コラム:シネマ映画.comコラム - 第33回

2023年12月11日更新

シネマ映画.comコラム

天竺奇譚がインド映画や神話についてわかりやすく解説!

インド映画の中でもいま日本で最も注目されている南インド圏の映画を配信する特集「熱風!! 南インド映画の世界」が12月15日からスタートします。

昨年から公開され今なお大ヒット上映中の「RRR」から、再び注目を集めているインド映画。本特集では、多言語国家インドの中でも、「RRR」と同じく南インドのテルグ語圏(テランガーナ州、アーンドラ・プラデーシュ州)を中心に製作された映画に焦点を当て、熱狂と興奮に満ちた選りすぐりの3作品を配信。これは映画配信サービスの「JAIHO(ジャイホー)」(www.jaiho.jp)とのコラボレーション企画である「JAIHOセレクション」の第4弾となります。

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ラインナップは、「RRR」の主演2人、N・T・ラーマ・ラオ・Jr.ラーム・チャランの出演作品であり、「RRR」「バーフバリ」シリーズ(「バーフバリ 伝説誕生」「バーフバリ 王の凱旋」)のS・S・ラージャマウリ監督作品でもある「ヤマドンガ」(2007)、ラージャマウリ監督が2009年に手がけたスペクタクルアドベンチャーの「マガディーラ 勇者転生 完全版」(2009)、そして2021年にインドで公開されその年のNo.1興収を記録した、高級木材“紅木(こうき)”の密輸を巡る争いと、ある男の壮絶な人生を描く迫力満点のエンタテインメント「プシュパ 覚醒」(2021)の3本です。

そこでインド映画をより深く楽しんでもらうために、多言語国家インドの文化についてもっと知って欲しいということで、今回の3作品の配給会社であるツインを通じ、インド文化研究家の天竺奇譚(てんじくきたん)さんに質問状を送り、インド文化から映画や神話などについて回答、解説していただきました。これを読んでから鑑賞するとより作品を楽しめることでしょう。

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天竺奇譚さん
天竺奇譚さん

■「いちばんわかりやすい インド神話」

―ご自身について簡単に自己紹介いただけますでしょうか。

▼天竺奇譚

天竺奇譚というペンネームは、学生時代から運営しているホームページ「天竺奇譚」からとっています。「いちばんわかりやすい インド神話」の出版を機に天竺奇譚を名乗ることにしたのですが、数十年前に立ち上げたホームページが、こうして現在まで繋がっていると考えると感慨深いです。

学生時代、私は大学でインドを中心とした南アジア文明を学んでいました。当時、大学には南アジア研究の最前線で活躍されている著名な先生方が大勢いらっしゃいました。今思うと素晴らしく恵まれた環境だったと思います。しかし私は、休みとなれば勉強よりもパソコンを組み立てるために秋葉原をぶらぶらしたり、バックパックを背負ってインドやネパールで遺跡巡りをしたりするような出来の悪い生徒でした……。(ちなみに同じゼミの優秀な後輩には神話学者の沖田瑞穂先生がいます。)

大学院では主にシヴァ神の図像やヒンドゥー教の寺院建築について研究していました。壁面彫刻の素晴らしさもその規模も桁外れなのがヒンドゥー教寺院なのですが、寺院そのものが世界をあらわす曼荼羅であると知ったとき、度肝を抜かれました。「梵我一如」の思想は授業で習っていたものの、ふんわりとしか理解できていませんでしたが、巨大な岩山をくりぬいてつくられた寺院を見たときに、すとんと腑に落ちたんですね。それからずっとインドの歴史と文化に恋焦がれています。


■インド神話の魅力

―インドの中でも特に“インド神話”について興味を持たれたきっかけは何だったのでしょうか? また、“インド神話”の魅力とはなんだと思いますか?

