小栗旬×星野源 表現者としての矜持に迫る
2020年10月30日 09:00
いまから35年以上も前、食品会社6社を標的とし、日本中を震撼させた企業脅迫事件は、昭和史における衝撃の未解決事件として未だに多くの人々の記憶に居座り続けている。この事件を題材にした塩田武士氏の小説を映画化するという意欲的な企画で、小栗旬と星野源は真っ向から対峙。映画.comでは、穏やかな眼差しを注ぐふたりに取材を敢行し、“表現者”としての矜持に迫った。(取材・文/編集部、写真/間庭裕基)
今作は2016年の「週刊文春」ミステリーベスト10の国内部門で第1位を獲得するなど絶賛評が相次いだが、それは塩田氏の綿密な取材と着想が絡み合うことで、事件の真相が「本当にそうだったのではないか?」と思わせてしまうほどリアリティに溢れていたからに他ならない。誘拐、身代金要求、毒物混入など数々の卑劣な犯罪を繰り返すとともに、警察やマスコミを挑発し、最終的に忽然と姿を消した犯人グループは、身代金受け渡しの指示書代わりに子どもの声が入った録音テープを実際に使用している。一説には3人の子どもが関わったとされているが、今作ではこの劇場型犯罪に“声”として加担することになった子どもたちがその後、どのような人生を歩んだのか……、という疑問にも仮説を立てている。
同事件が発生した1984~85年当時、小栗は1歳半、星野は3歳だったため、記憶にはないという。
小栗「全然記憶にないです。ただ小学生くらいの頃、『あの事件はいま』みたいな感じの番組で時々特集されていたんですね。事件がまだ時効を迎えていませんでしたから。それを見て、キツネ目の男というものに衝撃を受けたというか、適切な表現か分かりませんが嫌な顔だなあと、子どもながらに感じたことは覚えています」
星野「僕も全く記憶になくて、同じように特別番組で見たことは覚えています。怖かったですし、劇場型犯罪というんですか、テレビ映えする感じの取り上げられ方だったこともあり、トラウマっぽく残っているという感じでしょうか」
映画は、大日新聞・文化部記者の阿久津英士(小栗)が時効になった未解決事件を追う社会部の特別企画班に組み込まれ、取材を重ねる毎日を過ごす一方、京都でテーラーを営む曽根俊也(星野)は家族と幸せに暮らしていたが、父の遺品の中から古いカセットテープと手帳を見つける。「俺の声だ……」。それは、あの未解決事件で犯人グループが身代金の受け渡しに使用した脅迫テープの声と全く同じだった。やがて運命に導かれるように2人は出会い、ある大きな決断へと向かう。
小栗と星野は、テレビドラマ「コウノドリ」で共演経験こそあるが、映画では初共演となった。今作のオファーを受けた際、作品が放つ魅力とともに、互いの存在が出演を決意する大きな原動力となったことは言うまでもない。
小栗「原作のエネルギーはもちろんですが、相手役が星野源さんとは聞いていたので、一緒にお仕事をしたいという気持ちは大きかったです。また、『コウノドリ』でも少し演出を受けたことはあるのですが、土井裕泰監督の『いま、会いにゆきます』が好きだったこともあって、もっと演出を受けてみたいという思いもあったんです。自分が飛びつきたくなるようなネタが満載だったんですよ」
星野「以前、那須田淳プロデューサーとお仕事をご一緒した際、企画の話をうかがいました。あらすじを聞きながら、『この曽根という役を星野さんで考えているんだけど、どう思う? 阿久津は小栗さんで考えているんだ』と聞いて、『すごい作品になるんじゃないか』という予感がありました。小栗くんとは『コウノドリ』で少しだけお仕事をしたきりでしたから、もっとお芝居をしてみたかった。実現するといいなあと思っていたら、正式にオファーをいただいたので、ぜひという感じでした」
本編は142分間と長めだが、冗長な印象は一切なく、見る者をぐいぐいと物語の中へと引き込んでいく。その中心にいるのは、もちろん小栗と星野だ。これまでの出演作品では見せたことのない表情を、幾つもスクリーンに刻み込んでいる。がっぷり四つに組んで対峙してみて、改めて感じた互いのストロングポイントを聞いてみた。
小栗「基本的に真似できないことだらけですが、ここ最近、取材を受けながら自分の見た星野源さんがだんだん言語化されてきているんです(笑)。自分は映像作品に出演するとき、少し分かりやすいリアクションを取ってしまうことが芝居のうえで多少ある。源ちゃんと仕事をしてみて、実際の心の中は動いているんだろうけれど、あまり表情で伝える作業をしないというのを目の当たりにして……。自分からすると、とても不安な芝居のはずなんですよ。要は、この人がいま一体何を思っているのか、見ている人にもしかしたら伝わらないかもしれないというところのチャレンジを迷わずチョイスし、そこに飛び込む勇気をもって芝居をするというのは、紛れもなくストロングポイントと言えるかもしれません。見ている方に、想像させる時間を作れるお芝居をされるんですよね」
