アレハンドロ・ホドロフスキー
チリのボリビア国境近くの町トコピージャに生まれたロシア系ユダヤ人。首都にあるサンティアゴ大学で心理学と哲学を専攻していたが、マルセル・カルネの「天井桟敷の人々」を鑑賞したのがきっかけでパントマイムに熱中し、大学を退学。53年渡仏し、実験映画を制作したほか、マルセル・マルソーと戯曲を共著する。その後メキシコに渡り、「ファンド・アンド・リス」(68・日本劇場未公開)を撮り、監督・脚本・出演・音楽をこなした「エル・トポ」(70)がカルト的な人気を博し、続いて発表した「ホーリー・マウンテン」(73)も米国でロングラン上映されるなど話題を呼んだ。その後、フランク・ハーバートのSF小説「デューン/砂の惑星」を映画化するために準備を進め、超一流のキャスト・スタッフを集めたが、スタジオの拒絶にあって企画が頓挫。そして「サンタ・サングレ 聖なる血」(89)を含め3作品を監督した後、バンド・デシネと呼ばれるフランスのコミックの原作者に転向し、マルセイユ・タロットの研究と復刻事業などに従事する。その後、未完に終わった「デューン/砂の惑星」の顛末に迫ったドキュメンタリー映画「ホドロフスキーのDUNE」(13)が製作されることになり、プロデューサーのミシェル・セイドゥーと再会を果たす。これがきっかけで資金を手にし、新作の映画化に着手。13年、23年ぶりとなる新作映画として「リアリティのダンス」を発表した。