ブレードランナー 2049のレビュー・感想・評価
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アンドロイドは擬似親子の夢を見るのか
リドリー・スコット版『ブレードランナー』をリアルタイムで観賞した世代としては、当時「なんて暗いSFなんだ」という感想しか持ち得なかった。
『未知との遭遇』や『E.T.』のファンタジーに酔いしれ、たまに『ターミネーター』のようなリアル路線の映画があっても、最後は人間が勝利するという神話を信じこまされていたからだ。
これほどまでに『ブレードランナー』的なディストピア到来が確実視されている今日、本国アメリカでは特に先行き不透明な若年層に敬遠され興業がふるわなかったという事実は大いに納得できる。
しかし、(清水節氏の解説によると)前作へのオマージュはもちろん、ピノキオ、カフカ、ナボコフ、タルコフスキー等々の文学やアートからの膨大な引用を新たに盛り込んだ本作は、前作同様、上映終了後シネフィルの間でジワジワと盛り上がっていくに違いない。
レプリカントと呼ばれる人造人間が永遠の寿命を手に入れ、3Dホログラム(アナ・デ・アルマス)が普通に恋愛感情を抱く。そして生殖や妊娠が人間を区別する特徴ではもはやなくなった時、我々人間の存在自体もあやふやになってくる。
記憶操作さえ可能な未来、(レンガの壁を突き破れば人間じゃないことは普通気付きそうだが)自分が人間であることを証明する数少ない手段の一つが、K(ライアン・ゴスリング)がとった“ルーツを辿る”という行為だったのではないか。
タイトスカートやピタパンに浮き出たパン線は監督の狙いじゃなかったにせよ、レプリカントのくせに喜怒哀楽を素直に表に出す女ターミネーター=ラヴ(シルヴィア・フークス)が、むしろ矛盾だらけの人間に最も近い存在ではなかったかと思うのである。
「バッド・ボーイ」とKをたしなめながらも、ある時はKを空中から援護、Kの仕事を邪魔する無能な上司は迷わず刺殺、Kにつきまとう変な虫は踏み潰すといった、まるで冬彦さんの母親を思わせる偏愛モンスターだ。
Kが○○○○○との間に父息子の関係を夢見ていたとすれば、もう一方のレプリカントであるラヴは、Kとの間にいつのまにか疑似母息子の関係を仮想構築していたのではないか。
ラヴが流した涙の理由についてはみなさんひっかかるようで諸説あるようなのだが、あえてこじつけるるならば<母性への共感あるいは憧憬>ではないかと思うのである。
レプリカント誕生=出産のシーンでは感動の涙、命令違反を犯したKをまるで我が子のようにかばうジョシ=マダム殺害の場面では、その母性への畏敬をこめた涙を流したのではないだろうか。
あえて例えるならば、シルバーシートにボケッと座っていると、出産経験のありそうな中高年女性が率先して妊婦に席を譲る、それに似た(男性にはわかりづらい)感覚である。
電気羊の夢を見て、サクリファイスという最も人間らしくない行動をとった人間になりたかったレプリカントは、やはりロイと同じ運命をたどるのであろうか。雨の中の涙のように、雪の中で浮かべた満足げな微笑とともに。
人とは何か
冒頭からライアン・ゴズリング演じるKがレプリカントの捜査官であることを公開して物語が進んでいく。
Kは感情がなく命令に忠実なレプリカントだが、過去の記憶、捜査で発見した謎の遺体から自身がレプリカントから誕生した子どもではないかという疑問から鍵を握るデッカードを探し始める。
物語の終盤でレジスタンスのリーダーから奇跡の子どもは女の子であることが告げられ、Kは自分ではなかったと落胆する。誰もが自分は特別な存在だと思いたいこの欲求をレプリカントも感じている点に人間を人間たらしめている要素は何かという問いかけが含まれている。
圧倒的な映像美にサスペンス的要素が組み込まれ、エンターテイメントとしても成立しており、ハリソン・フォードの出演も嬉しい。
最終的にデッカードは人間なのかレプリカントなのか…この疑問を忘れさせるくらい切ない余韻の残る良いエンディングだった。
人間とは。
作品を観る視点は、人によって違うと思う。SF映画の金字塔として名高いブレードランナーの続編とあれば、特に様々な見方をもって、評価することも当然のように思う。
自分はもっぱら、映像的なことでも、前作と比較してということでも、SFとしてということでもない。純粋に「人間ってなんだろう」と思った。
作中では、レプリカントという人造人間は、人間とどう違うのか。目の光なのか、造られたという点なのか、感情や心、記憶の有無なのか、命令を全うすることなのか。
神に生命を与えられたものには、魂があり、人に造られたものには、それがない、という描き方をしていた。人造人間には魂がないということで、物語は進められていた。
Kは、初めから新型のレプリカントとして明言されているが、それらしさはあまり見受けられなかった。自分が息子か否かという時には、動揺もした、葛藤もした。最後には、デッカードを救い、娘と逢う手立てまでした。
Kが人間になる話かと言われると、そうでもない。こんなことを言いたくもないが、生きている人間の中にも、全員が全員、己の魂を磨きながら生きている人であるわけでもない。
人が命を生み出すのは、男女しかあり得ないが、心を生み出すのは、どう生きていくのかで可能なのではないか、と思った。ラスト近く、Kがジョーになったように、命令を下す上司が死んでからの行動を踏まえると、そう思わずにはいられなかった。
かっこ良かった❗❗
256-48
正常進化、そして続編はまた30年後??