星野「脚本を読んでいるとき、今まで僕が色々な作品で見てきた小栗旬のどれとも違うキャラクターになるんじゃないかと思っていたんです。現場に行ってみたら、やはり違うというか、僕にとってはすごく新鮮でした。華やかな役、ダーティな役、ありとあらゆる役をやってきた小栗くんが普通のおじさんを演じるという。そこに対してご本人もすごく意識されていたと聞いていましたが、全方位で色々なお芝居をできるということが、やはりストロングポイントだと思います」
小栗が息吹を注いだ阿久津は、かつて社会部に属していたが、事件記者としての在り方に疑問を抱き、立ち止まってしまう。そして特集班での取材で真相に近づいていくなかで上司、先輩、自らに対して「今さら掘り返す価値」「どんな意義があるのか」を問いかけ続けるため、図らずも観客は阿久津の眼差しから事件を追っていくことになる。
「阿久津って、原作者の塩田さんが新聞記者時代に色々なことを経験するなかで作り上げていったキャラクターだと思うんです。塩田さんにお会いする機会があったのですが、すごく熱い方で、それにも増してめちゃめちゃ明るくて、面白おかしく話してくださる。そういう軽快さみたいなものを、阿久津に少しずつ染み込ませられたらな……と思いながらやっていました」
一方、星野扮する曽根は、偶然見つけたカセットテープを再生してしまったことで、幼少期の自分の声が35年前の大事件で使われた録音テープの声と同一であることに気づいてしまう。見なかったことにも、聞かなかったことにもせず、真相を知ることに恐怖を感じながらも、真実を追い求めていく。
「自分の中で広げていきたいと思ったのは、普通の人がある日突然、巻き込まれてしまって、どうしたらいいか分からないんだけど、どうにも引き寄せられてしまう。隠すという選択肢もあったとは思いますが、どうしても体が動いてしまって調べずにはいられない。でも家族に迷惑をかけるかもしれないし、どうしたらいいんだ……という、煮え切らない部分をうまく表現できたらいいなあと思っていました。『よし、解明するぞ!』みたいな正義感とは別の方向を自分の中で培養というか、大きくしたいなあと思いながら芝居をしていました」
図らずも出会ってしまった阿久津と曽根は、ともに事件の真相に向かうなかで友情に近い感情を抱き合うようになる。あるシーンで、阿久津は「記者の矜持もない。世に訴えたいことも何もない」と吐露するが、「過去を掘り起こすことの意義」に対する答え探しは、いつしか曽根にとっても避けては通れない問題になっていく。
そこで2人に聞いてみた。記者の矜持に向き合った小栗と星野にとって、表現者としての矜持はどのようなものなのだろうか。
小栗「こういう作品に参加できる、ある種の問題提起というか、考えるということを与えられる作品に出るというのは、仕事に対して誇りを持てることではあるなと思っています。自分は芝居以外で何か大きな声を出して主張したいという考えが、もともとないんです。でも、何かに対しての憤り、不満、不信感みたいなものが芽生えたとき、作品を通して、芝居を通して、自分とは違う人間を通して伝えていきたいという思いはある。『罪の声』のような作品を通してだと、例えばですが、この数カ月のいろいろなことに対する過度なニュースの在り方、『それってあなたが記事にすることではないんじゃないの?』と思ってしまうようなプライバシーに関することを目にすることが多くあって……。この作品で描かれているのは過去の事件についてですが、マスコミの在り方、人の心に寄り添うというのは一体どういうことなんだろうか? ということを今一度問うとまでは言いませんが、ちょっと考えてみてもらえませんか? と言える作品に出演できるというのは、矜持とまでは言いませんが、これぞ役者の醍醐味かなと感じることはあります」
星野「この作品は、ニュースというものをメディアで多くの人に知らせることで生じる『見えなさ』というんですかね、知らせてしまうことで逆に見えない部分で苦しむ人が生まれたり、確実に見えないものがあるのに見えていると錯覚させてしまうことがあったり、そういう裏側・内側を描いている。ニュースを見たときに『もっと裏があるんだろうな』と思えるような、日常にフィードバックできる作品だと思うんです。見る人たちの心の中に『もっと想像して見よう』と思ってもらうために、僕はこの中で生きなきゃいけないと思うんです。役者はメッセージを伝えることも大事ですが、作品の中で生きて、思いみたいなものを画面にフワっと映すことで代弁する。当事者の言葉、事件の中の人の思いって、どうやっても感じられなかったり聞けないものじゃないですか。それを物語としてセリフを与えられて表現でき、まるでそこにいたかのような思いをさせることができるのは役者だけだと思うんです。とにかくエゴをなくしていって、役がそこに生きているような気持ちになってもらうようなお芝居をしていくということが、敢えて言うなら矜持かな……と思います」
