日本映画界にとって豊年となった第76回カンヌ映画祭振り返り タランティーノマスタークラスなどコンペ外も充実【パリ発コラム】
2023年6月3日 16:00
今年のカンヌ国際映画祭は、日本映画界にとって嬉しい豊年となった。「万引き家族」(2018)がパルムドールに輝いてから5年、昨年「ベイビー・ブローカー」に主演したソン・ガンホが男優賞を受賞したことに続いて今回、是枝裕和の新作「怪物」は脚本賞を受賞。脚本家、坂元裕二に代わって是枝監督が登壇する栄誉を受けた。本作は、ジョン・キャメロン・ミッチェル監督が今年審査員長を務めた、LGBTQ映画に与えられるクイアー・パルム賞も受賞した。
さらにヴィム・ヴェンダースが日本で撮影をおこなった日本映画「PERFECT DAYS」に主演した役所広司が男優賞を受賞。「誰も知らない」(2004)で同賞に輝いた柳楽優弥以来の、日本人男優として2人目の受賞となった。こちらはエキュメニカル(キリスト教徒によって選ばれる)賞も同時受賞し、それぞれ日本映画がダブル受賞を果たした。
今年の受賞について総括するなら、現在の風潮である女性監督の作品がクローズアップされたことと、ケン・ローチ、ナンニ・モレッティ、マルコ・ベロッキオといった熟年監督たちが無冠に終わり、審査員たちが意図的に若手を応援する傾向が見られたことが挙げられる。上記の名匠たちの作品はどれも手堅く政治的でもあり、とくにユダヤ人の子供がカトリック教徒に奪われる19世紀に起きた実話をもとにしたベロッキオの「Kidnapped」は力作だったのだが。
審査員グランプリに輝いたジョナサン・グレイザーの「The Zone of Interest」は、多くの批評家がパルムドールに押していたものの、ジュスティーヌ・トリエの「Anatomy of a Fall」がさらったのは、映画祭開幕前に、フランスでフェミニストたちが映画祭を批判していたことと無関係ではない気がする。すなわち、女性監督を応援する映画祭というイメージを強調したかった、と考えるのは穿った見方だろうか。
ここではさらに、カンヌ・ニュース欄で取り上げることのできなかったコンペティション以外のトピックについてもう少しフォローしたい。
イヴ・サンローランが制作を務めたペドロ・アルモドバルの31分の短編「Strange Way of Life」は、西部劇のゲイ・ムービー。微かなユーモアも込めたアルモドバル色全開で、イーサン・ホークとペドロ・パスカルが濃厚に愛し合う男たちに扮する。ちなみにサンローランは今回ジャン=リュック・ゴダールの短編(下記参照)も制作し、今後短編に限らずプロデュースに意欲的と聞くので楽しみだ。
「PERFECT DAYS」 が絶賛されたヴェンダースはもう一本、ドイツの芸術家、アンゼルム・キーファーを撮ったドキュメンタリー「Anselm」をスペシャル部門で披露し、こちらも高い評価を得た。キーファーのアトリエを訪ねそのキャリアを紹介しながらも、純粋にドキュメンタリーというよりそこにインスタレーションのようなアート性も織り交ぜ、これまで「Pina ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち」や「セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター」など、アーティスティックなドキュメンタリーを制作してきた彼らしい作品である。
クラシック部門では、ゴダールに関するアーカイブをまとめたフロランス・プラタレによるドキュメンタリー「Godard by Godard」とともに、ゴダール自身による20分の短編「Trailer of the Film That Will Never Exist: Phony Wars」も披露された。存在しない映画のシノプシスを映像化したような作品で、「幾多のアルファベットの格言を拒絶して、過去の映画の現場に回帰しつつ現代の時勢を捉えながら、絶え間ないメタモルフォーズと必然的なメタファー、真の言語を解放しよう」というナレーションとともに、ゴダールらしいコラージュ映像の連続で構成されている。
カンヌ・プレミア部門で披露されたビクトル・エリセの新作は、長編フィクションとしてはじつに「エル・スール」以来40年ぶりとなった「Close Your Eyes」。謎の失踪を遂げた俳優を巡って22年後、かつて彼を映画に収めた監督がその足跡を辿る。亡き俳優の娘を演じるのは、「ミツバチのささやき」(1973)のアナ・トレント。映画界を舞台にした内容はメタファーに富み、エリセ自身があたかも本作が最後と覚悟しているかのような印象を与えるのがせつない。高齢を理由に監督がカンヌを訪れなかったのは、とても残念だ。
監督週間部門を白熱させたのは、クエンティン・タランティーノである。といっても新作ではなく、自身の批評家としての著書、「Cinema Speculations」の話題をもとにマスタークラスを開催し、著書でもとりあげたジョン・フリンの1977年のカルト作、「Rolling Thunder」をサプライズで上映した。
一方ミシェル・ゴンドリーは同部門で、8年ぶりの劇場用フィクションとなる新作「The Book of Solutions」を披露。ピエール・ニネ扮する、自身を投影した主人公の監督が、障害を乗り越えて映画を制作しようとするコメディで、笑いとせつなさに満ち、ゴンドリー節が健在なことを証明した。
まだまだ話題作はあったが、スペースが尽きたので今回はこの辺で。参加者数も熱気も完全にコロナ前に戻り、以前の活気が蘇ったのは嬉しい限りだ。(佐藤久理子)
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