偶然と想像
劇場公開日:2021年12月17日
解説
「ハッピーアワー」「寝ても覚めても」の濱口竜介監督初の短編オムニバス。2021年・第71回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品され、銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞した。親友が「いま気になっている」と話題にした男が、2年前に別れた元カレだったと気づく「魔法(よりもっと不確か)」。50代にして芥川賞を受賞した大学教授に落第させられた男子学生が逆恨みから彼を陥れようと、女子学生を彼の研究室を訪ねさせる「扉は開けたままで」。仙台で20年ぶりに再会した2人の女性が、高校時代の思い出話に花を咲かせながら、現在の置かれた環境の違いから会話が次第にすれ違っていく「もう一度」。それぞれ「偶然」と「想像」という共通のテーマを持ちながら、異なる3編の物語から構成される。
2021年製作/121分/PG12/日本
配給:Incline
スタッフ・キャスト
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2022年3月30日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会
「ドライブ・マイ・カー」で今や時の人となった濱口竜介監督が手がけた初の短編オムニバス作品。第71回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門に出品され、銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞している。
「ドライブ・マイ・カー」はもちろん素晴らしく、日本映画の2020年代を象徴する作品であることに間違いないが、個人的な好みとしては「偶然と想像」に一票を投じたい。
親友が「いま気になっている」と話題にした男が、実は2年前に別れたかつての恋人だったと気づく「魔法(よりもっと不確か)」では、濱口監督の現場に初参加組と経験組が良いアンサンブルを奏でている。
古川琴音、中島歩、玄理の3人が、今回の濱口組を経て、別の撮影でどのようなパフォーマンスを披露するのか目を離せなくなりそうだ。
正直『ドライブ・マイ・カー』に乗れなかったので警戒心を持って劇場に言ってしまったのだが、ある意味でここまでストレートなコントだとは思わなかった。もちろんコント以外の要素もたくさんあるのだが、でも各エピソードの構成の根幹をなしているのはやはりコントだと思う。濱口監督はどうしても意図やコンセプトを前景として感じざるをえず、そこが作風や個性だとは思いつつも乗れない一因になっていて、本作もそこから外れているわけではない。作為的なセリフもナチュラルに発することができる手練れの役者がみごとだからこそ、逆説的に意図の強さを感じてもしまう。しかしながら、それでもなお余りあるくらい笑わせてもらったし、出てくる俳優たちが途方もなく魅力的だった。古川琴音にいたっては、個性と実力のある若手というより、今後の日本映画を担っていくんじゃないかと思わされるほどの貫禄を感じた。
2021年12月31日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館
3本の中編からなるオムニバス映画で、それぞれも物語にはつながりはない。タイトルにある2つの単語をキーワードに人々の悲喜こもごもが描かれるわけだが、濱口監督の鋭敏さが全編に溢れていて大変見ごたえある作品だった。偶然の出会いから、想像性が生まれ、化学反応を起こして一瞬の奇蹟のような瞬間が最後に訪れる。
日常生活で、人は意外と想像して演じているものなのだとよくわかる3本だ。1話では友人の新しい彼氏が自分の元カレだとわかり、そのことを隠して初対面の人間を演じる、2話ではセックスフレンドの大学生に頼まれ、教授を色仕掛けしようと演じる、3話では高校時代の同級生だと勘違いしてしまった2人の女性が、あえてそれぞれの級友を演じる。それぞれ、偶然の出会いから、想像して誰かを演じている。
全編、肩の力の抜けた、一筆書きのスケッチみたいな感覚なのも、心地よい。結構笑える作品なのだ。「うわー、そこで出会っちゃうあ」みたいな間の悪さとやり取りのズレの滑稽さ。誰にでも訪れそうな、ありふれた日常にこんな豊かな物語があるんだと思わせてくれる素敵な作品だった。
2021年12月21日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会
濱口竜介監督の前作「ドライブ・マイ・カー」では演劇要素がかなりの比重を占めていた。主人公が演出家として台本の読み合わせを行っているとき、参加している俳優らに「感情を込めずに台詞を読む」よう指示する。
本作「偶然と想像」でも、オムニバス3編の登場人物らはおおむね抑揚の少ない、わりと平板な口調で淡々と会話する。あるいは朗読する。それはたとえば一昔前の小劇場演劇、特に「静かな演劇」と呼ばれた演出スタイルにおける発話を思い出させる。3つめの「もう一度」で、2人の女性が途中から想像をはたらかせて“ロールプレイ”するくだりなどは、まるでエチュード(即興劇)のよう。濱口監督は演劇要素を巧みに取り込み、いわゆる映画的にリアルな会話とはまた異なる会話劇のメソッドを確立したのだと思う。
しかしそうした感情を抑えた、淡々と発せられる言葉から、人物たちのどこか空虚な内面が浮かび上がる感じも否めない。確かに各編の“偶然”は意外性があり、ストーリーの展開も面白いが、都市生活者たちが営む愛、性、人生の空虚さに対する批評なのだろうか。そんな会話劇を繰り広げる人物たちに寄り添えるか否かで、本作を心から楽しめるかどうかが分かれるのだろう。