濱口竜介監督×西島秀俊が振り返るアカデミー賞 世界における「日本映画への関心」に言及
2022年4月5日 19:41
第94回アカデミー賞の国際長編映画賞を受賞した「ドライブ・マイ・カー」の凱旋記者会見が4月5日、東京・千代田区の日本記者クラブで行われ、濱口竜介監督、主演の西島秀俊、プロデューサーの山本晃久氏が出席した。
村上春樹氏の短編小説集「女のいない男たち」に収録された小説を、西島、三浦透子、岡田将生、霧島れいからの共演で映画化。アカデミー賞での国際長編映画賞受賞は、滝田洋二郎監督作「おくりびと」(第81回:当時の名称は外国語映画賞)以来、13年ぶりの快挙となっている。
「ドライブ・マイ・カー」は、なぜ国際的に受け入れられているのか。世界各国を訪れた濱口監督は、そのような質問が投げかけられる度に「その国の人ではないので、わかるわけがない」と答えていた。「ただし、確かに言えること(=強み)は、村上春樹さんの物語であること。短編小説集は、妻を失った男性の魂の遍歴を描いています。自分自身が心掛けていたのは、村上春樹さんが長編でやられている“希望へと辿り着く”というもの。『登場人物たちは、これで大丈夫』というところまで付き合う。それを物語を構築していく際に心掛けていました。この変遷というものは、国境を越えて受け入れられるものだったと思います」と分析した。
そして、受賞スピーチを振り返る濱口監督。「受賞の直前に至るまで、自分の人生にオスカーというものが関わってくるとは思っていなかったんです。通訳の方と相談していたのは、もし受賞をした際は、それぞれのお名前を挙げて感謝をしたいということ。俳優の皆さんに感謝を述べられたことが良かったんですが、本当はスタッフ、村上春樹さんにも感謝をお伝えしたかった」と告白。さらに「残念だったのは、通訳の方はとても優秀な方。その実力をお見せする機会があまりなかった。次のチャンスがあれば……」と謝意を示していた。
無類の映画好きである西島。アカデミー賞の授賞式は「参加するまでは、かなり緊張するだろうなと思っていました。でも、実際に行ってみると、意外と緊張しなかったんです。あの場は、映画を作る人たちの集まり。特に映画愛の強い人たちが集まっている。互いの作品を称え合う場として、非常に居心地が良かったです」という。最も思い出深かったのは、授賞式前日のことだった。
西島「ジョン・カサベテス監督のお墓参りに行きました。その時、自分でも驚くほど心が動いたんです。2000年に『ハズバンズ』『ミニー&モスコウィッツ』『ラヴ・ストリームス』を見て、非常に感動しました。こんな“人間そのままの演技”がしたいと思ったんです。それから20年以上経って、ロサンゼルスに降り立ち、お墓の前で『明日、アカデミー賞に出るんだな……』と。上手く説明できないんですが、そのことにとても感じるものがありました。素晴らしい作品と偉大な魂が、僕を運んでくれたんだなと――感動しました」
「濱口監督の現場というのは、とにかく丁寧に時間をかける」と言い表した西島。
西島「(俳優同士は)役の距離を詰めるために、当然自分たちの距離を詰めていく。そこで役の関係性に引っ張られ、俳優同士が無理矢理距離を詰めていくと、どうしても無理な力が働き、歪んでしまう感じがあるんですね。時間をかけ、ゆっくりと距離を詰めて、ゆっくりと理解し合う。映画も同様のことを描いていますが、濱口監督は現場でも、その点を丁寧にやられていました。これからの現場でも、丁寧に時間をかけて、お互いの言葉に耳を澄ませる。そうやって作品に向かい合っていきたいと思いました」
濱口監督は「西島さんはずっと仕事がしたいと思っていた方。たくさん映画を見ていた20代の頃(2000年代)、西島さんが出ていらっしゃった作品を見て『日本にもこんなに素晴らしい映画、俳優がいるんだ』と思っていました。その時から惹かれていたのは『演じている』というよりも『存在している』という点」と言葉を紡ぐ。
濱口監督「存在している――こういう役者さんは、そう多くはありません。記号的に演じているわけではなく、自分の存在そのものを、そこに焼き付けようとしている。今回の現場で感じたのは、西島さんは、本当によく聴いて、よく見ているということ。何もしていないわけではなく、相手から何かを受け取り、何かを感じ、その上で場に存在している。だからこそ、西島さんと演技をするということは、他の役者さんにとっても支えになることなんじゃないかと思います」
濱口監督は、改めて村上春樹作品の魅力について「難しさでもあるのですが、内面のリアリティ」と説く。「自分がこういう風に感じてもおかしくはないという内面に関する詳細な描写があります。しかし、これは映画が不得意とするところ。映像化の際に意識したのは『文章の後は追わない』というもの。魅力的な文章であればあるほど、読者が想像したものに映像が勝つというのは難しい。あくまで、自分が受け取ったものを核として、どう映像にしていくのかということを考えました」。「ドライブ・マイ・カー」の核となっているのは、舞台俳優で演出家の家福(西島)とドライバーのみさき(三浦)の関係性だ。「この関係性というのは、車の中で会話をすることで深まっていく。この時間をどう描くのか――。『会話の表現』『乗り物に乗る』というものは、これまでやってきたことでもあったので、題材に合致するのではないかと思いました」と語ってくれた。
