コラム:映画館では見られない傑作・配信中! - 第17回
2020年12月3日更新
韓国映画お得意のタイムパラドックススリラー「ザ・コール」で映画史に残る強烈なホラーヒロインが誕生した!
映画評論家・プロデューサーの江戸木純氏が、今や商業的にも批評的にも絶対に無視できない存在となった配信映像作品にスポットを当ててご紹介します!
前回も書いたが、Netflixの韓国コンテンツの充実は他の配信各社の追随を許さず、同社の圧倒的強みとなっている。
11月27日に世界配信された「ザ・コール」は、2月に配信開始された「狩りの時間」(2020)と同じく、コロナ禍の状況を鑑み当初予定されていた本国での劇場公開を取りやめてNetflixでの世界同時公開に踏み切った作品。過去からかかってくる電話をモチーフに、「ピノキオ」(14)、「アルハンブラ宮殿の思い出」(19)といった人気シリーズから、映画「7番房の奇跡」(13)、今年韓国で大ヒットし、日本では9月にNetflixで配信された最新ゾンビ映画「#生きている」まで、幅広く活躍するトップ女優の一人パク・シネと、「バーニング 劇場版」(18)で注目された新人チョン・ジョンソが迫真の演技を披露する見応えあるサスペンスホラーだ。
久しぶりに郊外にある実家に帰って来たソヨン(シネ)は、列車に携帯電話を置き忘れてしまい、家の物置にあった古い電話をつないで電源を入れた。やがて、その電話に突然着信がある。それは、ソヨン一家が引っ越してくる前、20年も昔にその家に住んでいた一家の娘ヨンスク(ジョンソ)からのものだった。不思議な出来事に戸惑いながらも、2人は度々会話を重ね、仲良くなる。やがて、事故で命を落とすはずだったソヨンの父親をヨンスクが過去で救い、歴史が書き換えられて愛する父親が何事も無かったかのように現代に蘇る。ソヨンはヨンスクに感謝し、夢だった親子3人の幸せな生活を過ごす。だが、その幸福もつかの間、ヨンスクは自分の未来をソヨンに調べさせ、その運命を変えるために次々と殺人を犯し、その影響でソヨンを取り巻く現在が大きく変わってしまう。さらに狂気を帯びてエスカレートするヨンスクの要求をソヨンが拒否し、通話を絶とうとした途端、ヨンスクは激怒し、20年前のソヨンとその家族を傷つけ、さらに命までも狙おうとしていた……。
タイムトラベルやタイムパラドックスなど、時間軸の変化によって作劇を展開するのは韓国の映画、ドラマの得意分野にして超人気ジャンル。映画には「イルマーレ」(00)、「初恋のアルバム 人魚姫のいた島」(04)、「天軍」(05)、「タイム・クライム」(13)、「リバイバル 妻は二度殺される」(15)、「時間離脱者」(16)、「あなた、そこにいてくれますか」(16)、「エンドレス 繰り返される悪夢」(17)などがあるし、ドラマではさらに枚挙に暇が無いほど、時間をめぐる物語が驚くほど数多く作られている。この原因については、韓国の歴史や文化から改めて研究の必要があるかもしれない。また、独特のアイデアによる、よくできた外国の物語を韓国式にアレンジする“リメイク”も頻繁に行われており、韓国の映画、ドラマ界はそのために世界中の作品の調査、研究にも余念が無い。その積極的研究熱心さや行動力も、間違いなく韓国映像界の強みの一つだ。
キム・ユンジンが主演したサスペンススリラーの佳作「時間回廊の殺人」(17)は、ベネズエラ映画「マザーハウス 恐怖の使者」(11)のリメイクだったし、本作と同じ“過去からの通話”を題材にし、日本でもリメイクされた人気シリーズ「シグナル」(16)は、ハリウッド映画「オーロラの彼方へ」(00)をシリーズ化した「シグナル 時空を超えた捜査線」(16)のリメイク、「ライフ・オン・マーズ」はイギリスBBC制作の「時空刑事1973 ライフ・オン・マーズ」のリメイクだ。どの作品もただストーリーを借りるだけでなく、見事な脚色と計算された演出で、完全に独立したオリジナルな作品へと進化させることに成功している。
