「ソー ラブ&サンダー」は“一見さん”でも楽しめる映画か?【コラム/細野真宏の試写室日記】
2022年7月7日 09:00
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)(文/細野真宏)
「アイアンマン」 (2008年)から始まった「MCU」(マーベル・シネマティック・ユニバース)関連作品ですが、28作目となる映画「ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス」から新たなフェーズに入ってきたと言えるでしょう。
それまでは「MCU」関連の「映画」を見ていれば、登場人物や物語を把握できるように作られていたのですが、「ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス」ではディズニーの配信サイト「Disney+」用に作られた「ワンダヴィジョン」という「連ドラ」も見ていることが前提となっていたからです。
「MCU」という構造は、マーベル関連のキャラクターがどんどん増えていくので、世界観が広がり面白くなっていきます。
象徴的な作品としては「MCU」の22作目となる「アベンジャーズ エンドゲーム」(2019年)が集大成となり、世界興行収入が歴代1位となるメガヒットを生み出すまでになったのです!
ただ、その一方で、世界観が膨らめば膨らむほど、関連作品が増え、見る側は多くの「予習」が必要となり、ハードルが上がることにもなります。
そのため、世界一となった「MCU」というビジネスモデルも、必ずしも右肩上がりにならないのかもしれず、今後の方向性に大きな注目が集まる状況です。
なぜなら、28作目のように再び「Disney+」内の連ドラを見ていることが前提になっているとしたら、徐々に映画ファンが離れていくリスクもあるからです。
その流れで、今週末7月8日(金)から公開される「MCU」の29作目となる映画「ソー ラブ&サンダー」では、「どこまで予習すれば理解できる作りになっているのか」が重要な焦点になるわけです。
そこで、これまでの「ソー」に関連する映画をまとめておきましょう。
まず、そもそもソーは、「MCU」の4作目の映画「マイティ・ソー」(2011年)から主役の“雷の神様”として初登場しました。
そして、スーパーヒーローが集結する「MCU」の6作目の映画「アベンジャーズ」(2012年)にも登場。この時点で「MCU」が世界的にブレイクし、日本でも興行収入36.1億円を記録しています。
この翌年に、ソーを主人公とした第2弾作品で、「MCU」としては8作目の映画「マイティ・ソー ダーク・ワールド」(2013年)が公開されます。
しかし、ソー関連の映画は、「マイティ・ソー」の興行収入5億円、「マイティ・ソー ダーク・ワールド」の興行収入6億3500万円と、意外と低迷しているのです。
そこでソーが主人公の第3弾作品「マイティ・ソー バトルロイヤル」(2017年/「MCU」17作目の映画)でテコ入れが行われました。タイカ・ワイティティが監督に起用され、作風に変化が起こります。
タイカ・ワイティティ監督は、独特なユーモアセンスを持っています。
例えば、第92回アカデミー賞では作品賞を含む6部門にノミネートされ、脚色賞を受賞した「ジョジョ・ラビット」は、タイカ・ワイティティ監督が自らヒトラーに扮して、ドイツでナチスに洗脳されているジョジョ少年における「フレンドリーな幻想キャラクター」として登場しています。
このように、「通常のユーモア」というより、良くも悪くも「クセの強いユーモア」と言えます。
ソーにおいては、このテイストがウケ、第3弾「マイティ・ソー バトルロイヤル」は、批評家と観客からの評価が過去の2作品より高くなっています。
日本での興行収入も11.5億円と、これまでの倍近くに跳ね上がりました!
その功績もあってか、第4弾となる本作「ソー ラブ&サンダー」でも彼がメガホンをとっています。
そして、タイカ・ワイティティ監督は、「俳優」としても頻繁に出演。本作では、全身が岩でできている「コーグ」というソーの仲間を「マイティ・ソー バトルロイヤル」に続いて演じています。
以上の大まかな流れをまとめると、本作を見る際には「マイティ・ソー」シリーズの前3作、そしてソーが出演した「アベンジャーズ」関連の4作品の予習が必要、ということになります。
このように、無難に考察すると、いつもの「MCU」映画ということになります。
ところが、本作が「MCU」映画として独特なのは、作中で「復習」をやってくれていることなのです!
