イザベル・ユペール&濱口竜介が語り合った「映画への信頼」 俳優とカメラの関係性にも言及
2021年10月31日 20:29
第34回東京国際映画祭と国際交流基金(JF)の共催プログラムとなるトークシリーズ「アジア交流ラウンジ『イザベル・ユペール×濱口竜介』」が10月31日に開催され、コンペティション部門の審査委員長を務めるユペールと、「ドライブ・マイ・カー」「偶然と想像」の濱口監督が対談を行った。モデレーターは、山形国際ドキュメンタリー映画祭プログラムコーディネーターで早稲田大学講師(専任)の土田環氏が務めた。
まず、トークのテーマとなったのは、お互いの印象、好きな作品について。ユペールは、フランスで公開された濱口監督作品は全て鑑賞済み。「偶然と想像」も既に見たそうだが「そのなかで好きな作品を選ぶことは難しい」という。「濱口作品を見ることで、強力な映画言語を新たに発見することができました。映画によって、本質的で、一番重要なことが表現されている。それは“人が言葉で表現すること”と“沈黙”の間に何が起きるのかというものです」と話し、それらは「ハッピーアワー」「寝ても覚めても」「ドライブ・マイ・カー」「偶然と想像」における共通項だと指摘した。
濱口監督は、ユペールの発言に「ありがとうございます。脳がとろけるような気持ちです」と笑顔を浮かべる。「イザベル・ユペールさんは、映画史そのものだと思います。自分は監督の名前で映画を見るという傾向があったのですが、好きな作品を見ていると、常にその作品の中にいらっしゃいました。今日思い当たったのは、イザベル・ユペールさんは“演技をしていること”を気にしたことがないのではないかというもの。映画の中に“いつも存在している”。それは当たり前のことのように聞こえますが、全く違います。演じるということは、とても不安なもの。その上でカメラの前に存在できるというのは、稀な事だと思っています」と語り、印象的な出演作として「エル ELLE」(ポール・バーホーベン監督)、クロード・シャブロル監督との仕事を挙げ、両監督の作品における共通点を示す。
濱口監督「“悪”というようなものへの理解。この世の中には、何か悪いことが起こる。世界とはそういう場所。それらをペシミスティックなものにするのではなく、そこから生きる力をつかみ取っていく。この共通点の中心を担っているのが、イザベル・ユペールさんだと思っています」
ユペールは「善と悪というテーマは、シャブロル監督の映画の中にいつもあるもの」と説明。「個人が直接的に善悪を体現するのではありません。周囲にあるものに、人間が汚されてしまい、悪に陥ってしまう。登場人物ではなく、状況が悪いのです。フィクションに、人が理想とするようなものを求めてはいけません。世界を理想化して描いたり、ロマンチックになったり、ロマネスクになったものを、映画に求めてはならないと思うのです。シャブロル監督が描いた世界のバージョンは、不幸なことに、我々が生きている世界。そこに真実と真理があったのです」と語り、監督が俳優との仕事において試みるべきこという話題に接続していく。
ユペール「それは、俳優が考えていること、思想があるということを見せるというもの。映画はアクションがあり、俳優の動きがある。思想を見せるということは稀なことなのかもしれません。ところが、濱口監督の作品は、俳優たちの考えていることがはっきり出ています。この『思想を見せる』ということの重要性を、最初に聞かされたのはジャン=リュック・ゴダールでした。俳優が考えているだけでは不十分です。監督がスクリーンにおいて、それを見えるようにしなければならないのです。これが監督の仕事。そして、濱口監督は、このことを実践していると思います」
濱口監督の持論では「俳優=不安を感じている存在」。演出時に意識しているのは、その不安を和らげるというものだ。「(不安を抱えていれば)周りの状況を見ることができない。これを解消するための唯一の方法は『準備をする』ことなのではないかと」と前置きし、ユペールに対して「カメラの前に立つまでの準備」についての質問を投げかけた。
