コラム:ニューヨークEXPRESS - 第54回

2025年11月11日更新

ニューヨークEXPRESS

ニューヨークで注目されている映画とは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。


衝撃作「Sirât」、細田守新作「果てしなきスカーレット」も!今年のニューヨーク映画祭で注目した5本を紹介

63回目を迎えたニューヨーク映画祭。今年は主要作品34本が選出され、新たにスポットライト作品12本も加わり、9月26日から11月13日までニューヨークのリンカーン・センターで開催された。今回は、その中でも筆者が鑑賞した選りすぐりの5作品を紹介しよう。

●「Sirât

「Sirât」
「Sirât」

まずは冒頭のタイトルについて。「Sirât」(シラート)は、地獄と楽園を結ぶ橋を指す宗教用語に由来し、「天国へ続く道だが、地獄へ落ちずに渡るのは悪魔的に困難だ」と解釈が多用に出来るという説明がされる。

オープニングでは、モロッコの砂漠に大きなスピーカーが設置され、轟音に合わせて群衆が宴を催し、そこで踊る若者と観客をトランス状態へと誘っていく。今作は、各地でレイヴ(ダンス音楽を一晩中流す大規模な音楽イベントやパーティーを行う人々)を行う仲間たちと、そんな音楽に取り憑かれた娘を探す父親ルイス(セルジ・ロペス)と息子エステバン(ブルーノ・ヌニェス)を追ったロードムービーだ。観客は、レイヴを各地で行う薬漬けでタトゥーだらけのヒッピー集団と共にモロッコの砂漠を叙情的に漂流していく。

最初の1時間は、ガソリンの物々交換や不安定な岩場・水域の越え方など、問題解決型の“冒険映画”のように見える。ただし、フランス生まれでありながら、スペイン・ガリシアのコミュニティで育ったオリバー・ラクセ監督は、これまでに4本の長編映画を制作し、全てカンヌで初上映されている気鋭の監督だ。彼はしばしば非プロの俳優を起用し、常に現代の社会的・政治的病弊に鋭い眼差しを向けているのが魅力である。

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今作は、自身の最も政治的な作品だと語っており、登場人物たちは、道中で内政の激しい状況下を窺わせる兵士たちとの遭遇や、全く人影のない中で地雷が設置されている砂漠を通過することになる。国境と文化の狭間で起こる出来事でありながらも、あえてこの親子やヒッピー集団以外の人物とは深い接触を持たず、周囲の環境説明は一切回避している。

常に視覚的に観客を別世界へ誘い、詩的リアリズムとダンスミュージックが融合することで、唯一無二の手法で映画的な興奮を呼び覚ましてくれる。哲学的・実存的な思索の余地をたっぷり残すシンプルな筋書きと、最後まで絶対に予測のつかない衝撃の展開に、これまでに類を見ない独自性を持った映画だと感じた。

おそらく今年見た映画の中でも、最も刺激的な作品だったことは間違いない。


●「果てしなきスカーレット

「果てしなきスカーレット」日本公開は11月21日
「果てしなきスカーレット」日本公開は11月21日

20年以上にわたるアニメ映画の製作を通して、「おおかみこどもの雨と雪」のような親密なドラマから、SF要素をふんだんに盛り込んだ「サマーウォーズ」といったハイコンセプト作品まで、さまざまな作品を手がけてきた細田守監督。新たに挑戦したのは、ウィリアム・シェイクスピアの「ハムレット」をベースにした復讐劇である。しかし、過去や未来からの人々が同時に存在する死後の世界を描いており、生きることへの意味を多様な観点から真摯に見つめた極上の1本に仕上がっている。

竜とそばかすの姫」以来4年ぶりとなる本作は、中世の王の娘として生まれたスカーレットが、叔父クローディアスを支持する母親ガートルードに裏切られた父親アミュレットの仇を討つことを誓う。しかし、志半ばで、卑劣なクローディアスに毒殺されてしまうのだ。だが、スカーレットが足を踏み入れたのは、幻想的なファンタジーの死後の世界ではなく、さまざまな世界や時代、背景を持つ人々が集う“あの世”だった。

その世界では、頭上の雲は海の波のようにうねり、巨大な竜が空を泳ぎ、その軌跡に稲妻の閃光を残す。赤髪のスカーレットは溶岩に満ちた荒れ野を彷徨うが、ある日、現代から来た看護師・聖と出会う。

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まず注目したいのは、長年の人類の歴史や近年の戦争において「復讐劇は何も生まない」と我々は理解しながらも、「身内が殺されたら、復讐せずに生きることはできるのか」という議題を立ち上げている点。細田監督は、死後の世界でもそれは永遠の課題であると、観客に突きつけている。