▼天竺奇譚

インド神話に興味をもったきっかけは、高田裕三の漫画「3×3 EYES」です。インドの神様が登場するファンタジーでとても面白く、毎日ノートにイラストを描いていました。その勢いで、進学時にはインドの文化が学べる大学を選びました。

インド神話の魅力は、物語の全てが詰まっているところと、深すぎる歴史でしょうか。インド神話は、最古の聖典「リグ・ヴェーダ」の時代から叙事詩「ラーマーヤナ」「マハーバーラタ」を経て現代まで、途切れることなく続いてきました。インドの神々の物語は、同じ神様でも時代や地域によって語られている物語が異なりますし、今でも全く知らない物語に出会うことがあります。どんなに調べても知らないことばかりでとても楽しいです。


■日本のゲームやアニメ、映画への影響

―日本のゲームやアニメ、映画にもインド神話が基となっているコンテンツが多くあると思います。そういった情報で有名な作品など、教えて頂けますでしょうか。

▼天竺奇譚

日本人からするとインド神話の名前の響きは、ファンタジーに使いやすいのかもしれません。かなり昔のゲームで恐縮ですが、ドリームキャストのゲーム「ファンタシースターオンライン」(PSO)に出てくるマグとよばれる防具アイテムは、インド神話から名前をとっているものがありましたし、セガサターンの「AZEL パンツァードラグーンRPG」ではヌリシンハ(ナラシンハ)がいたのにはびっくりしました。また、「女神転生」シリーズの中にもインドの神々が登場しています。ほかにもインド神話からキャラクターの名前や設定を借りたと思われるゲームや漫画、アニメ作品は多く存在します。インドではなくても、神話には魅力的な物語が多いので、制作する方々が参考にすることはよくあるそうです。

「Fate/Grand Order」(FGO)には、古代インドの叙事詩「マハーバーラタ」や「ラーマーヤナ」の英雄たちが登場します。「マハーバーラタ」からはアルジュナやカルナ、アシュヴァッターマン、ビーマやドゥルヨーダナ。「ラーマーヤナ」からはラーマやシーター。インド神話でおなじみのガネーシャやパールヴァティー、ドゥルガーなどの神々もいます。なんと、「FGO」にはインド独立運動の中心人物だったラクシュミー・バーイーも登場します。彼女は日本でも公開されたインド映画「マニカルニカ ジャーンシーの女王」の主人公です。ゲームの中で、近代インドの英雄が、叙事詩の英雄たちと共に戦うシーンは胸が熱くなりました。

あとは日本のゲームではありませんが、2021年に日本語版が配信された「ラジィ 古の伝説」というアクションRPGは、インド神話の世界を堪能できる作品です。2017年に発売された「アンチャーテッド 古代神の秘宝」では南インドのホイサラ朝の遺跡を冒険できるので、いつか必ずプレイしたいと考えています。最近はじっくり時間をとってゲームをする時間がないのですが、いにしえのゲーマーなので(笑)。


■インド神話が基になっている映画

「ヤマドンガ」
「ヤマドンガ」

―インド神話が基になっている映画は、どれくらい神話に忠実に描かれているのでしょうか。もしくは、神話を基にしながら今の時代に合わせて改変、またはフィクション化(エンタテインメント化)される場合、そういう描き方はインドで許されるものなのでしょうか。

▼天竺奇譚

インド映画には古くから神話をテーマにしたジャンルがありました。最も初期のころの映画としては、「マハーバーラタ」のエピソードをもとに製作された「ハリスチャンドラ王」があります。神々の物語はインドではとても人気があり、テレビドラマで「ラーマーヤナ」や「マハーバーラタ」が映像化された時はインド中で大ブームになりました。神話をテーマにした映画は数多く作られましたが、その後、神々が現代にあらわれる“ソシオ・ファンタジー”と呼ばれるジャンルが登場しました。「ヤマドンガ」はその中の一つです。詳しくは安宅直子先生のこちらのコラムに書かれていますのでぜひご一読ください。

ヤマドンガ」は冥界神ヤマを中心にした古代インドの神々が登場しますが、地方で崇められているヴィシュヌの化身ナラシンハのほうが力が強いことになっています。登場する神々も主神であるヴィシュヌやシヴァより下位の古代神です。古代神のほうが映画などでは扱いやすいのかもしれません。

神様映画といえば、「オーマイゴッド ~神への訴状~」がおすすめです。無神論者の主人公のところにバイクに乗ったイケメンのクリシュナがやってくるお話です。クリシュナはヴィシュヌ神の化身で、主神の扱いなので扱いが難しいと思っていたのですが、コメディタッチでありつつも、神とは、信仰とは何かをシビアにつきつけてくる内容でした。