ユペール「これは映画に対する信頼の問題ではないかと思いました。映画によって、私たちは動かされます。映画そのものが、登場人物の周囲にある全てのものを引き受けてくれるのです。舞台、装置、照明、色、衣装――これが我々を動かす要素になっていきます。カメラが生まれたのは、フロイトが“無意識”を発見した頃と同じ時期ですよね。見えるものと見えないもの、沈黙と言葉。フロイトは、そのようなものを発見しました。映画においては、カメラが無意識の責任を担ってくれるのです。カメラは力がある存在であり、それは私たちを見ています。私たちの中に何があるのかを探られます。顔に表情が出過ぎてしまう場合は、映画に対しての信頼がない。怖く、不安であるから、表情が出過ぎてしまうのです。映画を信頼するということは、自分を信頼することでもあります。カメラが全ての感情や感覚をとらえているのですから、それ以上のことを俳優がすれば、余分なものになってしまいます。もちろん一つの定義に収まるようなことではありませんが、私の場合は、今述べたようなことを意識しています」
この「信頼」というワードは、濱口監督にとっても重要なもの。「映画を作り始めて20年くらいになりますが、段々とカメラの能力というものを信頼するということを学んできました。カメラは、思っているよりも、多くのことを映し出してしまうものなんです。映したいものはなかなか映らず、映らないと思っているものが映ってしまう。このような問題を起こすのは、人にカメラを向ける場合。人の体とは、本人が思っている以上に“喋っている”んです。大切なことは、カメラがとらえる人の体に“映すべき価値”があると、自身で信頼することなのかなと思います」と語っていた。
濱口監督は、各作品において、ジャン・ルノワールが提唱した「イタリア式本読み」を取り入れている。ユペールは「演じる前に不安というものを感じませんか?」という濱口監督の質問に対して、この「イタリア式本読み」を例に出しながら、自らの意見を述べ始めた。
ユペール「『イタリア式本読み』によって、俳優は機械的になりますよね。それはいわば自分を捨てるという行為です。これを実践することで、最後には真実を見つけることになるのでしょう。モーリス・ピアラ監督の言葉を思い出しました。彼はいつもこんなことを言っていました。『我々は、いつも最高の映画を見ることはできない。スタートの前、そしてカットの後に起きたことが最高だからだ』。それは『イタリア式本読み』による効果にも似た、何か自然なものが出てくるからでしょう。濱口監督の質問にもお答えします。私はカメラの前に立つことについて、『怖い』と感じたことは一度もありません。演技をしなければならないということは、私にとって熱くも冷たくもない。怖くもない。あえて言うならば、どうでもいいのです。役を演じる喜びだけを考えていればいい。それ以上のことを考える必要はないのです」
「『信頼』という意味が少しわかったような気がします。監督、もしくはカメラのオーダーに対して、それに答えることで“役を掴む”と言いますか……まずは、フィクションにおける“命令”に従ってみる。だからこそ、ユペールさんはあれほど自由に存在することができるのではないか」と濱口監督。すると、ユペールは「カメラのポジションにおける問題も絡んできますよね」と話題を発展させる。
ユペール「映画はひとつの言語です。そして、監督はカメラの位置によって、俳優に話しかけているのだと思います。俳優はカメラの位置に対して、多大な感受性を持っています。カメラが遠くにあれば体の動きをとらえ、近くにあれば視線をとらえています。カメラの位置が、本当の演技指導になっているのです。そのポジションは、監督が選択するもの。映画言語が正しければ、カメラの位置は決まっていくんです。どのように演技をすればいいのか、疑問を抱くことがあります。そのような時は、カメラの位置を見れば、大半の場合、答えが出てくるんです」
濱口監督「私の先生でもある黒沢清さんの仰っていたことと繋がるものがありました。黒沢さんが仰っていたのは『監督の仕事とは、まずカメラをどこに置くかを決めること。そして、いつ回し始め、いつ回し終えるかを決める。これが監督の最も根本的な仕事』というもの。ユペールさんから『カメラの位置が俳優に与える影響』を直接聞けたことは、私にとって大きなこと。この相互作用によって映画が出来ていく」
続けて、濱口監督がユペールに尋ねたのは、ホン・サンス監督(「3人のアンヌ」「クレアのカメラ」)との仕事についてだ。
濱口監督「撮影当日の朝に脚本が渡されるという、ある種の伝説もあります。自由な映画作りをされている印象ですが、その手法はいかがでしたか?」
