コラム:どうなってるの?中国映画市場 - 第3回
2020年3月23日更新
北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数264万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!
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第3回:「千と千尋の神隠し」中国大ヒットのポイントは“18年前の旧作”という背景
今回、コラムの“入口”となるのは、第52回ベルリン国際映画祭金熊賞、第75回アカデミー賞長編アニメーション賞を受賞し、日本映画歴代興行収入の第1位(308億円)を守り続けている「千と千尋の神隠し」。2001年の日本公開から、数えること18年――ついに中国で初上映(6月21日に封切り)を迎えました! 7月30日時点での興行収入は4億8652万元(約78億円)を突破し、動員は1000万人を超えています。なぜ18年前の映画が、中国で大ヒットすることができたのか? その理由を探っていきます!
まずは、データを見てみましょう。興行の終了時期は未定ですが、4億8500万元という興収は、中国本土における日本アニメ映画の歴代興行成績第3位。現在の1位は「君の名は。」の5億7700万元(約92億円)、2位は「STAND BY ME ドラえもん」の5億3000万元(約85億円)となっていますが、この2作は日本での封切りから、あまり期間を空けずに上映された“リアルタイムの公開”です。18年の時を経てようやく公開された旧作が、新作の打ち立てた大記録に迫っている――これって、すごくないですか?
さらに注目しておきたいのは、「トイ・ストーリー4」と同時公開だったという点。世界中の映画市場を席巻し、日本では既に興収50億円を超えたのですが――中国では少々苦戦したようで、初日興収は1786万元(約2億8600万円)。一方、「千と千尋の神隠し」の初日興収は、なんと5587万元(約8億9000万円)。つまり「トイ・ストーリー4」の3倍を稼ぎ出しちゃったわけです。しかも、週末3日間の興収に至っては、1億9200万元(約30億7000万円)。この初日&週末3日間の成績は、全作品を含む中国国内興収ランキングにおいて、ともに1位に輝きました。
公開12日目を迎えると、中国での興行収入は4億元(約64億円)に到達しました。その後、スタジオジブリのプロデューサー・鈴木敏夫さんから、中国の観客に向けたメッセージ動画が届いたんです。ファンは、もちろん大興奮でした。「ジブリの作品をどんどん上映してほしい」という声も続々と上がっていますし、次の上映作品を予想し始めています。
コラム内でも度々触れてきましたが、中国映画市場には様々な規制があり、多くの外国映画が上映できていない状況です。もちろん、「千と千尋の神隠し」を含むジブリ作品に関しても、“リアルタイムの公開”とは無縁でした。そもそも00年代初期の中国映画市場は、黎明(れいめい)期。映画ファンは、海賊版などで作品を鑑賞するしかなかった。そして、その状況は、今日でも続いています。
ところで、1億6000万人以上のユーザーを抱えるサイト「Douban(豆瓣)」を知っていますか? 普段見た映画や小説などの記録、レビューに活用できるのですが、中国で最も権威のあるソーシャル・カルチャー・サイトに成長しています。「Douban」の“見た作品”ランキングの1位は「ショーシャンクの空に」となっていて、約150万人が評価しています。2位は「レオン(1994)」の約136万人、3位はNetflixで配信されている「流転の地球」の約125万人、そして4位に「千と千尋の神隠し」がランクインしています。評価者数は約121万人、点数は9.3点(10点満点)の大絶賛。ちなみに「ショーシャンクの空に」「レオン(1994)」は、中国未公開。ランキングをチェックしていくと、この“未公開映画”が結構入っている点も面白いんですよ。
中国の映画ファンは、無料で見ることが出来るから海賊版を利用する、お金がかかる劇場へは行かない――と言う訳ではなく、面白い作品は「劇場で見たい」と考えていて、映画館での鑑賞を重視しています。「千と千尋の神隠し」のヒットは、その人々の思いを浮き彫りにしました。「ベルリン国際映画祭金熊賞受賞作」「日本映画歴代興行収入の第1位」「アカデミー賞長編アニメーション賞を獲得」「宮崎駿の最高傑作」といった作品の素晴らしさを伝える情報は、インターネットを経由して中国国内へと入ってきていましたし、「千と千尋の神隠し」を“アニメ映画の最高傑作”だと思っている人が多いんです。
