コラム:映画館では見られない傑作・配信中! - 第13回
2020年5月1日更新
話題のハリウッド超大作&ネオ韓国ノワール Netflix本年度屈指の必見2大アクションを斬る!
映画評論家・プロデューサーの江戸木純氏が、今や商業的にも批評的にも絶対に無視できない存在となった配信映像作品にスポットを当ててご紹介します!
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今月はNetflixの今年のラインナップの中でも屈指の話題作といえる、2本の見応えある必見のアクション映画をご紹介。
まずは、「アベンジャーズ エンドゲーム」(2019)などのアンソニー&ジョー・ルッソ兄弟の製作で、ジョー・ルッソが原作にも名を連ねるグラフィック・ノベル「Ciudad」(14)をジョーが自ら脚色、クリス・ヘムズワースが共同製作も兼ねて主演し、「アベンジャーズ エンドゲーム」のアクション監督サム・ハグレイヴが長編監督デビューを果たした「タイラー・レイク 命の奪還」。舞台はバングラデシュの首都ダッカだが、撮影は主にインドのアフマダーバードで行われ、ボリウッド俳優も数多く出演する総製作費6500万ドル(約70億円)の超大作だ。
インドの麻薬王の息子が、敵対するバングラデシュの麻薬王アーミル・アシフによって誘拐される。闇の傭兵会社に所属するタイラー(ヘムズワース)は、その奪還を依頼されダッカに飛ぶ。タイラーは傭兵仲間とチームを組み、鮮やかに誘拐犯たちを倒すと麻薬王の息子オヴィを連れて脱出するが、用意した船が襲撃されて仲間は全滅、オヴィとタイラーは逃げ場を失ってしまう。それは奪還作戦の依頼人でもあるインドの麻薬王の側近で、特殊部隊出身のサジュの裏切りだった……。
ハグレイヴの初監督作らしく、全編ハードな、そして見たこともない斬新なアクション・シーンの連続である。格闘、銃撃戦、カーチェイスをそれぞれ個別に見せるだけでなく、長回しのアクションの中にそれらをミックスさせて見る者を圧倒し、随所に声を上げそうになるくらいの驚きでとにかく魅せる。1時間56分アクションだけを見るだけで十分楽しい作品には仕上がっている。
但し、奪還と脱出の物語は薄っぺらかつ単調で新味はなく、まるで中学生が書いたような脚本は突っ込みどころ満載で、随所で破綻している。傭兵チームの脱出作戦はあまりにも強引な突破一本槍、裏をかくひねりや頭脳プレイは皆無、そもそも物語を展開させる裏切り者の行動が間抜けすぎて観客の理解がついていけない。この脚本では従来のメジャー・スタジオでは企画が通らないだろう。ハグレイヴの演出もドラマ部分になるとただの会話になり、映画の勢いが止まってしまう。
キャスト面ではヘムズワースは概ね及第点。ボリウッドからの参加組では、「タイガー・バレット」(18)の演技派ランディープ・フーダーが、サジュ役で壮絶なアクションを披露して最大の見せ場を作って拍手喝采もの。インドの麻薬王を演じるパンカジ・トリパティ(「カーラ 黒い砦の闘い」(18)など)も短い出演ながら存在感を見せる。「バハールの涙」(18)のゴルシフテ・ファラニと、「ストレンジャー・シングス 未知の世界」のデヴィッド・ハーバーが、ほとんど見せ場なしの無駄遣いなのは残念だ。
というわけで、見る価値はあるが残念な部分も少なくないこの作品、ラストにはシリーズ化の可能性を残しているのでぜひ続編も見てみたいが、2作目にはもっと練られた脚本が必要だし、ハグレイヴはアクション監督に徹し、別な総合演出を立てるべきだろう。