■インド映画を鑑賞するポイント

―インド神話を基にしたインド映画を鑑賞する時、どこに一番注目されるのでしょうか。

▼天竺奇譚

インド映画を観る時には、作品にちりばめられている神話要素を探すのが楽しいです。神話がまったく関係ないように思える現代が舞台の映画でも、恋愛シーンでは会話の中にクリシュナとラーダーが出てきます。ヴィシュヌの化身であるクリシュナと恋人のラーダーは、理想の恋人と考えられているからです。ムンバイの青年が主人公の「ガリーボーイ」では、ラッパー同士の会話に叙事詩の英雄であるアルジュナがさらりと登場します。神話の物語が現代でも身近なのが興味深いです。

あとは映画に登場する寺院を探すのも好きです。インドの寺院は屋根の形で地域や作られた年代がわかるので、撮影された場所を特定してこっそり楽しんでいます。ニッチすぎる趣味なのであまり理解されることはないのですが。しかし、南インド料理店のなんどりさんが配給したことで話題の「響け!情熱のムリダンガム」では、映画に登場する寺院についてなんどりさんとお話ししたことが、同映画のパンフレットに寄稿するきっかけになりました。屋根の形で寺院を特定する能力が唯一役に立った例ですね。


■インド映画やインド神話について発信

―X(旧Twitter)やnoteでインド映画やインド神話について発信されるようになったのは、いつ頃からなのでしょうか。また、発信を続けることで身の回りで起きた変化などありましたら、教えて下さい。

▼天竺奇譚

インド神話をテーマにしたホームページを立ち上げたのは、Yahoo!Japanがサービスを始めてまもない頃だったと記憶しています。まだディレクトリ検索しかなく、「インド」で検索しても「ブラインド」「インドアスポーツ」しかなかったころです。在学中にHTMLやプログラミングを学び、ホームページを立ち上げるきっかけになりました。

大学院を修了後はIT業界に就職したこともあり、それからずっとインターネットが私の表現の場でした。ブログを使っていた時期もありましたが、ここ数年は活動の中心をX(旧Twitter)に移行しています。

ある時、Xで「バーフバリ」(「バーフバリ 伝説誕生」「バーフバリ 王の凱旋」)の中にあるインド神話要素やインドの文化について呟いていたら、出版社の方の目にとまり、それがきっかけでインド神話の本を出すことになりました。拙著「いちばんわかりやすい インド神話」の神様についての解説は、ホームページに載せていた「インド神様図鑑」の構成をもとに執筆しています。現在ホームページは改修中なので、昔のような解説は載せていないのですが、時間がある時にでもまた図鑑や神様絵の解説も入れていきたいなと考えています。noteXでは書ききれない溢れる想いをまとめる場所として使っています。

ホームページに置いてあるインド神様絵は、インド旅行中に街角で売っていたものを買い集めたのがきっかけです。それから長年こつこつと集めてきました。現在ホームページには80枚ほど公開していますが、家にはまだ山ほどあります。同じ神様の同じポーズでも、地方によって絵柄や持ち物が違うので、「これは東インドの絵柄だな、こっちは南インドだ」と見ているだけで楽しいです。


■一番ハマったインド映画

―これからインド映画を観る人に、お薦めするなら何の映画をお薦めしますか? または、天竺さんが今まで一番ハマったインド映画は何でしょうか?

▼天竺奇譚

はじめてのインド映画……とても難しいですね。「RRR」「バジュランギおじさんと、小さな迷子」……いくつも思い浮かびますが、あえておススメするとしたら「バーフバリ 王の凱旋」でしょうか。観終わったあと、一緒に「バーフバリ!バーフバリ!」と叫びたいので。あとは、今年日本で公開された「バンバン!」はアクションとハッピーなダンスとロマンスでおなかいっぱいになることができるのでとてもよいです。リティク・ローシャンさんのダンスを全世界の方がご存じになって欲しいです。「PATHAAN パターン」もおススメです。アクション映画が好きな人は先入観なしにぜひ観て欲しいです。とてもよいですので。

最近ハマったインド映画は「K.G.F: CHAPTER 1」「K.G.F: CHAPTER 2」です。インドでは「RRR」よりヒットしたことで有名な、とんでもない作品です。暴力を暴力で解決する映画なので観る人を選ぶとは思いますが、マフィアの世界で生きる主人公ロッキーの生き様があまりにも強烈で……日本での公開をずっーーーと待ち侘びていまして、まさか1と2両方が公開されると知った時は嬉しくて部屋で踊りました。


