イタリア旅行 : 映画評論・批評
2020年6月23日更新
1988年12月9日よりロードショー
※「新作映画評論」のページでは、毎週火曜日更新の新作の評論に加え、不定期で「映画.com ALLTIME BEST」に選ばれた旧作の映画評論を掲載しています。
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ゴダール、スコセッシら世界の監督たちに影響を与えたイタリア映画
製作・公開当時、本国のイタリアでは批評家から「イタリアのネオリアリズモから後退した」と評価を得られなかったロベルト・ロッセリーニ監督の「イタリア旅行」(1953)。タイトルの通り劇中には、主人公の夫婦が名所をめぐり、ナポリの素晴らしい風光、ベズビオ火山、古代美術やポンペイの遺跡などがモンクロの映像で映し出されるが、お安い観光映画ではもちろんない。その後の世界の監督に影響を与えた映画史の中でひとつの原点とも言える映画なのだ。
ネオリアリズモとは、イタリアで1940年代から50年代にかけて、特に映画と文学の分野で盛んになった潮流のこと。代表的な映画にはロッセリーニ監督の「無防備都市」(1945)、ヴィットリオ・デ・シーカ監督「自転車泥棒」(1948)、ルキノ・ヴィスコンティ監督「揺れる大地」(1948)などがある。当時のファシズムとナチズムへの抵抗、戦後の混乱、労働者や市民の問題や現実をリアリズムの方法で描写しているのが特徴だ。
そんなロッセリーニ監督の作品でありながら「イタリア旅行」は本国で不評だったが、フランス・パリでは成功を収め、映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ」の初代編集長アンドレ・バザンや若い批評家たちはこの作品に熱狂した。若い批評家たちとは、1950年代末に始まったフランスにおける映画運動“ヌーヴェルヴァーグ”(新しい波)の中心的な映画監督となるジャン=リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォーらで、そのためロッセリーニは「フランスのヌーヴェルヴァーグの父」と呼ばれている。
この映画に強く影響されたゴダールが「1台の車、男と女がいれば映画ができる」として「勝手にしやがれ」(1960)を撮ったのは有名な話。トリュフォーも子供の世界を描いた「大人は判ってくれない」(1959)は、ロッセリーニ監督の「ドイツ零年」(1948)に負うところが大きいと述べている。
倦怠期の夫婦を演じたのはイングリッド・バーグマンとジョージ・サンダースで、当時結婚していたロッセリーニ監督とバーグマンとの関係が反映されていると言われている。物語は淡々と進んでいくように見えるが、ロッセリーニ監督は二人に即興的な演技を求めたとされており、バーグマンの美しくも繊細な演技がリアルで、夫婦の微妙な心理を浮き彫りにしていく。劇的な展開はなく、小さな出来事が積み重なっていくにしたがって、夫婦の心に甦るある変化を我々も一緒になって体験する。ラストには言葉にはできないカタルシスを味わうことになるだろう。
それはヌーヴェルヴァーグに影響を受けたベルナルド・ベルトルッチの作品にも投影され、今やアメリカの巨匠となったマーティン・スコセッシも「イタリア旅行」に感銘したと明言している。この作品からそういった映画史的な系譜を辿って見ていくと、また新たな視点で映画を楽しむことができる。
(和田隆)