ユペール「(ホン・サンス組は)キャリアの中でも、最も情熱をかきたてられるような、素晴らしい経験となりました。ホン・サンス監督は、時間の節約の仕方、セリフの作り方にしても、実にユニークな方です。完成した作品は、1000%“映画”になっています。彼独自の方法で、そこに辿り着くのです。ホン・サンス監督の場合は、俳優よりも先に撮影したい場所を選びます。子どもが、まずは大きな家の絵を描き、その中に住む人々を段々と入れていくようなものです。監督は『この場所に来たいか?』と聞いてきました。そこから漠然としたストーリーを考え始めるので、シナリオもありません。けれども、その場所についての情報を与えられているので、想像力が働いていきます。やがて、その場所における夢を見始めるんです」
濱口監督は「3人のアンヌ」「クレアのカメラ」について「これまで出演された作品のなかでも、イザベル・ユペールさんが一番可愛らしいと言いますか……本当に素敵な姿が映っているので、大好きな作品です。今のお話を聞いて、いつかそのような境地に辿り着けたら、どんなに素晴らしいだろうと思いました」と告白。また、土田氏から「ユペールさんは『偶然と想像』をご覧になって、『音楽がきっかけとなり、それぞれの作品が連なっていくさまが、ホン・サンス作品を想起させる』と仰ってましたね。濱口監督、その言葉は嬉しかったですよね?」と言葉を投げかけられると「露骨に似ているところもあるので、なんとも言えない部分はありますけどね(笑)」とはにかんでいた。
トークシリーズ「アジア交流ラウンジ」は、7日まで毎日オンライン配信を行う。Zoomビデオウェビナー(登録無料)で視聴可。 第34回東京国際映画祭は、11月8日まで、日比谷、有楽町、銀座地区で開催。
フォトギャラリー
関連ニュース
イザベル・ユペール「謎が残っているからこそ想像力が働く」 「不思議の国のシドニ」日本で撮影の愛と再生の物語、意外性あるラブシーンにも言及
2024年12月15日 15:00
映画.com注目特集をチェック
【推しの子】 The Final Act NEW
【忖度なし本音レビュー】原作ガチファン&原作未見が観たら…想像以上の“観るべき良作”だった――!
提供:東映
物語が超・面白い! NEW
大物マフィアが左遷され、独自に犯罪組織を設立…どうなる!? 年末年始にオススメ“大絶品”
提供:Paramount+
外道の歌 NEW
強姦、児童虐待殺人、一家洗脳殺人…地上波では絶対に流せない“狂刺激作”【鑑賞は自己責任で】
提供:DMM TV
全「ロード・オブ・ザ・リング」ファン必見の超重要作 NEW
【伝説的一作】ファン大歓喜、大興奮、大満足――あれもこれも登場し、感動すら覚える極上体験
提供:ワーナー・ブラザース映画
ライオン・キング ムファサ
【全世界史上最高ヒット“エンタメの王”】この“超実写”は何がすごい? 魂揺さぶる究極映画体験!
提供:ディズニー
映画.com編集部もドハマリ中
【人生の楽しみが一個、増えた】半端ない中毒性と自由度の“尖った映画”…期間限定で公開中
提供:ローソンエンタテインメント
【衝撃】映画を500円で観る“裏ワザ”
【知って得する】「2000円は高い」というあなただけに…“超安くなる裏ワザ”こっそり教えます
提供:KDDI
モアナと伝説の海2
【モアナが歴代No.1の人が観てきた】神曲揃いで超刺さった!!超オススメだからぜひ、ぜひ観て!!
提供:ディズニー
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
内容のあまりの過激さに世界各国で上映の際に多くのシーンがカット、ないしは上映そのものが禁止されるなど物議をかもしたセルビア製ゴアスリラー。元ポルノ男優のミロシュは、怪しげな大作ポルノ映画への出演を依頼され、高額なギャラにひかれて話を引き受ける。ある豪邸につれていかれ、そこに現れたビクミルと名乗る謎の男から「大金持ちのクライアントの嗜好を満たす芸術的なポルノ映画が撮りたい」と諭されたミロシュは、具体的な内容の説明も聞かぬうちに契約書にサインしてしまうが……。日本では2012年にノーカット版で劇場公開。2022年には4Kデジタルリマスター化&無修正の「4Kリマスター完全版」で公開。※本作品はHD画質での配信となります。予め、ご了承くださいませ。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。