■「ヤマドンガ」にまつわるインド神話

―「熱風!! 南インド映画の世界」の配信作品「ヤマドンガ」ではインドの神様の1人、冥界神ヤマ(閻魔)が登場しますが、ヤマドンガにまつわるインド神話ネタやエピソードを少しだけ教えて頂けますか。

▼天竺奇譚

インド神話の神々は、仏教を通じて日本に渡ってきました。大黒天はシヴァ、弁才天はサラスヴァティーです。ヤマは閻魔天ですね。ヤマはバラモン教の最古の聖典「リグ・ヴェーダ」に登場する古い神です。彼は天国にある死者の国の王でした。その後、ヒンドゥー教の時代では正義の神の要素が加わり、現在では死者の魂を裁く冥界神として人々に崇められています。叙事詩「マハーバーラタ」には人間の女性がヤマと知恵比べをして彼女の夫を取り戻す物語があります。詳しくは(10月に劇場公開された際の)パンフレットや拙著に詳しく載せていますのであわせてご覧いただければと思います。

「マガディーラ 勇者転生 完全版」
「マガディーラ 勇者転生 完全版」

―最後に、「マガディーラ 勇者転生 完全版」「プシュパ 覚醒」も観ていましたら、それぞれの感想を教えてください。この2作品にもインド神話が反映(引用)されているところもあるのでしょうか。

▼天竺奇譚

マガディーラ 勇者転生」はインド神話の要素が山ほどある映画です。主人公のバイラヴァという名前は、シヴァの荒ぶる姿をあらわします。バイラヴァが敵と戦った場所にある巨大な神像もシヴァですし、現代で記憶を取り戻したハルシャが敵と対決する場所は、カルナータカ州のパッタダカルにある有名なシヴァ寺院で撮影されています。シヴァは破壊神とされていますが、病を治したり、魔物から世界を救ったりする優しい神でもあります。特にシヴァには時を制する力があるとされます。

マガディーラ 勇者転生」は、シヴァの力で現代に転生した人々の物語……と考えると、すべてがつながるのですよね。ラージャマウリ監督は神話要素を物語に取り入れるのが本当に巧みだなあと映画を観るたびに思います。インド神話を抜きにしても、私は小説も映画もハッピーなロマンス作品に目がないので、「マガディーラ 勇者転生」は本当に大好きな作品の一つです。


「プシュパ 覚醒」
「プシュパ 覚醒」

▼天竺奇譚

プシュパ 覚醒」は、一作業員が知恵と度胸と暴力でのしあがる最高に気分がアガる映画でした。直接的なインド神話の要素はそこまで濃くはないと思いますが、プシュパの出自は「マハーバーラタ」の英雄、カルナを連想させます。また、本作はインドの文化を知っているとわかることがあるかもしれません。例えば、父の葬式の時に息子は髪を剃る必要があるとか。プシュパがシュリーヴァッリを追いかけたシーンを撮影した山頂の寺院にはムルガンが祀られているとか。ヴァッリはムルガンの妻の名前なので、あの場所は何かを暗示しているのかしらと深読みしたり。(関係なかったらすみません)

ちなみにムルガンは古くから南インドで信仰されている神で、シヴァの息子である軍神カールティケーヤ(スカンダ、クマーラ)と同一視されています。あとプシュパというのは一般的にはサンスクリット語でお花のことを表します。かわいいタイトルの映画だな、と思っていましたが、観た後にいい意味で裏切られました。


なお、12月14日まで販売中の前売りチケット購入者には特典として、「ヤマドンガ」のメイキング映像(シネマ映画.com独占)とZOOM背景画像(全3種)をプレゼントします。通常1作品550円のところ440円と前売りチケットの購入が断然お得となっています。※作品を視聴するには「シネマ映画.com」の会員登録が必要です。

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▼天竺奇譚さんプロフィール

東海大学大学院文学部博士課程前期修了。修士。専門は南アジア文明学。大学院ではヒンドゥー教図像学からインド神話と寺院建築の歴史を研究。在学中にホームページ「天竺奇譚」を立ち上げ、インド神話やヒンドゥー教の神様像の多様性を紹介。2019年「いちばんわかりやすい インド神話」(実業之日本社)を出版。インド神話についての一般向け講座を定期的に行いつつ、イラストやテレビ番組の監修、映画パンフレットへの寄稿などを行なっている。

>>【「熱風!! 南インド映画の世界」はこちら!】

筆者紹介

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