特殊メイクの“新基準”を生み出したオスカー受賞者・辻一弘が語る人生の決断
2018年3月29日 07:00

[映画.com ニュース]第90回アカデミー賞で日本人が快挙を果たした。歴史ドラマ「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」で主演ゲイリー・オールドマンの特殊メイクを手がけ、日本人ではじめてメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞した辻一弘が、人生の決断を語った。
現在48歳の辻は、「エクソシスト」などで知られる特殊メイクの第一人者ディック・スミス氏に文通で教えを請うなど17歳から独学で特殊メイクを学び、大ヒットSF「メン・イン・ブラック」(1997)をきっかけにハリウッドで活躍。「もしも昨日が選べたら」(06)と、「マッド・ファット・ワイフ」(07)で、アカデミー賞メイクアップ賞にノミネートされた。ところが2012年に映画界を離れ、現代アートへ転向。本作の主演オールドマンから「きみが引き受けないなら、この映画はつくらない」と熱烈ラブコールを受け、銀幕の世界に舞い戻った。しかし、アカデミー賞ノミネート発表直後の1月下旬のインタビューでは、「映画の仕事を引き受けてしまうと、自分で決めた人生を裏切ることになってしまう」と葛藤があったことを明かした。
ハリウッド時代を「生きている心地がしなかった。人生を無駄にしているなと思った」と振り返る。芸術家への転身を夢見るも、当時所属していた工房のリック・ベイカーから父親が画家だったために子どものころは生活に苦労したと聞き、「諦めた状態」になった。しかし、映画の仕事への違和感は募るばかり。そして、晩年を迎えたスミス氏が多くの後悔を抱えていたことを知り、「自分の人生に照らし合わせて考え」、ハリウッド引退を決断した。
「本当の意味で決心すると、人生自体が助けてくれるんですよ」。現代彫刻家に転身直後、俳優ブラッド・ピットやアーティストのポール・マッカーシーから創作活動の手助けをして欲しいと連絡があった。「一旦決心するとそういう風に人生が決まっていくんです。本当の意味で決心ですよ。ただ単にちょっと違うなっていうんじゃなくて」。だからこそ、「映画の仕事が来て、そこでポッと引き受けてしまうと、いままで何をしていたのかなと思ってしまう」と、オールドマンのオファーを1週間ほど熟考した。

最初に特殊メイクに興味を持ったのは17歳の頃。スミス氏が「南北戦争物語 愛と自由への大地」でハル・ホルブルックをリンカーン大統領に変身させた特殊メイクを雑誌で見たのがきっかけだった。実在の人物を再現する特殊メイクは、憧れだったにもかかわらず、ハリウッド時代には縁がなかった。ノウハウが確立されていないことへの挑戦に興味があるという辻氏は、「一生に一度の夢の仕事」だと腹をくくり依頼を引き受けた。
妥協知らずのストイックな職人。それが取材した印象だ。ハリウッドの現役時代、日本人であるがゆえに待遇面での差別的な状況に直面したことはあったのかという質問に対し、「やはりアメリカに住んでいて、日本人だからって言われることはありますけど、それに反応してめげていてもしょうがないですし」とタフな精神力を垣間見せる。「結局は自分の立ち位置を理解して、仕事をしっかりこなせていれば何の問題もないわけですよ。そういう風に思われないように努力するのが個人の目標。そういう風に扱われているんだったら、自分がまだ足りなかったんだと思ってそれ以上の努力をすればすむこと」と断言した。
特殊メイクについて、演技の足かせにならず、役づくりの手助けとなると同時に、観客がストーリーに入り込めるよう、「できるだけ存在が知られないように、工夫して“見えない”状態にしていくのが僕の仕事」と語る。本作では、5つのパーツで構成された特殊メイクはクローズアップでも識別できず、細かいレースに毛を植えた自作のかつらは、プロのヘアスタイリストですら見破れなかったそうだ。そのクオリティの高さに、映画業界、メイクアップ&ヘアスタイリング業界では、「新しい基準が決まった」との声が上がっているという。辻氏とのコラボレーションを希望する俳優も急増。オールドマンのもとには、オスカー俳優クリスチャン・ベールやレオナルド・ディカプリオが相談にやってきたそうだ。
悩んだ末の映画界への復帰について、「受けてよかったと思います」と笑顔を見せた辻。「今までだったら、ずっとメイクを見て、エンドクレジットで自分の名前を見て、ああこんなもんかと思う仕事がほとんどだったんです。でも、今回は5分、10分のうちに映画に引き込まれていったんですね。というのもゲイリーさんの演技力の素晴らしさですよね。それと映画自身も美しいと思いました。それこそメイクのことを忘れていましたから。見終わって、ああよかったなと感動しました」とすがすがしさを漂わせた。
受賞後の“凱旋”記者会見では、「映画の仕事しているときに獲れたらいいなと思っていたので、複雑な気持ちがあるけど、人生の1回の経験としてよかった」とオスカーを手にした感想を述べたが、今後は現代彫刻家としての活動を優先していく模様。これまでサルバドール・ダリやアンディ・ウォーホルといった著名なアーティストのポートレート(彫像)を制作しており、その理由は「子どものときにいろいろな苦労をして、そのなかで人生を切り開いて素晴らしい人になった結果を、内面から彫刻として表現したい。僕自身と照らし合わせて、お互いに経験を分かち合って、最後に形として表したい」からだという。「頑張ってもあと40年だと思うので、その間に何が作れるか、毎日考えながらつくっています」と、日本での個展開催に向け準備中とのこと。ハリウッドの頂点を極めた辻の創作意欲はますます燃え上がっていく。
「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」は3月30日から全国公開。
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