この「ザ・コール」もまた、時間ネタとリメイクの併せ技によって生まれたいかにも韓国映画らしい1本である。原案は、2011年のイギリス、プエルトリコ合作映画で日本では12年秋の「シッチェス映画祭ファンタスティック・セレクション」で上映された「恐怖ノ黒電話」(マシュー・パークヒル監督、セルジオ・カシー脚本)。「恐怖ノ黒電話」自体もセルジオ・カシーが脚本を書いたBBCのテレビ番組のリメイクで、派手さは無いが、なかなかよくできたB級ホラーだった。その作品をベースに、長編初監督作となる30歳の新鋭イ・チュンヒョン監督(兼脚本)は、物語の柱となる過去を人質に取るサイコキラーの電話というエッセンスだけを抽出、母と娘の愛と確執の物語なども加えながら、まったく新しいキャラクターたちが繰り広げる、まったく違う印象を持つ、圧倒的にオリジナルを超えた衝撃の傑作に仕上げて見せた。いかに物語を語るだけでなく、「何を見せるか」を意識した演出も新人とは思えない手腕だ。
オリジナルとの最大の違いは、オリジナルでは声だけで画面に登場しない電話の向こう側の相手が実像として登場すること。さらにその存在をモンスター級にパワーアップさせたサイコヒロインに設定することで、ヒロインが恐怖に怯える定番の平面的なホラー構造に奥行きが生まれ、時空を超えたヒロインVS悪のヒロインの壮絶なバトル感が際立ち、恐怖感も緊張感も倍増したパワフルな作品となった。
特筆すべきは、中盤以降一気に存在感を増し、やがては完全に主役のシネを食って作品を乗っ取ってしまうヨンスク役のチョン・ジョンソの恐るべき怪演。その体当たりの演技によって鮮烈に誕生した、過去に生き、現在を恐怖に陥れるこの邪悪に満ちた生身の狂気ヨンスクは、「リング」シリーズの貞子や「呪怨」シリーズの伽椰子、あるいは「エルム街の悪夢」シリーズのフレディにも匹敵し、凌駕するエネルギーさえ持ったホラー映画史に残る強烈なキャラクターといえる。
その他、ヨンスクの継母役に「トッケビ 君がくれた愛しい日々」(16)のイエル、ソヨンの母役に「毒戦 BELIEVER」のキム・ソンリョン、ソヨンの父役に「刑務所のルールブック」(17)のパク・ホサン、ソヨンとヨンスクを知るイチゴ農家のソンホおじさん役に「サイコだけど大丈夫」(20)のオ・ジョンセといった個性派名優が脇を固めているのも見どころ。
この映画、すでに世界190カ国に同時配信されており評判も上々。監督も2人の主演女優も間違いなく国際的注目を浴びることになるだろう。斬新なアイデアで驚かせ、脚本と演出の技を披露するこのジャンルは、昔から新しい才能の登竜門だが、Netflixはすでにそれを世界に発信する主戦場にもなっている。
筆者紹介
江戸木純(えどき・じゅん)。1962年東京生まれ。映画評論家、プロデューサー。執筆の傍ら「ムトゥ 踊るマハラジャ」「ロッタちゃん はじめてのおつかい」「処刑人」など既存の配給会社が扱わない知られざる映画を配給。「王様の漢方」「丹下左膳・百万両の壺」では製作、脚本を手掛けた。著書に「龍教聖典・世界ブルース・リー宣言」などがある。「週刊現代」「VOGUE JAPAN」に連載中。
Twitter:@EdokiJun/Website:http://www.eden-entertainment.jp/