでしょう。

さて、クエンティン・タランティーノ監督は、私の感覚では、海外の映画監督で最も知名度があるのでは、と思うほど名前は知られていると思います。

そもそもタランティーノ監督が日本も含めて世界的に有名になったのは1994年の長編監督2作目の「パルプ・フィクション」で、カンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)、アカデミー賞で脚本賞を受賞しました。

直近でも、2009年にブラッド・ピット主演の「イングロリアス・バスターズ」ではアカデミー賞で作品賞、監督賞など主要8部門でノミネートされクリストフ・ヴァルツが助演男優賞を受賞したり、2012年にレオナルド・ディカプリオ主演の「ジャンゴ 繋がれざる者」はアカデミー賞5部門でノミネートされ、クエンティン・タランティーノが「パルプ・フィクション」以来2度目の脚本賞を受賞し、助演男優賞でもクリストフ・ヴァルツが「イングロリアス・バスターズ」に続き2度目の受賞をしています。2015年の「ヘイトフル・エイト」でもアカデミー賞作曲賞を受賞しています。

「イングロリアス・バスターズ」
「イングロリアス・バスターズ」

このように、作品のクオリティーは非常に高いのですが、強烈なバイオレンスシーンのある作品が多く、どうも日本の観客からは敬遠されているようなのです。

特に日本では、2003年の「キル・ビル Vol.1」で日本が舞台になっていることもあり配給会社GAGAの力の入れようが半端なく、かなり強烈なバイオレンスシーンのあるR-15指定ながら興行収入は25億円を記録しました。

ただ、実はこれがイレギュラーだったようで、続く2004年の「キル・ビル Vol.2」では、11億円にまで下降してしまいました。

その後の「イングロリアス・バスターズ」の時も、作品の出来が非常に良かったこともあって、配給会社の東宝東和が力を入れていた作品にもかかわらず、世界的には大ヒットしたのですが、日本での興行収入は、わずか6億円程度で終わってしまったのです。

確かに「キル・ビル Vol.2」は出来も含めて理解はできました。

ただ、このブラッド・ピット主演の「イングロリアス・バスターズ」は、アカデミー賞の主要8部門でのノミネートは伊達ではなく、本当に名作だったのですが、(いくらアカデミー賞発表前の公開とは言え)さすがにこの興行収入には驚きました。

そして「ジャンゴ 繋がれざる者」では興行収入4.7億円、「ヘイトフル・エイト」では2.4億円(最後の「ヘイトフル・エイト」はR18+指定なので、分からなくもないですが)。

「ヘイトフル・エイト」
「ヘイトフル・エイト」

このように、クエンティン・タランティーノ監督作品は、名実共に、とは残念ながら日本の興行ではなっていないのです。

理由として考えられるのは、まずは「強烈なバイオレンスシーン」でしょうか。そして近年では、上映時間が2時間半は標準といった長さもあるのでしょうか。

ただ、少なくとも前者の「強烈なバイオレンスシーン」への心配は、本作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」では不要で、おそらく「一番見やすいタランティーノ作品」になっていると思われます。

とは言え、確かに上映時間は2時間41分なので、やや長いのかもしれません。

ただ、かなりハリウッド映画愛に溢れた「何とも言えないような贅沢な時間を劇場で過ごせる」という意味においては、これまでの長さとは別の意味があると思います。

キル・ビル」は本来1つの作品だったので、1つの作品とカウントされていて、クエンティン・タランティーノ監督はこれまで8本の長編映画の監督をしていて、今回の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」が9本目となります。

そして、次回の10本目(「スタートレック」のリブート版?)で監督業を引退する意向を以前から表明しています。

こういった発言を聞くと、本作のレオナルド・ディカプリオ役からは、「タランティーノ監督自身」が見え隠れしているようにも思えてきます。

その視点からも見てみると、本作の、また違った深さが感じられると思います。

苦悩するレオナルド・ディカプリオの演技は、それこそ過去最高レベルで良かったりもします。

クリエイティブな仕事においては、その人なりの哲学があって、クエンティン・タランティーノ監督が粗製乱造を繰り返すことなく1つ1つ拘り抜いて作品を作ってきた姿勢には敬意を表したいです。

その意味でも、クエンティン・タランティーノ監督作品が日本の興行で名実共に、を実現するために何とかヒットの目安の興行収入10億円を突破してほしいと思っています。

これまでタランティーノ作品が苦手だった人も、せめて「イングロリアス・バスターズ」と、いち早く公開されている全米で、それ以上に大ヒットしている本作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」くらいは見ておいてほしいですね。

筆者紹介

細野真宏のコラム

細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。

 首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
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