細田監督は、これまでの作品で2つの世界を交差させて描いてきた。「竜とそばかすの姫」では、インターネット仮想世界と現代、「未来のミライ」では時空を超えた旅路として描いているが、今作では現代と中世が舞台設定である。これはダンテの「神曲」の影響があったそうで、同作ではタイムリープしていることを彷彿させる場面があり、それをベネチア映画祭の記者会見でも言及していた。

何といっても今作の魅力は、ジャンヌ・ダルクやエリザベス1世を彷彿とさせるスカーレット役の芦田愛菜の圧倒的な演技である。NHKの番組でもナレーションをこなしたことのある彼女の声は、カメラの前で彼女が見せる演技と同様に、意志が強く、感情の起伏が難しいスカーレットを見事に声で体現している。さらにその傍で、スカーレットを支える聖役の岡田将生との掛け合いも、目が離せない魅力として捉えることができる。

映画の冒頭では、「ここでは、過去と未来も溶けている」というセリフが語られる。今を生きることは、過去から得た知識や教養を学び、今にいかして生きることでもあり、さらに今を生きながらSDGsなどで未来を見据えて生きていることでもあるような、深い意味合いを持たせた映画に仕上がっている。


●「Anemone(原題)」

「Anemone(原題)」
「Anemone(原題)」

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」「リンカーン」などでお馴染みの名優ダニエル・デイ=ルイスが、息子ローナン・デイ=ルイスと共に共同で脚本を執筆し、自ら主演も務めた意欲作であり“俳優復帰作”。ニューヨーク映画祭の記者会見では、ダニエルは「他にやりたいことをやっていただけで、俳優を引退するつもりではなかった」ことを明かしており、彼がまた映画界の第一線で活躍する姿を見れるのは非常に喜ばしいことである。

本作では、過去に従軍経験のある兄弟、レイ(ダニエル・デイ=ルイス)とジェム・ストーカー(ショーン・ビーン)の断絶した関係からストーリーが展開される。北アイルランド紛争での従軍から20年後、レイは人里離れた森の中で、木材で作られた小屋のような場所で孤独と向き合いながら生活を送っている。室内では読書、海運予報、そして電子機器いじり、屋外では焚き火用の木を斧で叩き割ったり、川で魚を釣って暮らしていた。

一方、彼の不在の中で順応性のあるジェムは、レイの元妻ネッサ(サマンサ・モートン)の夫となり、彼女の10代の息子ブライアン(サミュエル・ボトムリー)の父親になっていた。

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注目すべき点は、祈りと厳粛な表情で家族とのしばしの別れを告げたジェムが、レイの小屋を訪れる前後のシーンである。全く隣人もいないような人里離れた森の奥で暮らすレイの家を、緯度や経度が記された紙を頼りに探す過程――そんな場所で暮らすレイの気配を感じた時の対応、そしてジェムを家に招き入れた時の一連の対応が、全くセリフなしに、目線や体の動きだけで演じられている。そんな時を埋めていくダニエル・デイ=ルイスショーン・ビーンの演技が圧巻で、改めて彼らの凄さに驚かされる。

それと同様に着目すべき点は、そんな2大俳優をデビュー作でありながら、自然と人の孤独、家族や過去を交錯させて、時には落ち着いた演出、時には感情的に演出するローナン・デイ=ルイスの手腕だろう。

その他には、ネッサ役のサマンサ・モートンが、実の父親不在で問題を抱えた青年ブライアンに対処し、病院で働き、固定電話が絶対にない場所からの知らせを待つ姿が胸を打つような演技を披露している。


●「ノー・アザー・チョイス(英題)

「ノー・アザー・チョイス(英題)」日本公開は2026年3月
「ノー・アザー・チョイス(英題)」日本公開は2026年3月

ドナルド・ウェストレイクの小説「斧」を基にしたパク・チャヌク監督、イ・ビョンホン主演の辛辣なコメディ映画で、今年のトロント、ベネチア、ニューヨーク映画祭などにも出品された注目作。

新たな世代の容赦ないリストラを題材にした今作は、製紙会社で25年間勤めたユ・マンス(イ・ビョンホン)が、勤続表彰としてウナギを贈られるところから物語が始まる。仕事に満足し、成功を収め、広々とした自宅、そして家族も妻ミリ(ソン・イェジン)、10代の息子シオン(キム・ウソン)、そしてほとんど口を開かずチェロの演奏をする思春期の娘リオン(チェ・ソユル)と恵まれていた。ところが残念ながら、その幸せは長くは続かず、彼はあっさりと解雇されてしまう。