休日だが公開から随分と日が経っているので観客はそれほどいないだろうと思っていたが、50席ほどの席は満席に。
さらに観客層は、新旧のオタク男子?のみと思っていたら8割が女性。年齢は前作をリアルタイムで観ていたようなお姉さま方が大半。ライアン・ゴズリングのファンということか??
ストーリーは前作から引き続き、人間が創造した人工生命体が自我や感情、さらには子孫を残すことができるかどうかがテーマ。
人間の繁栄のためにはレプリカントが不可欠だが、量産のためには生殖機能が必要。しかし自我が生まれると身体機能が優れたレプリカントには太刀打ちできない。矛盾をはらんだ時代を超えて、この先世界はどう変わっていくのか。誰のものになっていくのか…というお話。
デッカードは完全版を踏襲して、レプリカントだったという世界の続編。二人の出会いから子孫が産まれるところまでが全てタイレルの計画通り。タイレルを引き継いだウォレスはまだその域まで到達できていない。
まだ続編はつくれそうだけど、ここから先はよくある話になっていきそうなので、よほどのアイディアがない限り充分かな。
ホログラムのJoiはherや現在流行りのAI、ホームスピーカー、マイノリティレポートのホームコンピュータの正常進化版の理想的な姿と感じたので、あと10年くらいで実現するかな?
期待したが、、、
無意味な作品
2049には何の感動もなかった。この物語は、私にとって全く無意味である。レプリカント(人造人間)は「母の胎から生まれなかったこと」や「記憶を植え付けられたこと」に苦悩し、その恋人は「肉体がないこと」を嘆いていた。彼らにとっては切実な問題であろう。しかし、どの悩みも人間が経験するものではないのだから共感できるはずがない。結果として、物語の終盤ではレプリカント同士の残虐な殺し合いを傍観することになり、後味の悪さだけが残った。それゆえラストシーンにも涙は出ない。
それに対して前作は、私にとって最高の作品である。寿命を設定されたレプリカントたちは長生きを要求して暴れまわり、一方で、人生に疲れ果てたデッカード刑事が彼らを始末するために渋々働く。私はデッカードの奮起を願い、レプリカントが一掃されるのを期待する。しかし考えてみれば、人間にだって寿命はあるし長生きを望むこともあると、ふと気づかされる。そしていつの間にか、仲間の死を悲しむレプリカントの心情に共感させられている。最後の場面では、死期を悟ったレプリカントの振舞いと台詞に圧倒され、言葉にできない衝撃と感動を与えられた。まさに、繰り返し見たくなる名作である。
「前作で十分ですよ!」。
映像が美しい
哲学的な話が観たかったんじゃない
前作から35年ぶりの新作。
レプリカントが人間と共に仕事をし、差別され、癒しを求める。
自分は特別な存在かも?との期待が裏切られても信念をもって行動する。
前作から続く「人間って何?」という哲学的な話…。
でも、前作で俺たちが夢中になったのはそんな高尚な話じゃないよね。
未来のイメージをスターウォーズ的なピカピカ世界でもなく、マッドマックス的な世紀末世界でもない、
新旧ビルの街に酸性雨が降り、アナログ・デジタル技術で混沌とした世界にワクワクして、
そんな混沌の中、未来の人々が暮らす世界で、ハリソン・フォードの賞金稼ぎのような探偵のようなハードボイルドな所にシビれたんだよね。
D.ビルヌーブ監督は優等生すぎるよ。
切ないなあ
前作程の魅力はなかったが
引き込まれる世界観
引き込まれる世界観!圧巻!
私も最後までそれが誰なのか、ハラハラしました。まさか、と思い、事実を知ったとき落胆しました。
過去と未来が繋がる瞬間を見た。
そういうことか、と納得した。
ハリソンフォードは相変わらずいい演技してました。
電気羊の夢を見るのは、誰?
イマジネーションの洪水ですね。原作読む気はないので、映画観た感想を、徒然なるままに…。
そもそもレプリカントって、誰なんでしょう?。学校で習ったforeignerとstranger。外国人と異邦人。その違いを教えてもらうことはなかったですけど、どうも、レプリカントはstrangerのことを指すようです。意思が伝わらない、心が通わない、理解できない者。結果、侮蔑と恐怖の対象になる存在。そう思うと、私の周りにも、ずいぶんレプリカントがいるような…。
ただ、レプリカントに、心がある、大切にするものがあると知れば、彼らは、本当にstrangerなのでしょうか。
無知と恐怖から、壁を作っているのは、誰?。ブレードランナーとは、他者をforeigner とstrangerに区別したがる、ヒトの弱さが作り出した、暴力装置なのかも…。
模造品であれ、コピー品であれ、ヒトが人になる夢を見ることは、許されるのでは?。国境の向こうにいる友人(foreigner )と出逢う為に。
ま、そんなこと考えている私のほうが、レプリカントかも知れませんけど。(…お願いだから、ブレードランナーに、私のこと、通報しないでね。)
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