字幕は「映画の足を引っ張っている」? 「デッドプール2」翻訳者が語る職業観
2018年6月8日 19:30
[映画.com ニュース] R指定ながら全世界で大ヒットを記録した異色のヒーロー映画の続編「デッドプール2」が6月1日に公開し、前作に負けず劣らず大ヒットを飛ばしている。その裏で、知恵を絞りに絞った人がいる。ふんだんに盛り込まれた外国語のジョークや、日本ではなじみのないもののパロディを、1秒4~6文字で伝えることを求められる字幕翻訳者だ。前作に続いて続編の字幕翻訳も担当した映像翻訳家・松崎広幸氏に、裏話とその職業観を聞いた。
東京都出身の松崎氏は、1963年生まれ。幼少期から映画好きで、映画製作に興味を持っていたが、翻訳者になろうとは「まったく思っていなかった」という。早稲田大学第一文学部を卒業後、1年間のフランス遊学でフランス語を独学で習得。帰国後にテレビ放送用の洋画の吹き替え翻訳を始め、現在は劇場公開映画の字幕・吹き替え翻訳を中心に活躍。これまで「パシフィック・リム」(吹替・字幕)、「スパイダーマン」「メン・イン・ブラック」(吹替)、「トランスフォーマー」「アイアンマン」「ソーシャル・ネットワーク」「エクス・マキナ」「デッドプール」シリーズ(字幕)などを担当した売れっ子翻訳家だ。
「翻訳者として特別な勉強をしていない」という松崎氏だが、フランス滞在時に通訳としてテレビ局をアテンドした際の仕事ぶりが評価され、帰国後にフジテレビ系列の映画番組「ミッドナイトアートシアター」の仕事が舞い込んだ。始めは映画の前後に付く解説の演出と編集を行っていたが、当時は翻訳者が不足していたことから「語学が得意そうだからやってみない?」と声がかかった。
「たまたま評判がよくて。1回で終わりだろうと思っていたら、なんとなく今まで続いちゃったんです。この方面に進みたい方がたくさんいらっしゃるのは十分承知で、いい加減なまま来ちゃって申し訳ないと思うんですけど……」
松崎氏は、その言葉通り常に“申し訳なさそう” な表情を浮かべて話す。理由は、その職業観にあった。
「ほかの国の言葉を日本語に移すということ自体が、無理なことだと思うんです。必ずどこかにゆがみが出てきます。映像翻訳は、さらに色んな制約がかかってくる。長いセリフをある程度の字数のなかで訳さなければならないとなると、原語で言っていることの何割かを省略しなくちゃならなかったり、ちょっと言い回しを変えて、時には意味さえ変えて日本語として成立させなくてはならなかったり。僕は映画の足を引っ張っているような気がするんです。画の上に字が載っているだけで、何かが損なわれている。(映像翻訳の仕事は)できるだけ映画の邪魔をしないようにという努力なんじゃないかと思います」
そんな松崎氏が、翻訳する上で「1番苦しい」と明かすのは“英語のダジャレ”。日本語でゴロよくダジャレとして成立させるために、「考えに考えます」と苦笑いする。「デッドプール2」で松崎氏が上げたダジャレの例は、デッドプールとドミノが「“運が強い”は特殊能力か」について言い合う場面。デッドプールは否定の回数を重ねるごとに「No」のバリエーションを増やしていく。アメリカのテレビ司会者で俳優のMario Lopezをもじった「Mario No-Pez」、否定を意味するスラング「Nacho cheese(Not your cheeseの短縮版)」といった具合だ。
松崎氏は、日本で知名度の低い人物を用いた「Mario No-Pez」は名前を出さずに「ちげーよ」に、「Nacho cheese」は食べ物つながりで「チゲ鍋」と訳した。大切なのは、「ダジャレ自体が面白いネタかどうかではなく、“これはダジャレです”ということが見ている人にわかっていただけること」であり、それが言語を超える上での「限界だと思います」と話す。プロフェッショナルであるからこそ真摯に限界を見つめ、それでも高みを目指す姿勢に頭が下がる。
さらに翻訳者を困らせるのが“パロディ”だ。特に「デッドプール2」のパロディは、日本の観客どころか本国の観客にも伝わりにくいネタが意図的に組み込まれているという。「世の中の人がわからないのを面白がって作っているような気もします。そして、製作側が面白がっているなというのを世の中の人も面白がるという、不思議な構造の映画だと思いますね(笑)」
「例えば『愛のイエントル』という映画が出てくるんですけれど、これは本国でも知られているかというとそうでもない。この映画のタイトルを日本語字幕で出して、一部の人が面白がればいいのか、それとも皆にわかるようにすればいいのか。その判断の答えはない気がします」
「愛のイエントル」(バーブラ・ストライサンド監督/1983)は、男装して学校に入った女性をめぐる物語。映画序盤に登場する際にはタイトル名を出すが、ケーブルに股間をナイフで刺された際のデッドプールのセリフでは伏せられた。
「I don’t need to go full Yentl」
「『愛のイエントル』を再現する必要はないんだ」
「性転換したくない」
大胆な変更にも思えるが、翻訳用の英語台本には、セリフのほかにパロディの元ネタやスラングの意味、なぜこの場面でこのセリフが発生するのかといった解説の注釈が入っており、製作側の意図をくめるよう工夫されている。該当のシーンでも、松崎氏は全体の流れを損なわず、さらに文字数の制限を考慮してセリフの意図を伝えている。
今作で松崎氏が担当したのは、字幕翻訳のみ。字幕と吹き替えを別の翻訳者が担当すると、言い回しのテイストに違いが生じることはないのだろうか。松崎氏が「そうならないように、すり合わせはかなり細かくやっています」と語るように、ひとつのセリフに対し、それぞれの翻訳者から案が出され、配給会社とともに検討し決定していく。「今回も“フルチン(吹き替え案)か? フリチン(字幕案)か?”という論争がありました(笑)。どちらが日本語的に正しいということはないらしく、フォックス社内でフルチンが多数なので今回はフルチンで、ということになりました」。ちょっとおバカな1ワードにも全力投球だ。
オリジナルキャストの声で映画を楽しみたいが、字幕版だと映画を細部まで理解できないかもしれないという懸念は確かに存在する。時には意訳に批判が上がることもある。それでも、外国映画を日本語で楽しむことができるのは、翻訳家というスペシャリストたちの努力と苦心のおかげなのだということを忘れずにいたい。
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