例えば、タイカ・ワイティティ監督が手掛けていない「マイティ・ソー」「マイティ・ソー ダーク・ワールド」のメインキャラクターであり、ソーの恋人だった ナタリー・ポートマン扮するジェーン・フォスターが再び登場します。
そこで、タイカ・ワイティティ監督は、本作を見る際に「予習が多すぎる!」といった、他作品のようなハードルを上げないため、ソーとジェーン・フォスターの関係性を(前3作を未見でも大丈夫なように)新たな映像を作り、劇中で「復習」してくれているのです!
その他にも「これまでのソーに何があったのか」という点を、本作だけで可能な限り分かるように、手をかえ品を変え「復習」を用意。つまり、一見さんでも理解できるように配慮しているのです。
とは言え、「復習」にも限度があるのは仕方のないことなのでしょう。
例えば、私は最初に字幕版を見ましたが、その時は、「ヴァルキリー」という女性の存在を忘れていて、「この人は誰だっけ?」と思いながら見ていました。
この女戦士「ヴァルキリー」は、タイカ・ワイティティ監督がメガホンをとった第3弾「マイティ・ソー バトルロイヤル」で登場したキャラクターでした。そして「アベンジャーズ エンドゲーム」にも登場し、アスガルドの王だったソーから新たなアスガルドの王位を譲られ「国王」になり、本作では、割と登場シーンが多くなっています。
また、「アベンジャーズ エンドゲーム」以降の世界なので、同作での知識が必要となっています。
まず、「アベンジャーズ エンドゲーム」の終盤、ソーは隠居しブクブク太っていました。本作では、その太っていた理由もサラッと解説されています。
そして、「アベンジャーズ インフィニティ・ウォー」(2018年)において、ソーは「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のメンバーに助けられ、それからは彼らと一緒に行動しています。
そのため、本作においても「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のメンバーが出てくるので、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス」も見ておいた方がいいでしょう。しかし、彼らは前半に少し出てくるくらいなので、公式HPなどでメンバーのプロフィールを押さえておけば十分とも言えます。
本作の本質的な物語は、「アベンジャーズの雷神ソー」と、ナタリー・ポートマン扮するジェーン・フォスターによる「新生マイティ・ソー」がメインとなります。
そして、敵側の新キャラは、 クリスチャン・ベール扮する「全ての神々を殺害できる」という伝説の恐ろしい剣を手にした“神殺し”ゴアで、「アベンジャーズの雷神ソー」×「新生マイティ・ソー」VS「“神殺し”ゴア」が大きな骨格となっています。
このように見ていくと、本作は、前述の知識さえ押さえておけば、「一見さん」でも見ることが可能なような気がしています。
さて、本作の肝心な興行収入について。まず、個別のキャラクターにおける作品では、4作品目となる「マイティ・ソー」シリーズが最多になっていることを改めて認識しておくことが重要です。
「MCU」映画で人気の高い「アイアンマン」、「スパイダーマン」でも3作品、「ドクター・ストレンジ」でも2本となっている現実があるのです。
そのため、「マイティ・ソー」シリーズへの期待の高さが分かります。個人的な見解では、ソーは、アベンジャーズの中でメンバーと化学反応を起こすユニークで重要な存在ですが、単独の作品では魅力が薄れてしまう印象があります。
そこで、本作の興行収入は、前作の11.5億円辺りが目途になると考えます。
字幕版と吹替版ですが、本作のヒットのカギを握るのは「タイカ・ワイティティ監督によるクセの強いユーモア」がどこまでウケるかにかかっているように感じています。
その視点でいうと、字幕版より吹替版の方が、まだ「タイカ・ワイティティ監督によるクセの強いユーモア」が伝わりやすくなっていたと思うので、抵抗の少ない人は吹替版で見た方が良い気がします。
(かと言って、「タイカ・ワイティティ監督によるクセの強いユーモア」が日本人に響くのかどうかは、別次元の話になりますが…)
アベンジャーズで3大ヒーローというと、アイアンマン、キャプテン・アメリカ、ソーとなりますが、「アベンジャーズ エンドゲーム」を経て残ったのはソーだけに。彼が今後の「MCU」でも重要な役割を果たすことになりそうです。
そのため、ソーは単体の作品でどこまで人気を伸ばせるのかが問われることになり、その点にも注目したいと思います!
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