【コラム/細野真宏の試写室日記】遂に「鬼滅の刃」が歴代興行収入1位になりましたが、あなたはどう思いますか?
2020年12月28日 13:35
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)(文/細野真宏)
遂に歴史が動く瞬間が訪れました。
これまでの日本の映画市場は、1997年の興行収入262億円の「タイタニック」を抜いて歴代興行収入1位に座り続けた「千と千尋の神隠し」を中心に、スタジオジブリ作品が席巻し続けていました。
ところが、「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」が公開73日と僅か2か月半足らずで興行収入324億7889万5850円となり、歴代興行収入1位になる快挙が起こりました。
長い間、日本では「スタジオジブリは絶対的な存在」というイメージがあったので、この状況を好ましくないと思っている人も少なくないでしょう。
実際に私が映画.comのプロレビュアーアカウントで「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」について書いたレビューに、以下のようなコメントの書き込みがありました。
(今回の記事を書くにあたり、特定されない配慮としてコメント機能をオフにしました)
【映像作品としてもドラマ性としてもジブリ作品のほうが圧倒的に優れていると思います。世間のブームに乗っかって、映像が美しいとか泣けるとかドラマが重厚だとか言ってる感性は理解しがたいです。もっと面白くて感動できる作品はアニメ作品も含めてたくさんあるのに、それらの作品をちゃんと観てこなかったのでしょうか? もっと一つ一つの作品に誠実な評価を期待します。】
まず、このコメントの言いたいことは理解します。
ただ、そもそもレビューは「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」について書いただけで、ジブリ作品と比べてはいません。
また、「世間のブームに乗っかって」書いているのではなく、(映画版のブームが起こる前の)映画公開日の午前中に一番最初のレビューとしてアップしています。
さらに、アニメーターを志していた時期もあったくらい、おそらくアニメ作品は(特に映画であれば)膨大な作品を見ています。
とは言え、この声が象徴的ですが、どうしても今の状況に不満を感じる人も少なくないのかもしれません。
そこで、今回は、この歴史的な動きを追うとともに、現状を整理したいと思います。
例えば、日本で1番人気のある料理屋に行って、「美味しい」と感じる人は圧倒的に多いのでしょう。
ただ、「そうでもない」「美味しくない」と感じる人もいるでしょう。
「同じ値段なら、私はこっちの料理屋の方が良い」と考える人がいるのは当然です。
同様に、日本で1番人気のある映画を見て、「面白い」と感じる人は圧倒的に多いのでしょう。
一方で、「そうでもない」「つまらない」と感じる人もいて当然のことだと思います。
映画は、基本、同じ料金なので「同じ値段なら、私はこっちの映画の方が良い」と考える人もいていいわけです。
要は、単なる「趣味嗜好の話」に過ぎません。
ただ、今回の「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」という作品については、このような一般論を超える事態になっていると感じています。
まず、対象年齢が驚くほど広い、という点です。
公開日の2020年10月16日以降は、まさに新型コロナウイルスが猛威を振るっている状況にあって、対象年齢が自動的に狭められてしまう環境下にありました。
しかも、「PG12」というレーティングが付いている作品なので、親または保護者の助言(Parental Guidance)が12歳未満の子供には必要になり、これも対象年齢が狭められる要因になっていました。
ところが、公開されると、未就学児から高齢者まで映画館に鑑賞に来ていて、まさに「全世代型の作品」となっていたのです。
これは、本作が持つ「ハードルの高さ」を考えると極めて異例な状況だと分かります。
というのも、スタジオジブリ作品のように単発の作品ではないので、事前の知識が必要になるためです。
(必ずしも事前の知識は必須ではないですが、知っていた方がより楽しめるのは間違いないと思います)
「名探偵コナン」シリーズのように毎回、知らない人用に登場人物や設定の説明があるわけではないのです。つまり、ある意味では不親切で、本来であれば「ハードルの高さ」から、もっと観客が少なくてもおかしくないのです。
では、なぜ、このような制約が多すぎる中で、今回のような「映画史に残る社会現象」が起こったのでしょうか?
