【「スパイの妻 劇場版」評論】クラシカルで様式的なリズムの演出による光と闇のスパイ映画
2020年10月14日 13:00
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これまで黒沢清監督の映画を見るたびに、その独特な世界の見方と映画の文体に驚きと感銘を受けてきた一人として、第77回ベネチア国際映画祭での銀獅子賞(監督賞)受賞のニュースは感慨深いものがあった。そして、コンペティション部門に出品されたその映画「スパイの妻」は、いったいどんな作品なのかとこれまで以上に期待は高まった。
「スパイの妻」は、元々は今年6月にNHK BS8Kで放送された同名ドラマを、劇場版としてスクリーンサイズや色調を新たにし、1本に再編集したもの。物語の舞台は太平洋戦争前夜、1940年の日本。相反するものに揺さぶられながら、抗えない時勢にのまれていく夫婦の愛と正義を賭けた様を描く。ロケ地、衣裳、美術、台詞まわし、すべてにこだわったというだけに一級のミステリーエンターテインメントに仕上がっている。これまで黒沢監督が手掛けてきたものとは一線を画すようなテーマ、物語とも言え、8K・スーパーハイビジョン(超高解像度のテレビ規格)撮影によるその映像表現には舌を巻いた。
振り返れば黒沢監督は、過去にもホラーやサスペンスといった要素は根底に残しながら、それまで得意としてきたジャンルとは異なる新しい映画作りに取り組んで新境地を広げてきた。例えば、1990年代末から2000年代にかけて、「CURE」や「トウキョウソナタ」などのインディペンデント作品で、刑事もの、家族や恋愛のドラマというジャンルの中で独自の死生観と黒沢節とも言える演出、映像と音で映画世界を構築し、国内外で高い評価を得た。2010年代に入ると「リアル 完全なる首長竜の日」などメジャー作品や、「ダゲレオタイプの女」など海外での撮影や国際共同製作も手掛けている。
そういったキャリアを経て取り組んだ「スパイの妻」は、黒沢監督が最新の8K・スーパーハイビジョン撮影で初めて挑んだ歴史ものである。脚本には「寝ても覚めても」の濱口竜介、「ハッピーアワー」の野原位と海外で評価された才能が参加し、音楽は「ペトロールズ」「東京事変」で活躍するミュージシャンの長岡亮介が手掛け、黒沢監督よりも若い世代との化学反応を起こしている。そして、美術の安宅紀史、衣裳の纐纈春樹が再現した昭和初期の世界観も見どころのひとつだ。
主演は、テレビドラマ「贖罪」、映画「岸辺の旅」で黒沢組に参加している蒼井優。「ロマンスドール」に続いて高橋一生が蒼井と夫婦役を演じ、ふたりの心情の変化を繊細に表現。憲兵の分隊長を演じた東出昌大とともに確かな存在感で監督の演出に応えている。
黒沢監督は最初から劇場公開も視野に入れて、映画として作り上げていることがうかがえる。スパイものというジャンルの枠組みのなか、超高解像度の撮影でどこまで登場人物の心情を表現できるのか、光と影(闇)を意識し、これまで以上にあえてクラシカルで様式的なリズムに則った演出は必見である。
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