一方、韓国映画「狩りの時間」は、近未来を舞台にした青春クライムストーリーが、死と暴力に満ちた緊迫の“人間狩り”サスペンスへと変貌していく新感覚の韓国ノワール。今年の公開作を含めたベストテンにも食い込む可能性もある見逃し厳禁の傑作だ。同作は、今年のベルリン国際映画祭で上映されて好評を博し、韓国では2月26日から劇場公開される予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で映画館が閉鎖され、公開の目処が立たなくなったことから、制作会社がNetflixでの世界同時配信に切り替えた。すでに世界各国に劇場上映権や放映権を販売していたことから、海外セールス会社が裁判を起こしたが、その後和解、4月23日に正式に世界同時配信となった。内容もさることながら、公開経緯に関してもまさにタイムリーな1本といえる。
舞台はごく近い未来の韓国。経済は破綻し、街は荒廃を極め、若者たちは未来の見えない状況に行き詰っていた。そんななか、刑務所から出所したジュンソク(イ・ジェフン)と3人の仲間は、何かでかいことをやろうと暴力団が経営するカジノを襲撃する計画を立て、実行する。だが、短絡的な彼らの犯行はすぐに足がつき、組織の逆襲が始まる。やがて、謎の殺し屋(パク・ヘス)が追ってくる……。
まずは、「建築学概論」(12)のイ・ジェフン、「王様の事件手帖」(17)のアン・ジェホン、「パラサイト 半地下の家族」(19)のチェ・ウシク、「それだけが、僕の世界」(18)のパク・ジョンミンという30代前半の韓国映画界のこれからを担う、脂の乗り切った若手演技派スターを揃えたキャストの妙に唸る。個々に演技ポテンシャルの高い彼らの見事な芝居によって、一見ありがちな無軌道な犯罪物語は、青春の焦燥を繊細に織り込む奥行きのある社会風刺となり、さらには韓国映画お得意の熱い友情と絆で感情をくすぐる見応えまでプラスする。
4人を追うのは、Netflixで配信中のシリーズ「刑務所のルールブック」(こちらも傑作)で好評を博したパク・ヘス。この静かなる殺し屋がとにかく凄い。高倉健や松田優作の雰囲気も漂わせた彼の登場は、モンスター級のインパクトで映画を一変させ、映画は一気にスリリングなサスペンスホラーと化す。
長編はこれが2作目となるユン・ソンヒョン監督は、これまでの韓国映画にあった血まみれで内臓感覚満載の粘着質的なバイオレンスを避け、全編ソリッドで冷たく乾いたタッチを貫く。但し、韓国映画ならではの兄弟愛的“友情”は排除せず、温度の低い画面の奥でそのエモーションを静かに燃焼させ続ける。台湾を逃亡と復活の起点に設定するあたり、
この監督、ジョン・ウー監督と「男たちの挽歌」のファンであることも確実だ。
この作品はいわば、日本映画における「仁義なき戦い」5部作ののちに作られた工藤栄一監督の「その後の仁義なき戦い」(1979)、あるいは香港映画における、80年代に一世を風靡した香港ノワールの後に作られた90年代の「欲望の街 古惑仔」シリーズのように、従来の韓国犯罪映画へのカウンター的な意味も強い、いわばネオ韓国ノワール。韓国映画ファンだけでなく、幅広い映画ファンの支持を得ることだろう。「パラサイト 半地下の家族」のアカデミー賞受賞云々だけでなく、世界的注目を受けて韓国映画は、また1段階確実に進化したように思える。
「タイラー・レイク 命の奪還」と同じく、ラストはさらなる激しいリベンジが繰り広げられるだろう続編の可能性を匂わせて終わる。ソンヒョン監督の次回作への大きな期待と共に、この物語の続きは誰もがぜひ見たいと思うだろう。
映画「タイラー・レイク 命の奪還」と「狩りの時間」は、Netflixで独占配信中。
筆者紹介
江戸木純(えどき・じゅん)。1962年東京生まれ。映画評論家、プロデューサー。執筆の傍ら「ムトゥ 踊るマハラジャ」「ロッタちゃん はじめてのおつかい」「処刑人」など既存の配給会社が扱わない知られざる映画を配給。「王様の漢方」「丹下左膳・百万両の壺」では製作、脚本を手掛けた。著書に「龍教聖典・世界ブルース・リー宣言」などがある。「週刊現代」「VOGUE JAPAN」に連載中。
Twitter:@EdokiJun/Website:http://www.eden-entertainment.jp/