これは、一言でいうのなら、圧倒的な「作品力」の強さでしょう。
では、どの段階からその現象が始まっていたのか。
まず、私が初めて「鬼滅の刃」という作品を知ったのは、地下鉄に乗る際に、駅のホームでFOD(フジテレビ公式動画配信サービス)のパネル広告で見た時が最初です。
まさに今回の映画の主人公というべき「煉獄杏寿郎」をドーンと打ち出したものでしたが、私は、「これは合わなそう」と敬遠してしまったくらい魅力を感じることができませんでした。
つまり、これまでの「パッと見」で映える画ではなかったのです。
これは原作の単行本の売り上げが、当初はさほど勢いがなかったのにもうなずけます。
それからしばらくして、映画化の話になります。
私は、試写における自分のルールが大まかにあって、最初に見た人でも大丈夫かどうかを自分を使ってモニタリングするため、できるだけ予習はしないようにしています。
ただ、非常にマレに、「あ、これは、予備知識がないと厳しい状況になりそう」と察することがあります。
「鬼滅の刃」に関してはまさにそれでした。
それは、事前に「劇場版 Fate/stay night [Heaven's Feel] III. spring song」という作品の試写で、同じ「ufotable」というスタジオの「クオリティーの高さ」と「一見さん向けではない作り」を知っていたからでした。
そこで、仕方なく全26話のテレビアニメ版を見てみましたが、最初は違和感を覚えたキャラクターにすぐに馴染み、結構、楽しみながら見ている自分を感じました。
特に第19話の「ヒノカミ」という回は、作画も演出も音楽も圧倒的にクオリティーが高く、「こんな凄まじいコンテンツが生まれていたんだな」と実感しました。
そして、「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」は、まさに第26話の直後から始まる映画だったので、最初から世界観に入り込むことができました。
つまり、この「テレビアニメ版の全26話を見るというハードルを超えた」という人達が、想像を遥かに超えて多かったようです。
これは、まさに「原作本の世界観の面白さ」×「ufotableというクオリティーの高いアニメーションスタジオ」の化学反応による「作品力」に他なりません。
そうして映画が公開されると、数々の映画史を塗り替える記録を打ち出し続け、これまで絶対に不可能と思われていた興行収入300億円というラインを「千と千尋の神隠し」以来、初めて超えたのです。
そして、2020年10月16日の公開日からまだ2か月半も経っていないのに、歴代興行収入1位にまで躍り出たのです!
これが如何に凄まじいスピードなのかは、上のグラフを見れば明らかでしょう。
通常の映画は、興行収入10億円に到達すれば「ヒット」で、映画館での上映期間は、「最低4週間、平均で5~6週間、最大で8週間」というのが通常の「ファーストラン」という契約になります。
それ以降は、さらなるヒットが見込める作品などは、上映したい映画館が上映するようになります。
グラフから、これまでの圧倒的な1位であった「千と千尋の神隠し」も凄まじく高い位置にいることも分かるでしょう。
私は、公開初週を過ぎた段階で「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」には興行収入350億円規模は行けるポテンシャルを感じていましたが、おそらく350億円を超えてしまうのは時間の問題のような気がします。
なぜなら、想像以上に「作品力」が強すぎるので、かつてないほどのリピーターが続出していますし、新規の人もそうなる可能性が非常に高いからです。
かく言う私もその一人で、これまでに経験がないくらい、同じ作品を見るために映画館に行っています。
これは、「原作のセリフ回しが非常に巧い」ことに加え、「ufotableの制作能力が高すぎる」ため、これ以上は考えられないくらいの「名言」や「名シーン」を生み出しているからです。
最初に見た時よりも、2回目を見た時の方が、心が動きます。
そして、2回目よりも3回目の方が、さらに心が動きます。(上映が終わった後で軽く見渡すと、女性はかなりの確率で泣いています)
正直、ここまでの感情を動かせるコンテンツを見たことがないほどです。
「千と千尋の神隠し」が抜くまで歴代興行収入1位だった「タイタニック」の時も、凄い作品だな、と思っていましたが、あの超大作を上回るレベルです。
この社会現象はまだ止まらず、興行収入400億円規模も目指せるのかもしれません。
なお、「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」の興行のスピードについては、「入場者特典の効果」という面もあるのでしょう。
ただ、これは、「製作委員会からの観客への利益還元の仕組み」に過ぎず、そんなに単純な話ではないのです。
例えば、今年の夏の勝負作だった「映画ドラえもん のび太の新恐竜」は、豪華な入場者特典を用意していましたが、目標には遠く、多く余らせる結果になったと思われます。
このように「入場者特典」というのは、人気作品にしか通用しないような「少し観客の足を軽くしてあげるためのツール」でしかありません。
利益をもっと上げられる作品であれば、製作委員会の自己負担で必要なだけ利益還元をしても良いと思います。
また、「千と千尋の神隠し」のように、再上映で、料金を大幅に安くする、というのも、同様に手法としてはアリだと考えます。