だからこそ、中国国内での上映が決まった際、SNSは大いに盛り上がりました。「微博」では同作に関する投稿が、1日で2億7000万回以上閲覧されていました。このリアクションは、ハリウッド超大作に匹敵するくらい。「やっと大きなスクリーンで見られる」「宮崎駿監督に“チケット代”を返すチャンスが巡ってきた」といったコメントが溢れかえりました。その思いを受けてか、中国上映を指揮する配給会社は、宮崎監督のメッセージ入りの色紙を用意するほど、宣伝に力を入れていました。18年前、海賊版で同作を見た若いファンが成長し、自分の子どもを連れて劇場へやって来る――ジブリ作品の素晴らしさを、次世代へと伝えたいと願う人が非常に増えていると報道されていました。
最近「Netflix」などのオンラインストリーミングサービスが、今の映画界に“衝撃”を与え、映画館が無くなるという説をよく耳にすることがあります。でも、上記で示したような「千と千尋の神隠し」の盛況ぶりを見ていると、改めて映画館は無くならないと考えるようになりました。映画は、映画館で体験するもの――映画ファンにとって、映画館は“絶対的な場所”だと思います。
中国における旧作上映の歴史をさかのぼってみると、「千と千尋の神隠し」のような大ヒット、実は初めてではないんです。少々ケースは異なるんですが、12年に公開された「タイタニック(3D版)」が、旧作上映で初めて成功した例だと言えるでしょう。2D版「タイタニック(1997)」は、“リアルタイムの公開”となる98年4月3日の封切り。しかし、当時は市場の規模も小さく、映画館のない地方土地が非常に多かった――つまり、スクリーンで鑑賞できない人が大半でした(最終興行収入は3億6000万元:約57億6000万円)。「タイタニック(3D版)」公開時、中国の人々は“3D鑑賞”という新しい体験を求めていたわけでなく、“スクリーンで名作を見たい”という思いに駆られて、映画館へと足を運んだんです。結果はどうなったか? 興収9億4600万元(約151億3000万円)のメガヒットです!
「タイタニック(3D版)」の成功例があったことで、中国の映画関係者は、近年“旧作上映の可能性”を探っています。18年には「となりのトトロ」がお披露目され、中国で一般公開された初のジブリ作品ということで、大きな話題を呼びました。「30年前の作品」「海賊版が流通している」という懸念もあり、最初は鈴木敏夫さんも非常に心配していたのですが、その不安を吹き飛ばすほどの大ヒット! 最終興収は1億7368万元(約27億6000万円)となり、さらに“旧作上映”に注目が集まるようになったんです。
「ショーシャンクの空に」「レオン(1994)」のように、「Douban」で高評価を得ているにも関わらず、中国公開されていない作品は、まだまだたくさんあります。うわさによると、北野武監督作「菊次郎の夏」が今年公開される予定ですし、おそらくジブリ作品も控えているはず。いずれにせよ、中国の映画ファンが望んでいるのは、良質な日本映画を“スクリーンで見る”こと。そして、作品をセレクトするバイヤーの目も、“ヒットしない可能性”というリスクを抱えた新作よりも、根強いファンがつき、安定した興収が見込めそうな過去作へと向かうかもしれません。
筆者紹介
徐昊辰(じょ・こうしん)。1988年中国・上海生まれ。07年来日、立命館大学卒業。08年より中国の映画専門誌「看電影」「電影世界」、ポータルサイト「SINA」「SOHA」で日本映画の批評と産業分析、16年には北京電影学院に論文「ゼロ年代の日本映画~平穏な変革」を発表。11年以降、東京国際映画祭などで是枝裕和、黒沢清、役所広司、川村元気などの日本の映画人を取材。中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数は280万人。日本映画プロフェッショナル大賞選考委員、微博公認・映画ライター&年間大賞選考委員、WEB番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサーを務める。
Twitter:@xxhhcc