筆者から目を逸らすことなく、正面から真摯な面持ちで「表現者としての矜持」を明かしてくれたふたりだが……。「今のコメント、僕が言ったことにしてもらってもいいですか?」(小栗)、「そういうタイプの主演? 人のコメント、取っちゃうの(笑)?」(星野)と軽快なやり取りで、すっと場の空気を和ませる振舞いは頼もしく、これからも日本映画界の先頭を走り“道標”の役回りを果たしてくれることを願わずにはいられない。
小栗は「新解釈・三國志」が12月に公開されるほか、ハリウッドデビュー作となる「ゴジラVSコング(仮題)」も21年に待機中。22年には、三谷幸喜が演出するNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に主演することも決まっている。ミュージシャン、俳優、文筆家など多彩な顔を持つ星野は、21年1月に放送されるTBS系「逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル!!」がクランクインしたばかり。多忙なふたりは5年後、10年後、何を見据え、どこに向かおうとしているのだろうか。
小栗「5年後は43歳、10年後は48歳になっているんですね。自分の中での漠然とした目標なんですが、45歳くらいまでに場所を問わず色々な環境で仕事をしていられるようになっていたいなあと今は思っています。『あいつちょっと面白そうだから使ってみようよ』と言ってくれる作り手がいたら、どこへでも飛んでいきます! みたいなことが出来ていたら楽しい未来かなあと思っています」
星野「音楽の世界では国とか言葉の壁ってあると思うので、そういうものを取っ払った状態で仕事が出来るようになっていたいですね。今年はコロナ禍でなかなか難しいですが、去年1年いろいろ取り組んできました。自分なりのやり方で、この数年のうちには壁がない状態で仕事が出来るようになりたい、壁を壊していきたいなと思いますね」
新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、映画界も転換期を迎えている。撮影現場の在り方、映画館の在り方、映画祭の在り方なども問われていくことになるが、変わらずに言えることは映画館で映画を鑑賞することは、かけがえのないひと時だということ。見ごたえのある社会派作品に仕上がった今作もまた、映画館で見るべき作品であるといえる。ふたりにとっていま、映画とはどのような存在なのだろうか。
星野「いい言葉として使われないかもしれませんが、僕は現実逃避だと思う。子どもの頃から映画、テレビ、漫画、小説など、創作物というか人の表現を見ることによって時間を忘れることがあって、テレビが点いていたりすると見入ってしまう。“ながら”仕事ができないんです。動きのある映像を目にすると、意識がどうしてもそちらへ行っちゃう。映画館は何もかも忘れられるというか集中出来るように作られていますよね。現実を生きるのって、本当に大変。僕は虚構だったり物語を見ることによって、ワクワクしたり希望をもらって生きてきた。今はそれを内側から作れる立場になれていて、小さい頃から見てきたワクワクした感覚を届ける人になりたいし、いい意味で現実逃避出来る場所を一生懸命作り続けていきたいと思います」
小栗「少しだけ話がずれてしまいますが、先日久しぶりに演劇を見に行ったら、客席に座っただけで感動しちゃったんです。なんて贅沢な時間なんだろうって。長い芝居で3時間半くらいあったんですが、すごい幸せだなと感じることができた。やっぱり他者と特別な時間を共有するという、同じ場所に来て、同じものを見て、帰っていくということが僕は好き。映画館ということでいえば、好きな女の子と映画を見に行って、この子の手に触れたいと思っている時間と映画を見ている時間と、どっちが長かったんだろうか……みたいなことを思いながら過ごす空間もいいですよね。いま、映画って定義が変わってきているじゃないですか。でも僕は、わざわざそこへ行って、それぞれの人生がその瞬間だけ交差するというのが映画や演劇の素敵なところなのかなあと思っています」
執筆者紹介
大塚史貴 (おおつか・ふみたか)
映画.com副編集長。1976年生まれ、神奈川県出身。出版社やハリウッドのエンタメ業界紙の日本版「Variety Japan」を経て、2009年から映画.com編集部に所属。規模の大小を問わず、数多くの邦画作品の撮影現場を取材し、日本映画プロフェッショナル大賞選考委員を務める。
Twitter:@com56362672
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