さて、「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」についての私の考えを書きましたが、ここで冒頭のような「こんな少年ジャンプの連載漫画が原作の映画がジブリ作品に勝るなどあり得ない」と考えている人も少なくないのかもしれません。
その気持ちは分かります。
私は、それこそ当初の公開時の興行収入では上手くいっていなかった「風の谷のナウシカ」からスタジオジブリ作品が好きでしたから。
(「風の谷のナウシカ」はトップクラフト作品ですが)
実は、「鬼滅の刃」と「スタジオジブリ作品」は、私は似た構造にあると思っています。
宮崎駿監督は「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」「となりのトトロ」など名作を作り続けていたのに、興行的には上手くいっていませんでした。
ただ、やはり名作は評価されます。
スタジオジブリ作品については日本テレビの貢献度が大きく、何度も放送することで、人気は着実に増えていきました。
そして「もののけ姫」では、それまでは考えられないような電波ジャックを繰り広げ、興行収入193億円(2020年の再上映後201.8億円)を記録し、当時の日本映画の興行記録を塗り替えるほど認知される国民的な映画となりました。
さらに、「千と千尋の神隠し」では、テレビCMを中心に、1年近いロングラン上映の期間中は新聞広告も掲載し続け、宣伝費も倍増させ、見事に歴代興行収入1位までの存在になったのです。
これは、長年の蓄積によって宮崎駿監督のキャラクターと共に世界観が広く浸透した結果が大きく関係しています。
初監督映画である「ルパン三世 カリオストロの城」も含めて、もはや宮崎駿監督作品は「日本の文化」になっているというのが私の持論です。
長い年月をかけ「文化」という領域までいっているため、いくらDVDを持っていようと、テレビで放送されれば条件反射的に見る人が未だ多いわけです。
一方の「鬼滅の刃」に関しては、キャラクターの画風は本来的にはすぐには定着しないものでしたが、あまりにアニメ版のクオリティーが高すぎて、一気に作品の世界観と共に浸透した、という「スピードの違い」だけの話です。
今回改めて「千と千尋の神隠し」のDVDを2回見直しましたが、少し驚いたのは冒頭からの木や草などの背景の描き方でした。
写真と油絵くらいの違いに見えるほど映像技術は進化したのだな、と時の流れを感じました。
「千と千尋の神隠し」は私の周りでもリピーターがいましたし、名作であるのは間違いないでしょう。
遊郭をモチーフにして、よくここまで主人公の千尋の成長物語に仕上げることができたと関心します。
ただ、繰り返し見て、感情がどう動くのかを確認してみましたが、正直なところ私の感性では「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」ほどではありませんでした。
もちろん「興行収入が一番高い作品=最も優れた作品」というわけでもないでしょう。
ただ、結果的に多くの人達に支持された作品には、それなりの要因があり、興行収入と作品の完成度には一定の相関関係があると思っています。
いずれにしても、今回のように経済の新陳代謝が起こったことに私は大きな希望を見出します。
これまでは前例が乏しく「ポスト宮崎駿」という概念が先行していましたが、別にそんな狭い範囲で考える必要性はなく、優れた物語を作れる人がいて、それを形にできるクリエイターがいればいいわけです。
「吾峠呼世晴」という原作者の才能は素晴らしいですし、その世界観を壊さないどころか、それ以上の形にしてみせる「ufotable」というスタジオ。このアニメーションスタジオが大きな戦力になったことで、これほど心強いものはないと思います。
“外崎春雄監督”דキャラクターデザイン・総作画監督の松島晃”というコンビのポテンシャルの高さは、恥ずかしながら本作でキチンと認識しました。
さらには、第19話の「ヒノカミ」の演出を担当した白井俊行の才能も光っていて、「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」でも演出のトップに登場します。
また、サブキャラクターデザインを担当している佐藤美幸、梶山庸子、菊池美花の3名が、「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」の終盤の、あの壮絶なバトルシーンを担当するなど、どれだけ才能に溢れているんだろうか、と頼もしく思えます。
そして、忘れてはいけないのが「計算しつくされたサントラ」のクオリティーです。
これはテレビアニメ版からやっていたのですが、「フィルムスコアリング」という手法を使って、シーンの長さに合わせて音楽を作っているのです。今後は、梶浦由記と椎名豪の2人は注目の的になるでしょう。
もちろん、老舗の東映アニメーションもまだ負けてはいないと思います。
週刊少年ジャンプ作品で「ドラゴンボール」最大のヒット映画「ドラゴンボール超 ブロリー」や、「ワンピース」最大のヒット映画「ONE PIECE FILM Z」を生んでいる長峯達也監督など、まだまだポテンシャルが高い人材は多いのです。
今年のような世界経済が危機に陥っている年に、ここまでの才能と努力が結実したのは、間違いなく来年以降にも繋がる非常に明るい出来事でしょう。
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