ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男 : 映画評論・批評
2018年3月20日更新
2018年3月30日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー
世界は再び〈最も暗い時〉を迎えるのか。光を希求する心と言葉が明日を照らす
原題の「darkest hour」(最も暗い時)とは、ナチスドイツが欧州で勢力を拡大していた第二次世界大戦初期を指したチャーチルの言葉。ヒトラーとの和平交渉か、いや徹底抗戦か――英国が困難な選択を迫られた1940年5月9日からの1カ月弱を、2時間の濃密なドラマに凝縮して見せるのが本作だ。
ドイツへの宥和政策が破綻して辞任した宰相チェンバレンの後を継ぎ、65歳で新首相となったチャーチル。だが、歯に衣着せぬ物言いと妥協しない性格で政敵も多く、挙国一致内閣を率いながらも和平交渉派に追い込まれ孤立する。
辻一弘による驚くほど自然な特殊メイクにより丸顔のチャーチルに変貌したゲイリー・オールドマンは、頑固だが人間味あふれるキャラクターを独特の口ぶりと挙動、繊細な表情で体現。自由のため断固戦うことを訴える入魂の演説には、時を超え現代の観客の心に響く普遍の力が宿り、アカデミー賞、ゴールデングローブ賞、全米映画俳優組合賞などの主演男優賞を総なめにしたのも納得の名演技だ。
新任秘書エリザベス(リリー・ジェームズ)の視点を物語の案内役として構成したのは、「博士と彼女のセオリー」の脚本家アンソニー・マッカーテンによる功績。彼女の目を通してチャーチルの仕事ぶりや家族との関わりを描くことで、老政治家の愛すべき側面や大いなる決断までの苦悩を間近に目撃している気分にさせてくれる。
監督は映像派のジョー・ライト。伏魔殿のように薄暗い議会に射す光、陽光が柔らかく照らす王宮の室内、犠牲となる部隊を憐れむかのような俯瞰視点、黒枠に閉ざされた首相専用トイレで孤独感を漂わすチャーチル(余談だがトイレの扉に記された「WC」は彼の頭文字でもある。英国流ユーモア?)など、印象的なショットは枚挙にいとまがない。
さらに感慨深いのは、本作がダンケルクで独軍に包囲された連合軍兵士を撤退させるダイナモ作戦の開始までを主に描いている点。つまり、ダンケルクの戦いを兵士と民間の船乗りたちの視点で描いたクリストファー・ノーラン監督の「ダンケルク」と、互いに補完し合う内容になっているのだ。この2作が近い時期に製作、公開されたシンクロニシティは何を意味するのか。各国で独裁的なリーダーが台頭し、英国自身もEU離脱問題で民意が分断されている今、表現者たちは再び〈最も暗い時〉が到来することを予感しているのかもしれない。
ただし、「夜明け前が最も暗い(The darkest hour is just before the dawn)」という英語のことわざもある。暗い時代にこそ、明るい未来を信じて声を上げることの大切さを、映画は雄弁に語っている。
(高森郁哉)