この国の空 : 特集
たとえ戦争中でも、女は女、男は男だった──
作家、評論家、映画.comが、大人の映画ファンに推す
「これまでになかった戦争ドラマ」
戦後70周年を迎える2015年夏、戦争中の普通の人々の暮らしを描く“これまでになかった戦争ドラマ”が公開される。「さよなら歌舞伎町」「ヴァイブレータ」の名脚本家・荒井晴彦が18年ぶりに自らメガホンをとった、二階堂ふみ、長谷川博己主演作「この国の空」(8月8日公開)の見どころに迫る。
■芥川賞作家・高井有一による谷崎潤一郎賞受賞作「この国の空」
「小さいおうち」「ヴィヨンの妻」本作も大人の映画ファンが深く堪能できる文学作
ハリウッド超大作やファミリー向けの娯楽作が多く並ぶ夏休みシーズンだが、「じっくりと腰を据えた作品を楽しみたい」という大人の映画ファンも多いはず。そんな人たちにうってつけ、そして、終戦70周年を迎える今夏だからこそ、改めて「戦争」というものを自分たちの問題として考え直すのに相応しい作品が登場する。
「この国の空」は、太平洋戦争下で暮らす東京の庶民の暮らしを丁寧に捉え、許されない恋愛に身を投じる若き女性の葛藤を描き出す、“戦闘シーンが登場しない”戦争映画。上質な文学映画作品の雰囲気もたたえた、大人の映画ファンが深く堪能できる作品だ。
終戦間近の1945年、父を結核で亡くし、母と伯母とともに東京で暮らす里子は19歳。繰り返される空襲におびえ、まともな食べものも口にできないなか、それでも健気に生きようとする少女だ。垣根を隔てた隣家には、妻子を疎開させ、徴兵を逃れて暮らす38歳の銀行員・市毛がいる。自分は、愛も知らずに空襲で死んでしまうのだろうか──やり場のない焦りと女としての本能を持て余す里子は、ひとり暮らしの市毛の身の回りの世話をするうちに、やがて強くひかれていくのだが……。
芥川賞作家・高井有一の谷崎潤一郎賞受賞作を、「ヴァイブレータ」「共喰い」の名脚本家・荒井晴彦が、「身も心も」から実に18年ぶりとなる自身の監督作として映画化。「私の男」の二階堂ふみ、「ラブ&ピース」の長谷川博己が里子、市毛をそれぞれ演じ、これまで描かれることがほとんどなかった戦時下の庶民の暮らしぶりと、そこに生きた男女の姿を体現する。里子が朗読する女流詩人・茨木のり子の「わたしが一番きれいだったとき」が、戦争によって青春が失われたことを見る者に強く訴えかける。
「いい映画だったなあ……」と見た後に深く感じられる作品には、良質な物語はもちろん、ずっと浸っていたいと思わせる豊かな空気感が満ちている。長く愛されてきた文学作品を原作にした映画であれば、その空気感はなおさら濃厚になり、見る者を映画の世界へと強く引き込んでいくのだ。
山田洋次監督が松たか子を主演に、昭和初期から戦争へと突入していく時代のある家族についてを描いた「小さいおうち」は、中島京子の直木賞受賞作を映画化。同じ松がヒロインを演じた「ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ」は、文豪・太宰治の小説が原作だ。才能がありながらもどうしようもない生活を送る小説家と献身的なその妻の関係を描いた根岸吉太郎監督による同作は、モントリオール世界映画祭で最優秀監督賞を受賞している。そして、山田監督の「東京家族」は、(小説ではないが)名匠・小津安二郎の「東京物語」がモチーフ。同作の舞台を現代に移し、ある老夫婦と子どもたちの姿を通じて、家族の絆、老いや死についてを観客に問いかける。
高井有一の谷崎潤一郎賞受賞作が原作、そして、主人公と同じ19歳で終戦を迎えた茨木のり子の詩がモチーフになっている本作もまた、深く濃厚な空気感を持つ作品だ。
■「二階堂ふみの名演」「これまでにない戦争ドラマ」「名脚本家18年ぶりの監督作」
なぜ、作家、映画評論家は、こぞって本作を絶賛するのか?
なぜ、本作は見る者を引き込み、そして心に深い余韻を残すのか。女優、作品、監督の3つの側面から、作家、映画評論家、映画.comが批評を展開。絶賛をおくらずにはいられない理由を明らかにする。