同じような失業者で飽和状態の就職市場で、新しい仕事を見つけるのに苦戦し、テニスとダンスに明け暮れる日々を送っていた妻ミリも歯科衛生士として職場復帰するものの、住宅ローンの債務が夫婦に自宅売却を迫ることになる。

ところがある日、妻のミリの何気ない一言をきっかけに、マンスは自らの苦境を解決する方法は「他人を死なせること」だと悟る。

製紙会社の大物、チェ・ソンチョル(パク・ヒスン)から始めようとして、父がベトナムで使用した銃を手に、マンスはソンチョルを処刑しようと動き出す。しかし、とてつもない殺人を遂行する前に、彼はその地位を狙う無数の候補者を打ち負かさねばならないのだと気付き、そこでさらに巧妙な計画を考えた。架空のペーパーカンパニーを装った雑誌広告で履歴書を募り、最も手強いライバルを特定して殺害し、頂点に立つ地位を確固たるものにするが、紆余曲折の展開が待ち受けていた、というものだ。

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特に目を見張るのは、彼が穏やかな性格でありながら暗く狂気じみた衝動と葛藤しているイ・ビョンホンの演技である。標的とした男に対しても、情が湧いてきたり、人間味が描かれていて、時には殺人シーンなのにコミカルな要素を感じさせるパク・チャヌクの演出も秀逸。コーエン兄弟の初期の頃の作品「赤ちゃん泥棒」「バートン・フィンク」を彷彿とさせるだけでなく、求職者の悩みや失敗を映し出しているのも魅力の一つである。


●「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ

「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」日本公開は11月14日
「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」日本公開は11月14日

米国でも代表的なシンガーソングライター、ブルース・スプリングスティーンの若き日を描いた音楽ドラマ。1975年リリースのサードアルバム「明日なき暴走 BORN TO RUN」で世界的に名を馳せた彼が、成功を経て、それほど望んでいなかった地位や名声を得たことへのフラストレーションと、過去の出来事にいまだに取り憑かれながらも、1982年にささやき声のような、身震いするような芸術作品としてアルバム「ネブラスカ」を作り上げた過程に焦点を当てている。

ウォーレン・ゼインズの著書「Deliver Me from Nowhere」を原作に、「クレイジー・ハート」のスコット・クーパーが監督・脚本を手がけた。ドラマ「一流シェフのファミリーレストラン」のジェレミー・アレン・ホワイトブルース・スプリングスティーン役に挑戦し、ギター、ハーモニカ、歌唱トレーニングなどを経て若き日の姿を体現している。

1975年のアルバム「Born to Run」は、彼を予想以上に早く大スターへと押し上げた一連のヒット曲を生み出した。そして1981年、1980年の2枚組アルバム「The River」のサポートツアーを終えようとしていた彼は、自らの名声に戸惑い、疲れ果てていた。彼は普通の人々から孤立していると感じていたのである。

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彼は次の道を模索し、数曲を書き上げるため、ニュージャージー州コルトズネックの小さな賃貸住宅に身を隠した。そこで4トラックレコーダーに録音した曲は、この世のものとは思えないデモとなり、後にそれを守り抜くことになる過程を捉えている。ある意味、スプリングスティーンがアーティストとして自信を確立した瞬間を捉えているように思えた。

そして、そんなスプリングスティーンの要求を飲み、彼を支持した当時のマネージャーであり親友のジョン・ランダウ役を演じたジェレミー・ストロングの演技にも注目していただきたい。そして、あえてスプリングスティーンの色鮮やかな経歴の通過点を捉えた伝記映画にはせずに、スプリングスティーンの過去を白黒のフラッシュバックを随所にちりばめたり、彼のアーティストとして確立した瞬間に焦点を当てたスコット・クーパー監督に敬意を表したい。

筆者紹介

細木信宏のコラム

細木信宏(ほそき・のぶひろ)。アメリカで映画を学ぶことを決意し渡米。フィルムスクールを卒業した後、テレビ東京ニューヨーク支社の番組「モーニングサテライト」のアシスタントとして働く。だが映画への想いが諦めきれず、アメリカ国内のプレス枠で現地の人々と共に15年間取材をしながら、日本の映画サイトに記事を寄稿している。またアメリカの友人とともに、英語の映画サイト「Cinema Daily US」を立ち上げた。

Website:https://ameblo.jp/nobuhosoki/

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