第94回アカデミー賞授賞式では、ウィル・スミスとクリス・ロックが関与した事件も印象に残る。「ドライブ・マイ・カー」チームは、その時どうしていたのだろうか。西島が、意外な事実を明かしてくれた。
西島「実はCMが流れている間だけ、会場から出ることができたんです。『ドライブ・マイ・カー』チームは、たまたま休憩をとっていて、会場に戻るタイミングを逸して『わたしは最悪。』チームと話し込んでいました。ですから(事件は)見ていないんです。(放送で視聴した)皆さん以上に、何が起きたのか知りませんでした。日本に帰ってきて、映像を見てから『あ、こんなことがあったのか……』という感じでした」
第92回アカデミー賞において「パラサイト 半地下の家族」が作品賞に輝いた際、ポン・ジュノ監督は「英語作品」「非英語作品」という括りが“今後は関係がなくなる”という趣旨の発言をしていた。濱口監督は「映画と言語」の関係性について、現地での実感を交えて語り出す。そこに登場するのは、前述の「わたしは最悪。」(脚本賞&国際長編映画賞ノミネート)のヨアキム・トリアー監督だ。
濱口監督「ヨアキム・トリアー監督のチームとは、特に良い関係性を築けたと思います。トリアー監督は『国際長編映画賞にノミネートされた作品は、字幕の映画というものを、この国に届けるための“仲間”なんだ』と仰っていました。この考え方は非常に素晴らしい。前提として『字幕の映画』というものがアメリカでは障壁になると言われていました。ただ、日本で字幕の映画を見るということは全く普通のこと。字幕によって、どれだけ多くの国の映画を楽しむことができているか――そのことを考えると“壁”というよりは“橋”のようなものだと思っています。字幕というものは、役者さんの声、感情を直接的に伝えるための補助として機能しています。字幕の映画は、もっともっと広まってほしい。そのためにも、自分たちの映画というものを作り続けていきたいです」
さらに、クロエ・ジャオ監督とのエピソードも披露。「ノマドランド」でオスカーを獲得したジャオ監督は、その功績が認められ、その後「エターナルズ」を手掛けている。仮にハリウッドからオファーを受けた場合は「どのような物語を手掛けたいかというのはわかりません。個人的に響き合う部分があった企画であった場合はやりたい」と話しつつ、ジャオ監督から「『正気でいなさい』と言っていただきました。これは非常に重い言葉だと思いました」と助言があったことを明かした。
濱口監督は、アカデミー賞という舞台では「“両面”感じたことがある」という。
濱口監督「3週間ほど滞在し、色々な方にお会いして、桁外れの世界であるということを実感しました。予算の規模もまったく違う世界。自分たちの作品も、段階的にスケール感を調整していかないとならないのだろうと思いました。一方、監督の方々と話して感じたのは、ひとりひとりのクリエイターがパーソナルなものに根差して製作されているということ。スティーブン・スピルバーグ監督もそうですし、ポール・トーマス・アンダーソン監督もそうです。映画から受けた喜び、人生における傷を、どうやって作品に昇華するのか。“自分自身”から考えるという印象を受けました。その点に関しては、(自分と)変わらないところなのかなと思いました。自分たちのパーソナルなものから出発をするというのは、全く間違っていないし、おそらく映画を作り続けていくための唯一の方法なのではないでしょうか。そこにどの程度の予算を加えていくのかということは、今後の業界全体の推移とも関わってくるのかなと思います」
一方、西島は「今回の僕の演技は、かなり説明を排除しているもの。これは観客の皆さんと共同で作り上げるような演技だと思っています。その演技が(世界中の)たくさんの方に見て頂けたという事実があり、これは“希望”とも言えるかもしれません」と思いの丈を述べる。
西島「撮影に入る前、監督から『ロベール・ブレッソンとカサベテスの本を読み直してください』と言われ、自分が信じている演技というものをもう1回見つめ直し『勇気を出してやろう』と思った記憶があります。日本には、僕より遥かに才能がある若い俳優さんがたくさんいます。そんな彼らが“自分の信じる演技”を突き詰めて、その先に……僕自身が信じられないような場所に行けたので、今後もこういうことが起きるのではないかなと思っています」
最後に投げかけられたのは、世界における「日本映画への関心」というもの。濱口監督は「これに関しては、はっきりと言わないといけません」と前置きし、自らの考えを述べた。
濱口監督「日本映画への関心というものは“現代”に対してのものではないと思います。『(かつて)素晴らしい映画があった』という観点で、日本映画のことが語られることはある。是枝(裕和)さんは別ですが、現代の日本映画がアメリカで注目されているとは言えません。そのような実感はありました。ただし、アジア映画全般への関心は高まっているようです。これは現地の方々からもお聞きしたこと。『イカゲーム』のヒットもありましたし、アメリカの観客は『アジアに何か面白いものがあるのではないか』という目線で(作品を)探している。しかし、この目線が日本に向かっているかといえば、そうではない。観客の好奇心を貫くような作品が出てくることを願っています。目線は向けられている。あとは、この目線に応えるような作品があるかどうかということです」
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